酷く綺麗な微笑みを浮かべ、君はこう告げるのだ。

『 貴方に 殺されるなら、 自分は幸せ モノだ。 』と―――。






「 相 」   「 哀 」   「 逢 」   「 愛 」










『泡沫ノ、あい   上』










暗く、鬱蒼とした夜道を一人歩く。
手には、先ほど、投げ付けるようにして渡されたバッグが一つ。
過去の話しになる筈の修学旅行が、二度と語ることのできない未来となった。
数日で、以前と変わらぬ日常に戻れる筈だった。
それが、自分達には僅か、三日間しか生命の期限が残されていない。
全ては政府が施行した法律の所為。
これらが、どういう基準で決定されるのかは解らないけれど、自分達の学校、クラスが選ばれた。
そして

『最後の一人になるまで、殺し合え。』

と、言うのだ。あの大人達は。
俺達にとって、理不尽極まりない法律も、何の疑問も躊躇いもなく決定されてしまう現実。
その上、政府の方針に異を唱えれば、否応なく消される。
この国は、何もかもがオカシイ。
狂っている。腐敗しきっている。
今の、愚かしい世の中を作り上げたのは、俺達じゃない。
今現在、この時を、のうのうと生き、椅子にふんぞり返って座り、戯言ばかりを綴っている、お偉いさん達が好き放題した結果だ。
そうしたツケが、歳月を経て俺達に回されている。
結局いつの時代も、振り回されるのは子供で。当事者でない、無関係な人間なのだ。
こうして突然、生命の期限が決定され、今まで漠然としていた『死』というモノが、はっきりと形付けられた。

『仕方が無い、運が悪かった。』

こんな言葉で片付けられるほど、簡単なことじゃない。
自分達の生命は、そんなに薄っぺらでも、軽くもない筈だ。
これを悪政と云わずに、何を言うのだろうか。
でも。
この国で、そう唱える人間は、どれくらい存在するのだろうか。
そんなことを考えながら、息を潜め、周囲の気配を探り歩いていると、ふいに視界へ人の姿が映し出された。
歩みを止め、緊張と、警戒心が全身を駆け抜ける。
クラスメイトだった人間を、なんの躊躇いもなく信用できない状況へ、僅かに苦笑が洩れた。
しかし、既に無惨な様をこの目で見ている。
もう、無邪気に笑い合っていた過去には戻れない。
今、この視界に広がっている景色は、全てが現実なのだから。
バッグの中に入っていた武器、ベレッタM92Fを握り締める。
その矢先、タイミングよく相手がこちらを振り返った。
振り返った相手は、自分がとてもよく見知った人間で、逢いたいと思っていたヒト。
ホッと息を吐き、彼の方へと近寄る。

「何、してるんだ?」
「特には、何もしてないかな。」
「そんな暢気な…。」

彼、国信の返事に、思わず眉間に皺が寄る。
けれど言葉通り、特に何もしていなかったらしく、夜目に見る限り、渡されたバッグも足元へと無造作に置かれていた。
当然、その手に何かしら武器が握られていることもなかった。

「そういえば、一人なの?」
「ん? ああ。豊とは落ち合う手はずを取ったから、そこに向かう途中だ。」
「そっか、さすがだね。俺も、そういうことすれば良かったんだよね。秋也をさ、探そうと思ったんだ。」
「七原?」
「俺達が今居るこの島は、狭くて小さい。けど、誰かを探すには広くて大きすぎる。その中で会える確率は、極低いだろ?」
「…そう、だな。」
「だからちょっと、途方に暮れてた。」

言い終えると、国信は空へと視線を向けた。
つられる様に空を見上げれば、憎らしいほど煌煌とした満天の星空が広がっていた。
それから暫くして、何か思い出したように国信は再び口を開いた。

「こんな時に、話す内容じゃないかもしれないけど。」
「何だ?」
「俺達がこうして逢えたのは、幸運なことなんだろうね。」
「ああ。」

一端そこで言葉を切り、俺の方へと振り返る。

「もう一度、逢えて良かった。」

そう言い、国信は微笑んだ。
瞬間、身体を引き寄せ、思いきり抱き締めていた。
何が起こるか解らない状況にも関わらず、普段と変わらない穏やかな雰囲気。
態度も口調も、非日常という現実(いま)に在りながら、彼だけが切り離された日常の様だった。
その事実に、自分はひどく安堵したのかもしれない。
張り詰めていたモノが、いっきに揺るんだ。





パン、パ――ン―――ッ…





けれど鳴り響いた銃声の音に、再び緊張が身体を駆け抜けた。

「…今、この時は、紛うことなき現実なんだね。」
「ああ…。」

身体を離し、音が聞こえてきた方角へと振り返ると、ぽつりと呟く。
今朝、修学旅行へと向かうバスの中まで、お互い笑い合っていた友人達。
昨日まで、机を並べ、勉強を共にしてきたクラスメイト達。
それが、この様な現実を付きつけられた時、こうも簡単に切り捨てることができてしまうのだから。
人間なんて、案外薄情な生き物なのかもしれない。
確かに今、自分達が置かれている状況下を考えた時。
無意識だったが、信用出来る人間と、信用出来ない人間を割り振った。そうやって、俺自身も弾き出したではないか。

『友の生命を奪ってでも、生き延びたい。』

それが、いけないことだとは、言わない。
否、言えない。
結局人間、最後は己が一番大切なのだから。
誰にだって生きる権利がある。
それと同時に、誰かの生命を奪う権利も無いのだけれど。

「誰が、誰を撃ったのかな。」
「さあ、な。けど、早くここから離れよう。」

自分も国信も、それは充分よく解っている。
だから、深くは言わない。
静に頷き、バッグを担ぐのを確認し、周囲に注意を払いながら、俺達はその場から離れた。





















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05.11.11改