長い様で短い夏休みが終り、新学期を迎えたのは先日。
休み前に比べ、正体不明の感情が何か判明し、俺の心は晴れやかになった。
だがしかし、世の中それ程甘くはない。
晴れやかに、スッキリとしたまでは良かったとして。逆に今度は国信を妙に意識し過ぎて、緊張する様になった。
俺としては、その事実がかなり予想外の出来事だった。
周囲の人間は恐らく、そんな俺の変化を気付いてないと思う。
自慢出来るモノではないが、大人でも友人達でも、自身の内面を隠し、演じるコトは上手いと自負している。
だが国信は違う、彼は他人(ひと)の変化に鋭い。
それは、国信慶時と言う人間の、生い立ち等に、関係しているのかもしれない。
俺は、慈恵館と言う施設で暮らしているコト以外何も知らないけれど。
しかし俺達の生い立ちは違えど、国信も何処か自分と似た所のある人間だ。
そのコトは、数ヶ月間と短い期間とは言え、友人付き合いをしてきた中でも明白。
だから余計に、国信には不審がられていないか。それが心配だった。
否、不審に思われるならまだしも。俺が国信を避けているとか、最悪嫌っている等と思われでもしたら大問題だ。
絶対にそんな事態だけはゴメン被りたいし、避けたい。
よって如何に不自然にならないか、ごく自然に。今まで通りに振る舞えるか、それだけ気を付けないといけない。










『君と僕との距離 7』










シンッと静まり返った人気の無い廊下を、一人教室目指し歩く。
今は丁度、昼休みであるが。数分後には本鈴が鳴り、午後の授業が始まる。
にも関わらず、何故俺がこんな場所を歩いているのかというと。
昼休みは大概、適当な話し等をしながら教室で過ごすのが習慣みたいになっている。
今日もそのつもりでいたのだが、残念ながらそれは不可能だった。
朝登校し、下駄箱に行くとそこには手紙が置かれていた。
封筒を開け、中を確認すると内容は所謂呼び出し。
とは言え、カツアゲやリンチ等といった物騒な類ではなく。

― 話があるので昼休み、午後一時に体育館裏へ来て下さい。 ―

可愛らしい文字で、そんな様なコトが書かれていた。
そんな訳で昼食を早々に切り上げ、指定された場所へと足を運んだ。
教室から体育館裏まで、距離はそれなりにある。遅れて行くのもどうかと思い、少し早めに出向いた。
体育館の裏にはまだ。誰も居らず人の気配は無かった。
ぐるりと辺りを見渡せば、ココは体育館裏という所為もあり、大きな木や草が生え。
人の出入りが皆無であろうコトも手伝ってか、雑草の類も好き放題覆い繁っていた。
体育館裏に呼び出し、告白する。言わばコレは、定番の行為と言えるだろう。
しかし見た限り、今俺が立っている場所は、そういった物とは縁が薄そうに感じられる。
寧ろ逆に、物騒な類の呼び出しには打って付けの場所と言えるだろう。人に気付かれる可能性は、まず無い。
手紙の差出人が態々この場所を選び、指定したのは失敗なのではないか。
余計なお世話であろうが、内心そんなコトを俺は思わずにはいられなかった。
暫くボーッとしていると、手紙を寄越したと思われる人物が小走りに近付いて来た。
身長は少し低めで、百五十センチ程だろうか。肩より少し長めの髪を二本に縛り、可愛らしい感じの子だった。
そして見覚えの無い彼女は、一つ年下の後輩らしく軽く自己紹介をし、早々に用件を切り出した。
用件、それは予想通り告白というモノだった。










***










以前であれば、もしかしたら了承していたかもしれない。
一人になった体育館裏で、彼女との遣り取りを思い返す。

『好きです、付き合って下さい。』

その言葉は、丁重に断った。
彼女同様、俺には今、好きな相手がいるから。
今までのコトを振り返れば、到底考えもよらなかった内容。
けれど彼女は、そうですか。俯き加減に、言葉少なくポツリと呟いた。
だが次の瞬間には、顔を上げにっこり微笑みを浮かべ。

『想いを告げられたから、満足です。態々有り難う御座いました。』

そして小さく一礼し、踵を返し来た時同様小走りに立ち去った。
彼女の背中を見送り、その姿が見えなくなると、無意識に溜息が零れた。
口にはしなかったけれど、断った理由はもう一つあった。
彼女は控え目で、大人しく、とても真面目そうな子に感じた。
それでいて外見とは違い、芯の強い所もある様で、それは言葉遣い一つ、態度を見ても感じた。
伝えられた言葉、想いは彼女の本質同様、とても真剣なモノで。
そんな人間と、俺は付き合うコト等出来無い。頭の隅で、そう思った。
真剣で、純粋な彼女の想い対して俺は。同等の、それ以上の想いを返すコトが出来無い。
付き合ったとしても、傷付けるだけとなってしまうのが目に見えていた。
逆を言えば、俺が今まで付き合ってきた人間というのは皆。
お互い本気ではなく、それが解り、割り切っている人間ばかりだった。
そんな相手を選び、後腐れがない軽い付き合いをしてきた。

