迎えた、花火大会当日。
無意識の内、気合が入っていたらい俺は、朝五時に目が覚めた。
いつもだったら目覚めた後、中々スッキリしとない頭も、今日はスグに冴え渡った。
しかし、約束した時間は午後五時半。時間に余裕があり過ぎる。
それまでの時間、そわそわ妙に落ちつかない。

「何だかいつもと様子が違うけど、何かあったの?」

端から見ても明らかで、妹の郁美にまで指摘される程だった。
その言葉通り、何かあったと言えばあったし。逆にコレから起こり得るとも言える。
結局良い答えが見つからず、曖昧に笑い誤魔化すに留まった。
その後、昼食を取り、テレビを見たりして特にするコトもなく、手持ち無沙汰に約束の時刻まで適当に過ごした。
だが時間が気になって過ぎて、ちらちらと何度も時計に目を向けてしまう。
落ちつくコトも出来ず、約束の時間までが、異様に長く感じられた。










『君と僕との距離 6』










公園に辿り着くと、そのままベンチへと向かった。
待ち合わせた時間は午後五時三十分。現在の時刻は五時。
家に居ても落ちつかず、何も手に付かないので、ならば何処に居ても同じと思い、早々に家を出た。
それから、何をするでもなく只、ボーッと空を見上げる。空には太陽が完全に沈んでおらず、未だ明るく蒸し暑い。
しかし日中に比べれば、風も出て幾分涼しかった。

「随分早いな。」

そんなコトを思っていると、背後から声が掛けられた。
態勢はそのままに、空に向けていた顔を声の聞こえた方へと、首だけ後ろへ向ける。
最初に現われたのは、杉村だった。
姿を確認し、時計を見ると、まだ待ち合わせた二十分前。

「お前こそ、随分早いと思うけどな。」
「まあな、でも俺はいつものコトだ。逆にお前は時間ぎりぎりか遅刻してくることが多いだろう?」

だから珍しいと思ってな、そう付け加えながら、俺が座っているベンチの正面へと回り込んできた。

「失礼なヤツだな。俺だって早く来るコトぐらいあんだよ。」
「雨でも降らなければ良いがな。」

杉村からは、嫌味とも皮肉とも思える台詞が返され、ご丁寧にも空へ視線を向けた。
失礼なコトを言う杉村を、とりあえず殴っておいた。
それから暫く、次々と集まった他のメンバーも、既に俺が居るコトに驚き。

「三村がもう来てる、何があったの?」
「時間通りに来てるなんて、スッゴイ珍しい。」

口々に言ってきた。それらに、口元が引き攣る。
そりゃあ俺が、時間通り遅れずに来るコトは確かに珍しいコトだと自覚はある。
否定はしないけどな。否、出来ない。
心の中で一人、思っている俺の横で、杉村が笑みを噛み殺しているのが目に入った。
その姿に、今度は蹴りを入れてやった。










***










皆集まり、適当に話しをしながら会場へと向かった。
「うーわーッ、凄い人だね!」
「さすがに花火大会と言うだけのコトはあるな。」
「コレだけ人が多いと、はぐれて迷子になりそうだね。」
「そうだな、充分気を付けないとな…。」

集合場所から会場までの距離は、普段であれば五分程度で着く距離にある。
しかし本日は花火大会、とのコトだけあり。会場への道すがら、大勢の見物客がごった返して居た。
その所為で、倍以上の時間を要した。
やっとで辿り付いた会場も、既にそれをも増す人間が溢れていた。
気を付けないと、スグにでもはぐれてしまいそうだ。
尚且つ、コレだけの人間が犇めき合う広い会場。再会するのは容易ではない。
そんな訳で、万が一はぐれた場合を想定し、集合場所等を予め決るコトにした。
合流する場所は、会場の入り口付近。花火終了後、三十分程過ぎた頃。と言うコトになった。
終ってスグというのは、さすがにまだ人が集中し、押し寄せるだろうと、少し時間をずらした結果だ。
でもまあ、コレだけの人間が移動する訳だから。僅か三十分ずらした所で、状況に大して変化は見られないかもしれないが。
しかし、ぐだぐだ考えた所でどうしようもない。なってみなければ解らないコトだ。
とりあえず今は、場所を何処かへ移動し様と歩みを進めたその矢先。
丁度後から、俺達の間に人の波が流れ込んだ。
ほんの一瞬の出来事、慌てて隣を見るが、人人人―――。
何処を見渡しても人の波。
そして気付けば、僅か数秒前まで隣を歩いていた筈の友人達の姿は、見当たらなかった。
どうやら早速、見事にバラバラになってしまったらしい。何とも幸先の悪い。
まだ今日は、国信と会ってから一言も会話をしていないというのに。
そう思うと、口からは自然と溜息が零れた直後。前方へ向けた視線の先、見知った後姿が映る。
見失わない様、慌てて人込みを掻き分け追い掛け、やっとの思いで追いつき肩を掴んだ。
突然肩を掴まれ、振り返った顔には驚いた表情が浮かんでいた。

