『恋の闇 上』










インターホンの音に、玄関の扉を開ければ苦笑を浮かべた国信が立っていた。
彼とは一応クラスメイトでありはしたが、特に親しい間柄ではなかった。寧ろ、苦手な部類の人間と言えた。
そんな予想外の来訪者に、俺は正直驚いた。

「突然、ゴメンね。」
「否、別に構わないけど。どうしたんだ?」
「コレ。」

申し訳無さそうに告げる国信へと近寄りながら、一体何事だろうと疑問符が浮かぶ。
そして、差し出される一枚のCD。手渡されたソレは、見覚えがあった。
受け取り、よく見ると。七原に以前貸したCDであり、今日返しに来ると言っていた物。
だからインターホンが鳴った時、七原が訪ねてきたのかと思った。
それを一体何故、国信が持ってきたのだろうか。そんな俺の様子を察したのか、国信は口を開く。

「秋也が三村に借りてた物、今日返しに行くって約束だったよね?」
「ああ。」
「当然秋也が返しに行く気でいたんだけど、ちょっと体調崩しちゃってさ。」
「別に学校でも会うんだし、今日じゃなくとも良かったのに。」

そんな七原に変わり、届にきたのだと説明した。CDを受け取り、素直な意見を述べれば。

「俺もそう思ったんだけどね、『約束を破るわけにはいかない。』って秋也が言うからさ。」

苦笑の色を益々濃くしながら、国信はそう続けた。
その言葉に、如何にも七原らしい。思わず俺の口にも笑みが浮かんだ。

「じゃあ、俺はコレで。」

用事を済ませた国信は、早々に踵を返した。その姿に俺は、思わず国信の腕を掴む。
俺の行動に、不思議そうな表情を浮かべながら国信は振り返り、首を傾けた。

「どうかした?」
「否、その…。」

俺自身も、無意識の行動に言葉が詰まる。

「あー…、その。態々ありがとな」

咄嗟に口から出たのは、何の変哲もない言葉だった。届けてくれた国信に対し、確かにお礼を述べてはいなかった。
けれど、違うだろう。咄嗟とは言え、もっと気の利いたコトが言えないのか俺は。

「別に構わないよ。」

心中で一人ゴチる俺を余所に、国信はそう言って、にっこり微笑んだ。
先程まで浮かべていた、苦笑とは違うその笑みに。思わず赤面する様な、照れくささを感じる。
それを隠す様に、国信から顔を背け。捲くし立てるよう言葉を発した。

「折角来たんだし、上がってかないか?」
「え?」
「否、態々届けて貰ったのに。ってもまあ、お茶くらいしか出せないけど。」
「ああ、別に三村が気にするコトないよ。それに突然お邪魔したら悪いし。」
「元々七原が来る予定だったんだし、気にすんな。それに今、家には俺しか居ないし。」
「そうなの? うーん…、それじゃあお邪魔します。」

普段の俺なら考えられない、何故かは解らないがそうして国信を引き止めた。
必死な説得の甲斐もあってか、少し考えた後国信はそう返事をした。その答えに、知らず笑みが浮かんだ。










***










「随分キレイな部屋だね。」
「そうか?」

お茶を持ち、部屋へ戻ると。中で待っていた国信が俺に言ってきた。
持ってきたお茶を渡し、答える俺にありがとうと笑顔を浮かべ、国信がカップを受け取る。
部屋がキレイ、と言うよりは寧ろ、必用最低限の物しか置いていない。その為、そんな風に見えるのではないだろうか。

「うん、部屋の主の性格を反映させてる感じがする。それに、俺達の部屋じゃこうはいかないからさ…。」

口を付けていたカップから離し、にっこりと笑顔を浮かべ静かにそう言った国信と視線が絡まる。
その言葉に、国信は『慈恵館』という施設で暮しており、七原と相部屋であったコトを思い出す。
以前、七原から確かそんなコトを聞いた気がした。

「七原と相部屋なんだったけか?」
「そう。掃除はいつもしてるんだけど、片付けた先から秋也が散らかすから、キリがないんだよね…。」
「何となく、解る気がする。」

苦笑交じりの答えに、そんな光景が思い浮かび、つられて俺も吹き出した。
それから暫く、お茶を飲みながら国信と他愛の無い話をした。
国信とは、三年になり初めて同じクラスになった人間だった為。普段は他の友人等を通し、交えて話をするくらいだった。
未だ親しいと言い切れる間柄では無く、こうして二人だけで話をするのは、今日が初のコトだったりする。