『絶対に自分は、本気で誰かを好きになったりはしない。』

そんな風に思っていた。けれど、その思いは裏切られる。
生まれて始めて、本気で誰かを好きになった。自覚したのは、最近のコトだったが。
俺にとってコレが良いコトなのか、悪いコトなのか解らないけれど。
相手は同級生で、クラスメイト。尚且つ同性だった。
この想いが成就するのは、厳しい状況にある。それは誰からも一目瞭然だろう。
だからと言って、諦める気とて微塵もないけれど。
誰に相談出来る状況にもなく、自身のコトだけで手一杯な状態。故に断った、とも言えるかもしれない。
そうして今日、彼女に告白されて気付いたコトもあった。
俺自身、今まで何とも思っていなかったコトだったが。

『好きになった相手に、想いを告げる。』

その行為が、どれだけ勇気のいるコトであるか。という事実に。
目出度く想いが成就した場合は良い。
だが残念ながら、逆の場合はどうだ。先程告白してきた彼女を見て、ふと思った。
自分は、俺はどうだろうか。彼女の様に、振られても笑って、同じ様な台詞を言えるだろうか。
今まで告白をしてきた彼女達の様に、俺に同様な告白する勇気があるのだろうか。
そこまで考えて、俺には無理だ、真似出来ない。
想いを口にした時点で、相手がどのような反応を返すのか。正直、それを見るのが一番怖い。
それが今、俺の本音だった。
目に見えて、ハッキリと相手に拒絶される。そんな自分の姿を想像しただけで、身震いする。
しかも、その後も問題だ。相手はクラスメイトだ。
返答如何によって、今までと同じ関係でいられるのか。コレまで通り、友人として接するコトが出来るかどうか。
否、寧ろ友人という関係に戻れるのか。それが一番大きく、重要な問題だった。

『今まで築き上げてきた関係が、何もかも全て壊れてしまう。』

そう考えると、下手に行動を起こす訳にもいかず、どうしていいのか全く見当も付かない。
今更ながらそんな事実に行き付き、こんな弱々しく後向きな考えに辿りついた自身に対して、自嘲的な笑みが浮かぶ。
らしくないコトは、自分が一番よく解っている。
左手で髪を掻き上げる、その場を後にした。










***










体育館裏と教室の丁度繋ぎ目まで歩いて来た時、足を一端止め立ち止まる。
そこには何一つ、視界を遮る物が無く、見上げた瞳の先に映るのは高くキレイに澄み渡り、何処までも続く青空。
一面に広がる、その青を暫く眺めている内に不思議と。今まで暗く、後向きになっていた思考が浮上してくるのを感じた。
絶え間無く、遥か遠く何処までも続く空。広く大きな空を目にしていると、俺の悩み等ちっぽけなコトに過ぎない。
そう思えてくると同時に、何とかなる。何故だか、そんな気持ちにさせてくれた。
彼女が告げた言葉通り、ぐだぐだと悩むよりまず、後悔しない様行動するのが一番大切なコト。
行動して、想いを告げて。もしそれでダメだったのなら。
その時は―――。

それは、その時になってから考えれば良い。
俺は何もしない内から、後向きに考え、沈んでいる様な人間では無い筈だ。
やっと、本来の自分らしさを取り戻せた。そうだ、コレがいつもの俺だ。
例え、この想いが不毛なモノであったとして。受け入れて貰うコトが出来無かったとしても。
結果はどうであれ国信は、初めて俺に本気の恋愛感情というモノを与えてくれた人間に変わり無い。
そう、どんな結果になろうとも。大切なのはそこなのだ。
ふと笑みが浮かぶ。先程までの、自嘲的ではない笑みが。
迷いが吹っ切れた俺の心は、今日の空に負けないくらいキレイで、晴れやかなモノへと変わった。
そんな思いに没頭している俺の耳に、午後の授業開始を告げる本鈴が届く。

「ヤバッ!?」

その音に我に返ると、ダイブまだ距離の残る教室へ向かい駆け出した。
とりあえず、当面の目標は。
今まで通り国信と、普通に接するコトが出来る様なるコト。
教室へと急ぎながら、俺はそう決意を新たにした。
















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02.09.12
05.11.11改