「…三村?」

姿を認め、国信は俺の名を口にした。

「さっきので、見事にバラバラになったな。」
「一瞬だったよね、気付いたら隣には誰もいなかったよ。」

先程のコトを思い返し話しながら、二人で人込みを避けながら進む。
ほんの少し前まで、何て幸先が悪いのだろうかと思っていた。
だがしかし、気付けば国信と二人きと言う、何とも好都合に展開した。

「集合場所とか決めて置いたのは、正解だったね。」
「だな。けど俺達が会えた訳だし、案外他の奴等は一緒に居たりするかもしれないな。」
「ッ!?」
「大丈夫か?」
「うん、ゴメン。ありがとう」

会話の途中、ドンッとすれ違い様ぶつかって来た人に、押し流されそうになった国信を慌てて手を伸ばし引き寄せた。
そして笑顔を向けられ、心なしか体温が上昇した。

「とりあえず、この人込みはちょっとな…。逸れるなよ?」

俺の態度を気付かれない様、国信から視線を外し呟き。国信の手を掴み人込みを避ける様に足を進めた。
歩いている間、俺の心拍数は異様な早さを打ち鳴らし続けた。










***










どのくらいそうして歩いたか、辿り着いたのは殆ど人の気配が感じられない場所。
そこはどうやら、あまり人に知られていない穴場的な所の様だ。
今、ココに居るのは、本当に俺と国信の二人だけだった。

「会場から然して離れて無いのに、随分静かな所だね。」
「ああ。人も居ないし、花火もよく見えそうな場所だしな。」
「他の皆も、呼んであげたいね。」
「…そうだな。」

返事とは裏腹に、内心他の奴等は居なくて、来なくて良い。
寧ろ、今あるこの状況に感謝したいくらいだった。

そして、ドーンッという響き渡る音と共に、花火が打ち上げが始まった。

「あ、始まったね。」
「そうだなー…。花火見るの久し振りな気がする。」
「そうなの? 家で花火とかやらないの??」
「ああ、一人で…妹と二人だけでやっても何か寂しいだろ?」
「そっか。じゃあ今度は、皆で花火しようか。」

笑顔で提案した国信に、二人だけでやりたいなという思いが過る。

「三村は、花火、好き?」


暫くお互い、黙って夜空に浮かぶ花火を見上げていると、国信が問い掛けてきた。

「あー、華やかでキレイだし…。結構好き、かな。国信は?」

在り来たりかもしれないが、返事をし逆に俺も問い返す。

「俺も花火は好きかな? 花火って華やかでキレイだけど…。段々消えていく様は、何だか儚い感じがするよね。
 けどそんな、一瞬だからこそ一層美しと思えるのかな?」

空を見上げていた顔を、俺へと向き直し。





「          」





何事か、口にした。
けれどその声は、花火の音に掻き消され、俺の耳には届かなかった。

「悪い、よく聞こえなかっ…」

聞き直そうと国信へ振り返った俺の声も、最後まで言葉になるコトはなかった。
にっこりと、俺が今まで見たコト無い笑顔を国信が浮かべていた。
ふんわりと、花が綻ぶ様な笑顔だった。
そんな国信を照らす様、大輪の花が空に咲いた。
瞬間、何かが弾けた。





やはり、そうだったんだ。昨夜導き出された答え。アレは間違いじゃない、正しかったんだ。
俺は、国信のコトが好きなのだ。
信じ難いコトだったが、今ならはっきりと確信を持ちそうだと言える。
俺が国信に対して覚え、向けるていた感情。それは、恋愛感情だ。

だから俺以外の誰かに対して、笑顔を向けた時に感じた苛立たしさ。
そんな表情を、他人に向けないで欲しいと思う、我侭な独占欲。俺に向けられた笑顔に対して、感じる腹立たしさは。
皆と同じ表情なんかを、俺にまで向けて欲しくないという思い。
誰にでも同じ態度を、分け隔てなく向けられる笑顔で接してくるのは。
即ち俺自身も、他の人間と同等で在るコトを指している。国信の目には、俺という存在が映っていない。
国信にとって、俺が特別な存在になりたいと無意識の内に思っていたのだ。
あの日初めて会い、話しをした時から少なからず俺は国信のコトを想っていた。
恐らくそれは、一目惚れというモノであったのだろう。
今まで、ずっと悩み続けていたコトが嘘の様に。ハッキリとそこまで思い至った。

参ったな、本当に。コレから、どうすれば良いのか。
自覚したのは良いとして、今後の行く末を思うと知らず溜息が零れた。
左手で頭を押さえ、ちらりと隣に居る国信を見る。
そこには先程の笑顔は、既に消え普段と同じ表情を浮かべ。空を見上げていた。

「…。」

とりあえず今は、まだこのままで。
けどいつか。もっと近付けたら、誰も知らない国信を知るコトが出来れば良い。
そう思いながら、俺もまた未だ終らぬ花火へと視線を戻した。
















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02.08.31
05.11.10改