同じクラスになり、国信を知り。正直俺は、コイツが苦手だと感じた。それは、直感の様なモノであったが。
七原もだが、国信は今まで、俺の周囲には存在しないタイプの人間だった。
それでも七原は、話してみれば以外と気が合い、気付けば随分仲の良い友人の一人となっていた。
七原は運動神経も良いし、アイツには負ける。そう感じるコトも、稀にある。とは言え、バスケじゃ負ける気はしないが。
たまにボケてる所もあるが、物言いもハッキリしているし、表情も面白い程変化し、顔にスグ出るタイプの人間である。
そんな七原と国信は、対照的な人間だった。
だからなのか、こう、何と言ったらいいか解らないが。国信には物足りなさを感じる様な。
彼の印象を一言で表わすなら『穏やか』という言葉が当て嵌まると思う。いつも笑顔が絶えず、物腰も柔らかで怒るコトもない。
猪突猛進気味な七原を嗜める、フォロー役でもある。また、国信はふんわりとした空気を纏っている感じがする。
それは、一緒に居る人間までをも、同じ雰囲気にしてしまう様な。
コレだけ述べても解る通り、俺にとって国信は両極端な場所に存在しているような人間なのだ。
そして一番厄介なのは、彼の瞳。たまにではあるが、時折見せる国信の瞳は、何もかも見透かしている気がする。
人が心の奥底に、ひっそりと隠している部分が。彼の前では意味を成さず、全て知られているのではないか。
真っ直ぐな瞳に見つめられると、そんな気分に陥る時がある。コレが国信を苦手だと、無意識の内に感じる要因だと思う。
けれどそうした思い、と言うのは面白く。そう感じる反面、先程笑顔を向けられた時、ある種の照れ等がいい例だろう。
一緒に居ると、自分のペースを掻き乱されてしまうのだ。いつも通りの己を保っていられなくなる。
だから俺は、そうさせる国信を無意識に、自分は苦手だと感じるのかもしれない。

その為、この時は苦手と言う意識が強過ぎて。もう一つ、存在していた感情に気付かなかった。
俺がソレに気付いたのは、もっとずっと後になってからのコトだった。

変化を齎せたのは、国信が家にきてから一時間くらいした頃。持ってきたお茶が無くなる。
そう思い会話の合間に、ふと顔を上げ時のコト。真っ先に、俺の視界へ映し出されたのは、国信の白い項だった。
やや俯き加減で話しをしていた所為か、髪の隙間から普段は隠れて見えない箇所が露になっていた。
瞬間、鼓動が跳ね上がる。

「…三村?」

怪訝そうな国信の声に、ハッとすれば。手が国信の方へと伸ばされていた。
その手は、声を掛けられた為。国信に触れそうな、ギリギリの位置で止っていた。

「触れたいなって…。」

自分の手と、国信の顔を交互に見遣り、俺の口から出たのはそんな言葉だった。
冷静に考えると、突飛なコトを口にしたものだと思う。
国信を見れば、困惑の色を浮かべた視線とぶつかった。
それはそうだろう。突然触れたい。等と言われれば、誰だって驚く。俺自身が、何より一番驚いているのだ。
言われた相手が困惑するのは、普通に考えても当然のコト。
けれど同時に。内心驚いている自分と、冷静な自分が存在した。あんなコトを言っておきながら、一切釈明もせず。
只、静かに国信の反応を伺っている自分。
それから暫く、部屋には沈黙が広がった。それを破いたは、国信の方だった。










***










「触れたいって、こういうコト…?」
「ッ?!」

困惑していた顔は、いつもと同じ表情へと戻っており。
そう言うが早く、と国信は徐に両手で俺の左手を取ると、自分の方へと導き、顔へと触れさせた。
想像もしていなかった国信の行動に、声も出ず俺は息を飲む。同時に、鼓動が再び跳ね上がった。

