「前に来た時も言ったけど、相変わらず意味を成さない冷蔵庫だよね。」
それは付き合い出し、二度目に国信が家へ訪ねた時に口にした言葉だった。
『帳簿』
「本当に、料理しないんだね。」
「……ああ。たまーに郁美がするくらいだからな。」
「郁美って…、妹さんだっけ?」
「そう。」
「…親、とかは?」
「家に居るコトのが少ない。」
「………そう。」
そして一端、会話が途切れ沈黙が訪れた。
何とも居心地の悪いソレに、話題転換を図りたかったが。
コレと言って何も思い浮かばず、結局黙り込むコトしか出来無かった。
「三村は?」
「は?」
その沈黙を破ったのは、国信の方だった。
俺はぼんやりしていた為、問われた意味が解らず、そんな言葉しか口からは出なかった。
「料理、三村は全然出来ないの?」
「あー…、あんまり。」
「口煩くとやかく言う気は無いけど、多少は自炊した方が良いと思うんだよね。」
冷蔵庫の扉を閉め、俺の方を振り返りそう言った。
「今時、料理の一つも出来ないと、結婚相手も見つからないよ。」
「その時は、お前が相手になってくれよ。」
「とりあえず、食材を買って来ないコトには話しにならないね。」
「…。」
思い切って口にした告白は、物の見事にスルーされた。
何となく予想していたコトであたが、少し凹んだ。
「そういう訳だから、買い物に行こう。」
「解った…、と言いたい所だけど。荷物がもうスグ届く予定なんだよ。」
「そうなの?」
「ああ、だから家空ける訳にいかないし。けど届いてからだと、遅くなるかもしれないし。お前が良いなら行って来てくれよ。」
「それは別に、構わないけど…。」
親が置いて行った金を国信へ手渡すと、眉を顰め何事か言いた気な瞳を向けられた。
「…食材以外で、何か他に足りない物とかある?」
しかしそれには触れず、国信は別のコトを口にした。
「他? あー、そう言えば洗剤が…」
「洗剤!?」
「あ、ああ…。」
俺の言葉、寧ろ洗剤という単語に国信の目つきが変わった気がした。
「…洗剤、ね。拘りの製品とかあるの?」
「否、別に洗剤に拘りは無いけど。」
けれど一瞬のコトで、気の所為だったのかなと思い深くは追求しなかった。
「それじゃあ、ちょっと行って来るよ。」
「ああ、あんま無理して買い過ぎるなよ?」
「大丈夫だって。」
***
頼んでいた荷物は、思いの他早くスグに届いた。
こんなコトならば、待って一緒に出ても良かったと今更ながら後悔する。
しかしコレから追い掛けた所で、行き違いになる可能性がある以上。大人しく国信の帰りを待つしかなく。
国信が戻って来るまでの約一時間、落ち着き無く過ごした。
そうして買い物から戻った国信の手には、袋が3つ下げられており。やはり、一緒に行くべきだったと思った。
「随分多いな、重かっただろ?」
「そんなコト無いよ、慣れてるし。洗剤や食材とを別けて入れてるから、多く見えるだけだって。」
「そう、か?」
「そうそう、細かいコトは気にしない。」
買ってきた物を袋から出し、食材以外の生活雑貨品を手渡される。
恐らく所定の位置仕舞え、というコトなのだろう。
まあ、俺の家だし使うのも俺達なのだから、それは当然の行為な訳だが。
「今日は俺が作るから、三村は適当に過ごしてて良いよ。」
それらを片付け終え、リビングに戻るとそう言われる。
しかし、特にするコトがある訳でもなく。とは言え手伝うコトも出来ない。
仕方ないので、テレビでも見ようとスイッチを入れた。
コレと言って特に面白い番組も放送しておらず、リモコンを手に取りチャンネルを片っ端から回す。
結局何もなく、ニュース番組に合わせリモコンを放る。
暫くボーッと、見るでも聞くでもなくテレビを眺めていると、香ばしい匂いがしてきた。
それにふと、先程国信が大量に購入してきた食材、袋の数を思い出し尋ねる。
「なあ、あんなに買って来たのは良いけど。俺料理なんか殆ど出来無いし、どうすんだ?」
折角買って来てくれても、料理をしなければそれらは結局傷んでしまう。
ちらりと見た限り、そのまま食べれそうな物は殆ど無かった。
「ああ、大丈夫。保存の出来る状態に調理して、冷凍及び冷蔵庫に入れて帰るから。」
「え?」
思ってもみなかったコトに驚き、国信の方へと振り返る。
「余所様の家庭事情をとやかく言う気は無い、って言ったけど。やっぱりモノには限度があると思うんだ。
料理なんてのは、したい・出来る人間がやれば良いと基本俺は思ってる。
まあ、出来て損は無いから出来るに越したコトはないだろうけど。」
手を休めず下を向いたまま、そこまで言い募ると。
国信は顔を上げ、俺の方に視線を寄越した。
「と言う訳だから、三村も料理覚えなよ。器用なんだからさ。」
笑みを浮かべ、そう締め括った。
***
その日から暫く。
俺は台所の引き出しの中に、見慣れない一冊のノートを見付けた。
何かと開けば、覚えのある文字。国信の筆跡だった。
忘れ物だろうかと一瞬思ったが、そんなモノを台所の引き出し等に態々入れる筈もなく。
そう思いながらページを捲り、読み進め書いてあったのは。
「お前、こんなの付けてたんだな。」
「基本だろ、コレは。」
「何かと思って、吃驚した。」
ノートに書かれていたのは、何処でどんな商品を幾らで買った。
そういったコトが、詳細に書かれていた。所謂、家計簿。
「三村家のお金で買って来る訳なんだから、そういう所はきちんとしとかないと。」
目の前に置かれたノートを手にし、ペラペラ頁を捲りながら国信は答えた。
確かに、言われればその通りなのだが。
それは俺も一緒に買いだしに行くコトがあるので、知り得ている訳で。
しかも、どの店が品揃えが良いだとか、何処で買うと安いとか。新聞の広告はきちんと確認しろ等々。
凡そ俺達の年で、そんなコト言ってくるのもどうなんだ? なんて思うコトもしばしば。
さすがに今ではもう慣れたが。
寧ろ、新聞の広告をチェックするのが、日課と成りつつある現実が俺は怖い。
マメと言うべきなのか、今からこんな状態で、将来立派な主婦………否、この場合主夫か?
この際、どちらでも良い。つーかマジで嫁に来て欲しい。
口にしても、あしらわれるのがオチなので、もう声に出したりしないが。
こうして今では、俺も勿論のコト、郁美も共に国信から料理を教わっている。
しかし普通、親子・母親と娘な図が一般的なのではないだろうか? そんな疑問が、ふいに頭を過るけれど。
いつの間にかそれが、ココ最近、我が家の日常風景と化していた。
でもまあ、一緒に居れて同じ時間を共有出来るのだから、何でも構わないか。
そして今日もまた、幸福な日常が繰り返される。
fin.
激甘、ポジションは通い妻ですな…。
2005.11.29
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