『恋の闇 下』
それは昼休み。
昼食を食べ終え、教室で話しをしている時のコトだった。
そこに居たのは俺と豊、杉村と七原。そして国信を含む五人。
「秋也、頬っぺたにご飯粒付いてるよ。」
ふいに国信が口を開いた。その言葉に、全員が七原の方を振り返る。
見れば言われた通り、七原の左頬に付いていた。
「嘘、何処?!」
「違う、そっちじゃなくて反対。」
国信の言葉に、七原は頬に手をやるが、それは逆で、中々取れない。
そんな姿に、苦笑を浮かべながら七原の左頬へと国信が手を伸ばす。
「はい、取れたよ。」
「あっホントだ、サンキュー慶時!」
笑みを浮かべ、七原はそう言ったかと思うと、国信の指の米粒へと口を付けた。
「「「!!!!!」」」
七原の行動に、俺や豊、杉村は呆気に取られた。
そんな俺達を余所に、本人達は気にした風も無く、至って平然としていた。
「ちょっと秋也、指まで噛まないでくれる。」
「あー、ゴメン。」
然して悪びれた様子もなく、七原は軽く謝罪の言葉を述べた。
対して国信は、仕方無いと相変わらず苦笑を浮べるだけだった。
そんな光景を目の当たりにし、俺は何とも言えない感情に襲われる。
「吃驚したな、もうー。シューヤ、いきなりあんなコトするんだもん。」
「え、そう?」
「そうだよ!! シンジもヒロキも思ったよね?!」
豊の言葉に、杉村は「ああ」と短く頷く。
一方俺は、そんな遣り取りを、何処か遠くで聞いていた。
「否、遂いつもの癖でさー。」
「何それ。」
「どんな癖だ。」
笑いながら告げた七原に、豊は面白そうに笑い、杉村は溜息を零す。
いつもの…、癖?
七原の言葉に、激しく胸が締め付けられる様な。不快感を覚える。
あの日、七原とそう言った関係でも、感情も持ち合わせていない。はっきりと国信は俺に言った。
けれど何だ、今の言葉は。いつも、七原は確かに、そう言った。
いつも。この言葉が、指し示している意味は…?
「…三村?」
気付くと俺は、国信の右手を掴んでいた。
突然手を掴まれた国信は、怪訝そうな表情を浮かべる。
「ちょっと、いいか?」
そう口にした声は、思いの他低く。自分でも驚いた。
けれど今は、そんなコトどうでも良かった。
「三村?」
「どうしたの、シンジ?」
普通に会話をしていた豊、杉村、七原は。俺の行動に驚いたらしく、首を捻り問い掛けてきた。
しかしそれらを無視し、俺は強引に国信の手を掴み教室を出た。
「どうしたんだろう、シンジ?」
「…ああ。」
「慶時だけ連れて、何処行ったんだ?」
「さあ…?」
そうして残された三人は、訳が解らず。
頭に疑問符を浮かべながら、お互いの顔を見合わせた。
***
国信を連れ辿り着いたのは、体育館の一角にある部室だった。
バンッ、そんな音が立つ程、乱暴に壁へと国信を押し付ける。
「ッ!」
国信は身体を壁に打ちつけ、その衝撃で小さな呻き声を洩らした。
「なあ、いつもあんなコトしてんのか?」
言いながら、先程七原がしたのと同じ様に、国信の指を噛む。
唐突と言える俺の行動と質問に、国信は僅かに眉を顰める。が、直に何かを察し、クスリと笑みを浮かべ答えた。
「…そうだって言ったら、どうするの?」
瞬間、思わずカッと頭に血が上るのを感じた。
指を口から離すと、国信の腰を引き寄せ、顎を持ち上げ荒々しく唇を奪った。
一瞬、国信は目を瞠ったが。
歯列を割り舌を入れると、目を瞑り応える様に舌を絡ませ、両腕を俺の背中へと回してきた。
「んっ、…ふぅ・・」
角度を変え、何度も深く、噛み付くように口付ける。その合間、耳に届く国信の声。
何度も何度も繰り返し、唇を離せば。息が上がり、肩を上下させ息を整えていた。
そうして国信の頬は、薄っすら赤味を帯びていた。
「しようぜ?」
耳元で囁き、返事を待たず、国信の学ランへと手を掛けた。
それまで無抵抗のまま、黙っていた国信は、脱がされ床へ落とされた学ランへ視線を向け、口を開いた。
「ココで?」
「ああ。」
短く答え、舌を首筋へと這わせる。
そんな俺に、国信が笑みを浮かべた気配を感じた。
「いいよ。」
そうして呟き、俺の学ランへと手を伸ばし。先程自分がされたのと同様に、ボタンに手を掛けた。
全て外し終わると、グイッと引っ張り、バサリと音を立て床に落ちる。
それを合図に、次いで国信の首筋へ唇を落としながら、Yシャツのボタンを外す。
肌蹴たYシャツの合間から手を差し入れ、胸元を撫で上げる様にして触れる。