俺の手へ触れた国信の手は、ほんのりと冷たかった。反して初めて触れた頬は、温かく想像以上に柔らかく。
暫くすると、掴んでいた国信の両手が離れて行った。
解放され自由になった左手は、そのまま頬から離すコト無く、ゆっくりと顔のラインを撫で上げる。
顔のラインをそっと撫で上げた手は、次第に下へと移動し首筋を辿る。
一端そこで動きを止め、もう片方の手で国信の左腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
ぐいっと勢い良く引き寄せられ、バランスを失った国信は、俺の腕の中に倒れ込んだ。
僅か数センチの距離まで縮まり、先程よりも一層露になった白く細い国信の首筋。
左手はそのままに、腕を掴んだ右手を国信の背中へと回す。次いで、首筋に触れていた手に変わり、唇をそっと這わせた。
すると一瞬、ぴくりと大人しく腕の中に収まっていた国信の身体が揺れる。
しかし、それだけだった。何かしら言葉が発せられるコトも、拒絶する様な、引き剥がす素振りも無かった。
そうして俺がしたのと同様、片方の手を背中へ、もう片方の手を俺の首筋へと回し、目線を合わせ。

「触れたい、っていうのは。イコール犯りたいってコトなの?」

淡々と言葉を紡ぐ国信の顔は、今まで見たコトが無いものだった。
いつも浮かべている穏やかで、人の良さそうな笑みはなく。艶を含んでる様な。
国信の問い掛けには答えず、無言で顔を見つめ。それから吸い寄せられる様、静かに唇が重なった。
そうしてベッドへ押し倒す。

「お前って、よく見るとキレイな顔立ちしてたんだな。」

コレ程までに、至近距離で顔を見る機会など無かった為、気付かなかった。
俺の言葉に国信は、面食らった様で。パチパチと瞬きをした。が、次の瞬間。
口元に、うっすらと笑みを浮かべ。俺の首元へ回し、腕に力を込め、ぐいっと引き寄せられる。

「三村も黙ってれば、カッコイイよね。」

告げられた言葉に、若干含みを感じたが。それは敢えて無視を決め込み、国信のシャツのボタンを外して行く。
そうして鎖骨が露になり、想像以上に白く細い身体が目に映る。

「…お前、ちゃんと食ってるのか?」

思わず言葉が洩れる。

「人並み程度には、食べてるよ。」
「ホントか? それにしちゃあ細すぎじゃないか?」
「そう? あんまり太らない体質なんだよ。」

国信の返答に、そういう物なのだろうか。と思い、暫く手を止め、そのまま見遣る。
対して国信は、前が肌蹴た状態のままになっていた俺の上着を掴み、下へ引いた。

「三村は、結構いい身体してるよね。バスケしてる所為か、程よく筋肉も付いて引き締まってるし。」
「なッ!?」

そうして、胸の辺りに触れてきた。
別段照れる程でも無いのだが、顔が赤らむのを感じた。

「少し羨ましいかも、俺は筋肉とかあんまりつかないからさ。秋也も体格良いけど。」
「七原…?」
「うん、いつも―――ッ?!」

国信から七原の名前が出た瞬間、俺は何とも言えない感情に襲われた。
そして気付けば、荒々しく国信の唇を奪っていた。
同時に、止まっていた手を動かし、薄い胸板へと滑らせた。

「ッ、はあ…」

唇を離すと、国信の頬はほんのり上気し、肩で大きく息を吐いた。
それを一瞥し、温かく滑らかな肌を撫で上げる。その感触は、しっとりと手に馴染み、気持ち良かった。
更に耳朶へと舌を這わせ、徐々に首筋、鎖骨の辺りを辿り。吸い上げる。

「ふ、んう…ッ」

くぐもった声が洩れ、白い肌に鮮やかく朱が映えた。

初めて見る国信の姿、表情、耳にした甘く切ない声。
それら全てに、言い様のない感情が込み上げてくる。コレまでに覚えの無い、感じたコトの無いモノ。
回りから美人と称され、可愛いと持て囃されていた、過去に付き合った彼女達。
そんな彼女達とコトに及んだ時さえ、感じるコトは無かったそれ。
何かに掻き立てられる様な、今まで自分に足りなかった感情が湧き起こるみたいな感覚。
意識を取られていると、ふいに腕を掴まれ、我に返る。何事かと思い、国信の顔を見遣れば。
スーッと目を細め、不敵とも、挑発的とも取れる様な笑みを浮かべた姿が映る。
瞬間、ゾクリと電流の様な物が全身を駆け抜け、震えた。そして再び、奪う様に激しく唇を合わせた。
それを合図に、理性は吹き飛んだ。
こうして只、本能の赴くまま、目の前の存在を求めた―――。










