夏の名残で暑かった気温、日差しもかなり和らぎ、すっかりリ秋らしくなってきた。
そう思い始めてきたとある日のコト。
『今日は何か良いコトがありそうな気がする。』
漠然と、根拠もないが、そんな気がした。










『君と僕との距離 8』










その日は別段、いつもと何一つ変わるコトのない朝だった。
けれど、目覚めがとても良く、頭もスッキリとして、清々しいもので。
俺にとって、このような朝の目覚めをするのは、とても珍しいコトだった。
手早く学校へ行く支度を済ませ、リビングへと向かう。
そこには、既に妹の郁美が起きており、朝食のパンを食べながら、テレビを見ていた。
いつもと変わらぬ、朝の風景。
何気なく、視線を送ったブラウン管の先。丁度テレビは、運勢占いをやっていた。
そして、自分の星座が本日一番運勢が良い。
テレビに表示されると共に、アナウンサーの声が耳に届く。
朝食を食べようと、台所へ向かおうとした瞬間。
次の一文に目を奪われる。

『特に恋愛運が絶好調!予期せぬ展開に、二人の仲がぐんっと縮まるかも☆』

こう書かれていた。

「…。」

コレはどうゆうコトだろうか? 素直に、期待しても良いものなのだろうか??
自分は占いなどに興味もないし、信じてもいないだが
そこはそれ、自分も恋する人間の一人。
こんな物を見せられたら、気にするなという方が無理なコトである。
しかし、大きすぎる期待は禁物。何もなかった時、ショックが大きいものだから。
そう思いつつも、顔は知らず緩んでいた。
『予期せぬ展開』に期待しつつ、自分も朝食のパンへと手を伸ばした。

それから、歯を磨き、髪をセットし身嗜みも鏡の前でチェックするコトを忘れない。

「よしッ、今日も完璧だな。」

鞄を抱え学校へと向かう為、玄関の扉を開ければ朝の日差しが眩しく瞳に映る。
思わず片手を翳し、空を見上げた。
そこには、キレイな青空が一面に広がっていた。










***










学校に着き、早速良いコトが起こった。
今日は席替えが行われた、毎回席替えはくじ引きで決めている。
そして今回、自分が引いた場所は…。
窓側の1番後。
かなり良い席といえるのではないだろうか。しかもその上―――。

「アレ、後三村なの?」
「え?」

前を見ると、国信の姿があった。

「もしかして、前の席なのか?」
「うん、宜しくね。」

そう言って国信は微笑んだ。

「…。」

朝の占いはこのコトを言っていたのだろうか?
確かに『予期せぬ展開』に二人の仲が縮まった。
けれど、どうにも意味が違うような気がするのは自分の気のせいだろうか?
国信と席が近くになれたのは嬉しいが。どうせ近くになるなら、前よりも斜め前の方が場所的には良かった。
そちらの方が、相手の動作や表情がよく伺えるのに。
心の中で密に思う。
だがまあ、どちらにせよ今後の授業は真面目に受けようと思った。





そして、先ほど思った通り。
この出来事は、その後起こる展開の前触れに過ぎなかった。










***










四時間目の授業は、移動教室だった。
昼食を持ってきておらず、購買で購入しようと思っていた俺は、一人他の友人達よりも早く教室へと戻ってきた。
よって、殆どクラスの人間は、まだ戻ってきてはいなかった。
しかし俺よりも早く、教室に戻ってきている人間がいた。他ならぬ国信だ。
ただ一人、国信だけが既に戻ってきており、鞄に荷物をしまい帰り支度をしているようだった。