「ッ…!」
そうすると、国信の口からは甘い嬌声が洩れた。
普段聞くコトの出来ない、鼻に掛かったような甘い声に、俺は少しだけ気分が良くなるのを感じる。
それから首筋へと落としていた唇を、胸元へと移す。
胸の突起を、舌で舐め軽く歯を立て甘噛みすると、再び耳元へ甘い声が響いた。
同時に手をベルトに掛け、ズボンを下着事引き摺り落とせば。重力に従い、床へと散乱した。
そして、衣服が取り払われ露になった国信の中心を口へ含むと、頼りなさげな手が、俺の髪の間へと差し込まれる。
「…んぅ…はあ…ッ」
手で包み込むようにし、舌先でなぞったり、吸い上げる様にすれば。切なげで、甘美な声が室内に響く。
次第に容量を増し、張り詰めていくと、俺の頭へと置かれて居た国信の手が、自身から引き離す仕草をした。
弱々しい国信の抵抗を無視し、小さく歯を立て思いきり吸い上げた。
「ッう…ん!!」
小刻みに国信の身体が振え、小さな呻き声を上げと共に、白濁とした精を吐き出した。
ごくりと、それを飲み下し立ち上がる。
すると、肩で息を継ぎながら眉を顰め、俺を睨みつけている瞳とぶつかる。
けれど頬を上気させ、潤んだ瞳で凄まれた所で、恐くも何とも無い。
「…馬鹿。」
ポツリと国信が呟き、俺の首へと手を回し、グイッと自分の方へと引き寄せると。
口の端から零れていた、雫を舌先で舐め取り。そのまま唇を合わせてきた。
舌を絡ませ、それに応えながら、先程国信が放った物が零れ落ちている手を後ろへと回す。
そっと秘所を探り、撫で回す様にして中へと指を入れる。
「ッ…んぅ」
甘い喘ぎ声と共に、指がきゅっと締め付けられた。
それから円を描く様にして、奥へと指を進めると。
国信の手が俺のYシャツへ伸ばされ、辿々しい手付きでボタンを外しに掛かった。
「んぅ…あぁ…ッ」
あるポイントを指が掠めると、両手がYシャツの合わせ目を掴み、かくんと力なく国信の頭が俺の胸元へ凭れ掛かってきた。
その姿に、片手を脇の下へと差し入れ、抱き留める様に背中へ腕を回せば。
凭れ掛かっていた顔を上げ、その瞳には、情欲の色が浮かんでいた。
触発され、口腔を犯す様に深く口付ければ、両腕がYシャツ越しではなく、直に背中へと回された。
そして指を二本、三本と増やし、引っ掻き回す様に中を犯す。
「・・もぅ…、い・・から…。早・・く…ッん!!」
暫く与えられる刺激に焦れたのか、頭を振って言葉を洩らした。
その言葉に指を引き抜き、国信の片足を持ち上げ、指に代わり自分自信を宛がい、突き上げた。
「ッうあ…、…はあんッ!」
背に回された両腕に力が込められ、国信の白い喉が仰け反る。その白い喉元に、唇を落とした。
室内には、結合部が擦れ合う水音と、国信の口から洩れる甘美な声が響く。
いつ、誰が来るかも解らない学校の体育館。その一角にある部屋での情事。
けれど、そんなコトはお互い、頭の隅にもなかった。只、目の前にある温もりを。相手以外は、何も見えなかった。
ふいに、以前国信が言っていた本能だ。という言葉を思い出した。
頭で考える前に、身体が勝手に行動を起こす。正に、今の己にぴったりと当て嵌まっていた。
―――ああ、アレはこのコトだったんだ。
頭の片隅で、ぼんやりと俺は思った。
「…好き、だ。」
そうして、ふっと無意識に、口から言葉が零れた。俺の言葉に、国信は一瞬目を瞠る。
しかし直その顔は、にっこりと。まるで花が綻ぶような、キレイな微笑みへと変わった。
それは今まで、俺が見たコトの無い、嬉しそうなモノに見えた。
微笑みの意味を、どう解釈して良いのか解らなかったが。
兎も角今は、国信の身体を揺さぶり絶頂を促した。
暫く繰り返すと、再び締め付けられる。次いで一際高い嬌声を上げ、国信は果てた。
「…ッく!」
そうして俺自身も、一層キツク締め付けられ、国信の中へと吐き出し絶頂を迎えた。
***
「で、どうしたの?」
床へ座り込み、お互いに息を整え暫く。落ち着いた所で、国信が口を開いた。
何故この様な行動を取ったのか、理由を聞いているのだろう。
当然国信には聞く権利がある。訳も解らぬまま、こんな所へ引っ張り出し、同意の上とは言えコトに及んだのだ。
「どうって、お前と七原が…。」
「俺と秋也?」
口を開き掛け、実に単純で子供っぽい理由に、後が続かず言葉を濁す。
俺の言葉に国信は、僅かに眉を顰めた。