***










「三村って、こう言うコトに手馴れてるんだね。」

行為の後、ベッドの中でぼんやりしていると、国信がふいに洩らした。
その声に隣を見遣れば、面白そうに笑っている姿。
先程まで見せていた、艶を含んだ色っぽさは既に微塵も無く、そこにあるのは普段通りの笑みだった。
しかし随分と、元気そうである。俺が思っていた以上に、国信は体力があったらしい。
否、白く細い身体を見た所為で、そんな風に勝手に俺が思っていただけなのだが。それはまあ、別段今は良いとして。

「手馴れてるって…。女は兎も角としても、男を抱いたのは初めてだぞ?」

皮肉を込めて言ったであろう国信に、誤解の無い様そう返す。

「うん、まあね。男同士なんて早々有る経験じゃないだろうし。俺だって初めてだし。」
「え、そうなのか? お前こそなんだか馴れてる感じだったぞ?」

だからてっきり七原と―――。
思わず余計なコトまで言い掛け、慌てて口を押さえるが。

「秋也? 何でそこで秋也の名前が出てくるのさ?」

既に手遅れで、国信の耳にはバッチリと届いており。眉を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。

「あー…、否、別に深い意味は無いけど。仲良いし。」

我ながら何とも苦しい返答だと、目を逸らしながら思う。

「何それ、仲が良いとイコールそう言う関係にあると思う訳?」
「否、そうじゃないけど…。」

俺の身体を見た直後、七原の名が出された為、てっきり二人は、実はそう言った関係にあるのではないか。
内心思ってしまったのだ。しかし、それはどうやら俺の思い違いだったらしい。
冷静に考えてみれば、そんなのは直に解るコトなのだ。二人は同じ所に住んでるのだから。
着替えや、風呂場で見るコトはあるだろうし。何より男同士なのだ、上半身脱いだ姿等、見る機会は幾らでもある。
思った通りを口にするのは、勘違いも甚だしく。さすがに話せない。

「そうなら、三村こそ瀬戸とできてるんじゃないの?」
「ッな?! そんなわけないだろ!!」

どう釈明しようかと考えていた所、国信はそう口にした。
一体何を言い出すのかと、知らず声が荒がる。

「だろ? 俺と秋也も同じ。」

にっこり微笑み、告げらた言葉に。どうやら先程の俺に対する、仕返しを含んだモノだったと知る。
以外といい性格をしている。

「秋也は放って置けない所あるし、世話とか焼きたくなるけど。それは恋愛感情じゃ無いし。そういう対象で見たコト無いよ。」
「ああ、俺も豊に対して持ち合わせてるのは、友情だな。」

床に散乱した服を拾い身に着け、言われた内容に、ホッとしている自分を何処か遠くに感じながら俺も言葉を返した。

「それは兎も角、結構気持ち良かったよ?」
「ああ。」

すっかり身支度を整えた国信に、そんなコトを言われた。確かに俺自身も、気持ちは良かったので、素直に頷いた。
しかし最中に見舞われた、コレまでに覚えの無い感情。アレは一体何だったのだろうか。
ふと思い出し、俺はボーッとしていた為、国信が近付いて居たコトに気付かなかった。

「また今度しようね?」
「…ああ………、ッ?!」

突如耳元で、そう囁かれた言葉に頷いてしまった。
その後ハッと我に返り、爆弾発言に顔を上げれば。面白そうに笑っている国信の姿。

「じゃあ、また明日学校で。」

随分アッサリと、何事も無かった様なその態度に。先程までの出来事は、全て夢か幻だったのではないかという錯覚に陥る。
その為俺は動けずに、呆然と国信の後姿を見送った。

「とりあえず、服着ないとな。」

暫く国信が去った扉を見つめたていたが、未だ裸のままであるコトを思い出し。床に散らばった服へ手を伸ばした。
シャツに袖をを通し、ボタンを留めようと下を向くと。胸元の辺りに、朱い跡を見つけた。
それはいつの間にか、国信が付けたと跡らしく。
先程までのコトが、夢でも幻でもない、現実であったのを証明するには充分な物だった。

「コレ………、やっぱ現実、だったんだよなぁ…。つーか明日、どんな顔して会えばいいんだ?」

呟きながら、俺の口元には知らず。僅かな笑みが浮かんでいた。















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03.01.07
05.11.13改