「早退するのか?」

言いながら、国信の傍へと近付く。
とは言え今朝行われた席替えで、近付くと言うよりは自分の席へ戻ったのだが。

「三村? うーん…、そうなるのかな。」

問い掛けに、一旦手を止め、国信は俺を振り返った。

「具合でも悪いのか?」

国信からの返答に、俺は一瞬顔を顰める。

「あー…、別に俺の具合が悪い訳じゃないんだけどさ。」
「?」

よく解らない答えが返ってきた。
どうゆうコトなのか問い掛けようと口を開くよりも先に、今度は国信の方から問い掛けてきた。

「そう言えば三村さ、今日のお昼は?」
「ん? ああ購買で買うつもりだけど。」
「それじゃあ、まだ今日のお昼は持ってないんだね?」

的を得ない突然の問い掛けに、黙って頷く。

「それならさ、コレ貰ってくれない?」

国信が差し出したのは、弁当箱だった。

「え、コレ…?」
「持ってきたんだけど、俺もう帰るし。食べ終わった後は秋也に渡してくれればいいから。」

俺が何か言う前に、国信は口早にそう説明すると、机の上に弁当箱を置く。

「っと、それじゃあまた明日!」

言うが早く鞄を掴むと、国信は小走りに教室を出て行った。
俺は呆然とその後姿を見送った。
教室には立ち尽くした俺と、弁当箱だけが残された。





それから暫く、他のクラスメイト達も続々と教室へ戻ってきた。










***










変わって場所は屋上。今日の昼食はココで食べるコトとなった。
天気も良く日差しは温かく、風も心地良い。
そして俺は、国信から貰った弁当箱を持っていた。

「アレ、シンジ珍しいね。今日はお弁当持参なの?」

それに目敏く気付いた豊が、問い掛けてきた。
豊の声に、他のメンバーの視線も手元の弁当箱へと向けられる。

「アレ、その包みって…?」

見覚えのあるそれに、七原が首を傾げる。

「ああ、コレ国信に貰ったんだけどさ。」

答えれば少し驚いた表情の、友人達が目に映った。
とりあえず、そんなコトはどうでも良い。
それらのは敢えて無視し、俺は先程から気になっていたコトを口にする。

「そう言えば国信、何で早退したんだ?」

自分の具合は悪くないと言っていた国信。
同じ施設で暮している七原ならば、その理由を知っていると思い問い掛けた。
俺の問いに、他のメンバー達も気になっていたらしく、視線は七原の方へと向けられた。

「ん? ああ。今、慈恵館で風邪が流行っててさ。良子先生とかも寝込んじゃって、看病出来る人間がいないんだよ。」

弁当箱の包みを開けながら、七原は説明する。

「で、料理とか出来る慶時がやるコトになったっていうか。」
「そうなんだ、大変だね。」
「七原は手伝ったりしないのか?」

七原の説明に、豊と杉村が言葉を口を挟む。

「や、俺も少しは手伝ってるよ? 大変だし。でも俺、料理の類は全然ダメだからさ〜。
 前に手伝ったコトあるんだケド、慶時の仕事余計に増やしちゃってさ。」
あははは、と笑う七原に。この場に居た全員が、国信の苦労が目に浮かんだらしく。
皆、無言でしみじみと何度も頷いていた。
国信の早退理由を知り、本人の具合が悪かった訳ではないコトが解り、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、施設内で風邪が流行っているのも事実な訳で、完全に安心するのはまだ早い。
だがとりあえず今は、皆の風邪が早くよくなり、国信に風邪が移らないコトを祈るのみ。
そして俺も、貰った弁当箱の包みを開き蓋を開た。
出てきた中身は、予想通りというべきか、七原の物と同じだった。
しかし『手作り』と言う誰かが作ってくれた、それ。
普段、こういった物を口にする機会が少ない俺としては、人の温もりのようなものを感じた。
貰った弁当を、早速口へと運ぶ。

「あ、旨い。」

たった一口、口にしただけだったが、それはかなり美味しかった。
冷えて冷たくなってもコレだけ美味しいのだから、作りたてはさぞ美味しいのであろう。
そう思いながら、次々と箸を進める。

