『恋の闇 中』









そうして迎えた次の日。
国信はあの様な行為があったにも関わらず、何事も無かった様。且、あんな軽口まで述べて行った人間だ。
恐らく今日、学校で会ったとしても、以前と寸分違わぬ表情と態度で接してくるだろう。
ならば俺自身も、何食わぬ顔で接しなければ。そんなある種、対抗意識の様なモノがあった。
そうして学校までの道程を歩いていると、ふいに背後から声が掛けられる。

「三村、おはよう。」

振り返ると、そこには七原の姿が。当然隣には、国信の姿があった。

「おはよう。」
「あ、ああ。おはよう…。」

にっこりと微笑みを浮かべ、挨拶をしてくる国信。それと対照的に、俺はややぎこちない笑みを浮かべなから返した。
頭で思うのと、実際に行動するのでは違うらしいコトを早速痛感する。

「そう言えば、昨日はゴメンな。」
「は?」

ぼんやりしていると、唐突に話題を七原が振り、一瞬何事かと思う。

「だから、CD返しに行くって言ってたのにさ。」
「ああ、別に。学校でも会うんだし、昨日じゃなくても構わなかったし。」
「うーん…、でもそう言う訳にもいかないって。俺的にはだけど。慶時も態々届けに行って貰っちゃって、ゴメンな。」
「だから別に良いって、昨日から言ってるだろ。」

そう言い苦笑する国信へ、視線を向けると。
ね? そう同意を求める様な、悪戯っぽい瞳と出くわす。

「そ、そう言えば七原。体調崩したって聞いたけど、もう平気なのか?」

返答に困り、結局それには何も言えず、話題を逸らすコトしか出来なかった。

「ああ、昨日一日寝たら治った。」

にこりと笑顔を浮かべ、答える七原の横。必死に笑みを噛み殺している国信の姿が、視界の隅に映る。
何とも居心地の悪さを感じながら、教室までの道程がやけに遠く感じた。
教室へと辿り着き、異様な気拙さから解放されると思ったのだが。それは甘かった。
席に着き、ある重大なコトとを思い出す。そうして隣に目を遣れば、微笑む国信。
キレイサッパリ頭から忘れていたが、俺達は隣同士の席だった。






こうして否応無しに隣が気になり、一日中俺は落ち着かなかった。
けれどそう感じていたのは、やはり俺だけで。国信の態度は普段通りで、終始穏やかな笑みを浮かべていた。
どうしてこんなにも、平然としていられるのか。その様を見つめながら、ぼんやり思いを馳せていると。
視線に気付いたの国信が、俺の方を振り返った。

「何だか今日は、落ち着きがないね三村。」

昨日のコトが気になるの? 付け足された言葉は小声で、首を傾げ訪ねてきた。

「そりゃあまあ、多少は…。」
「ふーん…、少し以外だったかも。」
「以外って何が?」
「三村は俺と違って、色々と経験豊富みたいだし。例え昨日みたいなコトがあっても、顔色一つ変えなそうだったから。」
「そんな風に見えるのか?」
「うん。」

力強く肯定された言葉に、言われた通り確かに一理あると思った。
自分で言うのも何だが、今までの経験からすると、今回の様なコトは今まで一度も無かった。
一体何故なのか。相手が男………否、他でもない国信だからなのだろうか?

「お前こそ、どうしてそんな普通にしてられるんだ?」
「俺? それはー…。」
「何話してるんだ?」

全く変わらない国信の態度に、堪らず俺は疑問に思っていたコトを問い掛けた。
しかし口を開き、答え掛けたのを見計らった様、横から七原が口を挟んできた。

「…。」

コレからと言う時に限り、何だってこうタイミング良く口を挟んでくるんだ七原は。

「次の授業は、移動教室だから早く行かないとって。」
「ああ、そう言えばそうだっけ。じゃあ早く行かないと。」

俺が内心、七原に毒吐いていた横で、サラリと国信は返し。七原は七原で、そうして国信を促した。
悪気は無いのは解っているが、この時ばかりはさすがに、七原のそんな性格が恨めしく思えた。
兎も角コレで、何を言うつもりでいたか聞きそびれてしまった。一体国信は、何と答え様としていたのか。

『また今度ね。』

思わず溜息が零れた俺に向かい、国信は小声で囁き、微笑むと七原と連れ立ち教室を出て行った。
そんな二人の後姿を眺めてると、今度は豊が話しを掛けてきた。

「シンジー、何やってんの? 俺達も早く行かないと、遅れちゃうよ。」
「………豊、国信って、いい性格してるよな。」
「は? ノブさん?? うん、いい人だよね。」
「否、そうじゃなくてだな…。まあ良いか、別に。」
「??」

訳が解らない、そんな表情の豊を横目に。早く行かないと遅れるぞと声を掛け、俺も足早に教室を出た。

「あ、ちょっと待ってよ、シンジ!」

少し遅れて、慌てて走って来る豊にひっそりと笑みを浮かべ。
国信の言う今度は、一体いつになるだろうかと。心の中でぼんやり考えた。










***










今度と言うのは、存外早くやって来た。
否、あの後タイミングを完全に失った俺は、結局何を国信が言おうとしていたのか聞けず終いでいた。
だからこの場合の今度、とは多少意味合いが違った。
あれから、何一つ変わらず過ぎて行く毎日。只、国信との関係が変化した。
一度きりだと思われていたのに、今も尚続いている行為。どういうつもりなのか、国信は俺が望めば拒むコトは決してしなかった。
何を考えて、思っているのか。全く掴めない国信の心の内。しかし同時にそれは、俺自身に対しても言えるコトであった。
一体何故俺も、国信とこんな関係を続けているのだろうか。