「さっきのお前等見てたら、何か凄い自然な動作で、正直ムカついた。スゲー腹が立って、イライラした。
頭に血が上って、カッとなって。気付いたらお前の手引っ張ってた。」
「で、こんな所に連れ出し、コトに及んだ。と?」
問われた言葉は図星で、気拙く思わず目を逸らしながら頷く。
そんな態度の俺に、国信は呆れた様、大きく溜息を零した。
「三村、何ていうかそれって、どういうコトか解ってる?」
再度問われ、一瞬の間を置き「多分」と返す。
「要するに、秋也に嫉妬した訳だ?」
言われた通り、あれは紛れも無く『嫉妬』と言う感情だった。
あの時は、何であるか解らなかった。しかし冷静になり、答えが出れば実に簡単明瞭。
俺は、国信のコトが好きなのだ。
だから、あの様な行動を取った七原が気に入らなかった。
今まで幾度となく、身体を繋げたコトはあったけれど。『好きだ』等、口にしたコトは無い。
先程口にしたのが初めてだった。まあ、無自覚であったのだから、当然と言えるかもしれないのだが。
けれど自覚した所で、国信は俺のを何とも思っていないかもしれない。
コレは、俺の一方的な想いだとしても仕方が無い。そう思いはするけれど。
「全く…。三村ってそう言う所、結構鈍いよね。俺も秋也もお互いに、兄弟とか家族な認識しか持ってないよ?
大体俺が好きなのは、三村なんだからさ。」
そこまで考えた時、再び国信が溜息混じりに言葉は紡いだ。
それは随分と予想外な内容で、自分の耳を疑った。驚き顔を上げ、まじまじと国信の顔を見つめる。
「何、そんなに驚いてるのさ。気付いてなかったの?」
「全く。」
「あのね…、何とも思ってない相手と、こんなコトする訳無いだろ。」
呆れた様に、国信が呟いた。
「けどあの時、俺に抱かれるのは何となくだって言ってたじゃないか。」
「あー、アレね。一番最初の時は、そうだったかも。」
その時のコトを思い出したのか、考え込むような素振りを見せ言葉を洩らした。
「三村が、俺のコト苦手だってのは解ってたんだ。何て言うか『同属嫌悪』みたいなの俺もあったし。」
「…。」
「でも同時に、興味もあったんだよね。だから三村があんなコト言ってきたから、ちょっと挑発してみたんだけど。」
「なッ?!」
「まあ、あんな始まりだったけどさ。コレが俗にいう『恋』ってやつかな? とか思った訳なんだよ。」
「ならどうして、何も言わなかったんだよ?」
「んー…? 別に、必用ないかと思って。」
「何だよそれ…。」
「三村に、何かを望んでいた訳じゃないし。それにこう言う感情ってさ『思春期の一過性のモノもある』って言うし。」
淡々と告げられた事実に、最早どう返せば良いのか解らなかった。
けれど、国信の気持ちも俺と同じだと言うのは解った。
それならば、俺は言わなくてはいけないコトがある。
「お前が言った言葉の意味、やっと解った。俺はお前のコトが好きだ。」
国信の瞳を見てそう告げる。そして一拍間を置き、深呼吸する。
「だから、俺のモノになってくれ。」
「んー…。」
俺の決死の告白に、国信は気の無さそうな声を洩らす。
「何だよ、不服なのかよ?」
「自分で言うなよ…、まあ別にいいけど。不服と言えば不服かな?」
「それじゃあー…。」
「三村が俺のモノになってくれるなら、良いよ?」
どうすれば良いんだ。と続け様とした言葉を遮り、俺の言葉を引き継ぐ様、にっこりと微笑みを国信は浮かべた。
それに一瞬、呆気に取られる。が、直に俺の口元にも笑みが浮かんだ。
「なら、俺はもうお前のモノだろ?」
唇の端を上げ、答える。
そしてお互いの顔を見て笑い合い、そのまま唇を合わせた。
国信の腕は、俺の背中へと回され。俺の腕も、しっかり国信の身体を抱き締める。
苦手意識ばかりが先走り、自身でも気付かなかった感情。
無意識であれ感じ、考えてしまうのは、相手のコトが気になるからに他ならない。
何とも思わない相手であれば、そんな意識も生まれはしない。只、適当に相手に合わせれば良いだけのコトなのだ。
恋愛感情というのは、実に難しい。
けれど頭で、理屈で考えるから、そう感じるのだ。本能は初めから、無意識の内に欲していたんだから。
だからあの日、あんな言葉が自然と口から出たのだ。
苦手意識と、よく似たもう一つの感情。その感情を今、やっと理解した気がした。
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