「だろ!!慶時が作ってくれた料理はメチャクチャ旨いんだよ。」

俺の言葉に、まるで自分が作ったかのように七原は、得意そうな笑顔を向けた。
だが、そんなコトよりも、気になる言葉を聞いた気がした。

「…コレ国信が作ったのか?」

引っ掛かる言葉を、恐る恐る訪ねれば、七原は大きく頷いた。

「え、料理出来るって言ってたけど。こんなに凄いんだ、ノブさん!!」
「毎日国信が作ってるのか?」

それを聞いていた豊や杉村が関心したように、言葉を口にする。

「毎日って訳でもないケド。あ、最近はそうかな?
 晩ご飯とかも作ったりするんだけど、慶時が作ってくれた料理はどれも美味しくてさ〜。」

七原の言葉に、俺は思わず弁当箱を落としそうになる。
こ、この弁当は国信が作ったものなのかッ?!
理由はどうあれ、自分は今国信が作って手作り弁当を貰い、口にしている訳で…。
知らされた事実に、衝撃が襲う。俯き、プルプルと小刻みに身体が振える。
そんな俺の様子に気付いた杉村が、不審そうな顔を向ける。

「ど、どうかしたのか?」

それでも杉村は、俺を心配し声を掛けた。
しかし、自分の世界にトリップしていた俺には、残念ながら杉村の声は届いていなかった。



『国信の手作り弁当…。クソッ、七原はいつも国信の手作り料理を食べてるのか?! くッ、なんて羨ましいッ!!!』



そう思うと知らず、箸を握る手に力が込められた。
次の瞬間
ガバッと、顔を上げた俺に、心配していた杉村も驚き、箸を落としていた。
しかし哀しい哉、そんな杉村のコト等これっぽっちも気付かず、俺は手元の弁当をジッと見つめる。
国信の手作りだと思うと、余計に美味しく感じられる弁当。
そして、噛み締めるように、一口一口残りの弁当を平らげた。










***










次の日。

「弁当ありがとな、メチャクチャ旨かった。」
「そう? 喜んで貰えたなら良かった。」
昨日貰った弁当の礼を述べると、国信も笑顔でそう返す。
その笑顔に釣られ、俺も笑みが浮かんだ。

「何か、久し振りに誰かが作ってくれた飯食べた気がする。」
国信の笑顔に、やや視線をずらし、頬を掻きながら言葉を続けた。
家は、親が両親共にあまり家には居ないので、専ら店屋物などが多いのだ。

「そうなの? でも三村のファンの子とか、お弁当作ってくれたりするんじゃないの?」

国信の言ったコトは、確かに以前あった。
が、一度誰かから貰ってしまうと、キリがない為受け取らないようにしている。
加えてもう一つ。

「否、さすがに食べ物はちょっとな。知らない人間から貰うのは恐いっつーか。
 何入ってるか分からない、って言ったら失礼かもしれないケドさ。」

かなりそれが本音だったりする。

「あはは、それはちょっと言えるかも。それじゃあ、俺で良ければ、今度から三村の分も作ってこようか?」

斜め四十五度に首を傾げ、国信はそう言った。
その言葉に、俺は一瞬自分の耳を疑う。
今、国信はなんと言った?



『俺が三村の為に、お弁当作ってこようか?』



こう言ったのか? 言ったよな?
ああ、言った。言おう言わない言います言う言うとき言えば言う…。
兎も角、誰が何と指摘しようと、そう言ったとも。
しっかりと今、俺はこの耳で聞いた!!

所々端折られ、且都合の良いよう俺の頭ではそう変換された。
思ってもみなかった国信の提案に、今にも小躍りしそうな心境だった。

「え、でも悪くないか?」

だが、そんな自分の心を悟られないよう、一応遠慮がちに言葉を返す。

「別に構わないよ、二人分も三人分作るのも変わらないし。」
「そ、そうか。なら頼んでもいいか?」
「じゃ明日から三村の分も持ってくるね。」

そうして国信は、ニッコリと微笑んだ。
こうして俺は、国信の手作り弁当を食べるコトが出来る様になった。





先日の占いは恐らく、このコトを指していたに違いない。
占いなど信じていなかったが、中々馬鹿にした物ではないと思い直した。














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02.09.12
05.11.06改