「なあ、どうしてお前は俺とこんなコトするんだ?」
「んー…、こんなコトって?」

あの日から、通算何度目かの行為に及んだ後。俺は気になっていたコトを、思いきって訪ねてみた。
気ダルそうに、少し掠れた声で、恐らく解っていて国信は聞き返してきた。
仕方無しに俺は、国信の方へと顔を向け、問い直す。

「何でお前は、俺に抱かれたりするんだ?」
「なら、どうして三村は俺のコト抱いたりするの?」

問い掛けを、更に問い掛けで返されてしまった。

「嫌なら、拒絶すれば良かっただけのコトだろ? でも三村はそれをしなかった。」
「…それは、お前に対しても言えるコトだろ?」

確かに言われた通りだ。最初にこうなった時も、拒絶しようと思えば出来た筈だ。
けれど、俺はしなかった。そればかりか、ずるずると今尚続けられているのが現実。
返答に窮した俺を、国信は黙って見つめていた。

「そうだね、何となくじゃない?」

暫く、ポツリと返された言葉。
けれどそれだけでは到底、納得出来る様なモノではなく。眉間に皺が寄る。

「…何となくで、抱かれたりするのか?」
「互い様だろ? それなら三村には、ハッキリした答えがある?」

確かにそれを言われてしまえば、図星であり、明確な答えは俺には無い。
やはり俺も、何となくで抱いているのだろうか?
色々考えていると、国信は溜息を吐いた。

「じゃあ、もう少しだけ答えて上げるよ。三村は俺に対して、苦手意識持ってるだろ?」
「…なッ?!」

言われた内容に、ギョッとする。何故それを知っているのだろうか。
勿論言った覚えも無かったし。それ以前に、本人を前にはっきり言える内容でも無いが。

「三村って、以外と嘘が吐けないタイプなんだね。」

俺の反応を、面白そうに伺いながら笑う。
確かに嘘が吐けないのかもしれない。けれどそれは、相手が国信に限られてのコトであり。
それ以外の人間であれば、絶対に気付かれない自信はある。なのに対象者が、国信に変わると途端、出来なくなってしまう。
コレは以前から変わらないコトであり、やはりそうした意味では苦手意識が拭えない。
決して嫌いだとか、そんな訳では無い。只、苦手。そんな感じなのだ。

「やっぱり三村って、面白いよね。………そういう所、結構好きだけど。」
「…何か言ったか?」

最後の方は、呟きの様に小さく、よく聞き取れなかった。

「別に、何でもない。」
「? そうか。」

釈然としない物を感じたが、国信は笑うだけで答える気は無さそうだった。
その様に俺も、深く追求はしなかった。

「苦手意識ってさ、言い換えるともう一つ、ある感情とよく似てるって知ってた?」
「ある感情?」

鸚鵡返しに訪ねた俺に、国信は頷く。

「後はね、ごちゃごちゃ難しい理屈抜きで、本来人間というか動物かな? 兎も角それらが持ってる本能ってやつだよ。」
「本能?」
「そう。まあ、答えは自分自身で出す物だし。解るまで考えれば良いだけだろ? いくらでも時間はあるんだからさ。」

言いたいコトを全て終えたのか、一つ欠伸をし、眠そうに目を擦った。
そして、おやすみと言ったかと思うと、規則正しい寝息が直に聞こえてきた。










***










考えろ、言われた。
しかし一体、何を考えれば良いのだろうか?

―――何故俺は、国信を抱くのか?
―――どうして国信は、自分に抱かれるのか?
―――苦手意識と似た感情、それに本能とは何なのか?

改めて上げてみると、考えなければいけないコトは以外とたくさん在った。
けれど、何から答えを探し出せば良いのだろうか。
やはり一番最初に考えるべきは、何故俺は国信を抱いたのか。というコトからだろうか?
触れたいと思ったのは、紛れも無い事実だった。しかし俺は、そんな意味で思ったのだろうか?
あの時は成り行き、何となく雰囲気に、国信に流された感も否めない気がする。
が、国信に言われた通り、嫌ならば拒むコトが出来たし。何言ってるんだ、そう笑い飛ばせば済むコトだった。
なのに、俺はそれをしなかった。寧ろ乗り気だった気がする。
いくら相手が女性の様な、華奢な体格をしているとは言え。
丸みを帯びた体のラインでも、柔らかい訳でもない、自分と同じ男の身体。
とは言え別段、国信のコトを女の変わりに思い、扱っている訳ではないけれど。
寧ろ俺は。相手を、国信を欲しいと思った。もっと直接的な言葉で表現するならば。
苦手意識を持っていた、尚且つ同性である国信に対して、欲情したのだ。俺は。
そして、どんな女性とした時にも感じなかった、心に沸き立つこの感情。

「なあ、お前はコレが何か、解ってるのか?」

隣で眠る、白く柔らかい国信の頬を撫でながら、ポツリと呟く。
当然その問いに、応えが返されるコトは無く。
それから、小さく寝息を立てている国信の身体を引き寄せる。

「俺は一体、どうしたいんだ。何を、望んでるんだ…?」

殆ど無意識に洩らし、国信を抱き締め、俺も意識を手放した。










答えが見付からないまま、無意味に時間だけが過ぎ去っていたある日。
唐突に一遍した。
それは正に、青天の霹靂だった。















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03.01.08
05.11.13改