夏休みに入り、国信と顔を合わせる機会は皆無になった。
そして無くなると思っていた、あのよく解らない感情も、消え去るコトは無かった。





「はぁー…。」
自室のベットの上に寝転がりながら、俺は溜息を吐いた。
溜息の原因は、恐らく国信のコト。
『国信』と、言うよりも『国信に対して、感じる様になった感情について』と言った方が正しいかもしれない。
夏休みに入る少し前から感じるようになった、それ。
原因が何なのか全く解らず、今日も一日が過ぎ去ろうとしていた。










『君と僕との距離 5』










会わなくなってから数日、俺は一人で色々と考えていた。
部活でバスケをしている時。
否、練習中はちゃんとバスケに集中している。他のコトに気を取られて怪我でもしたら、洒落にならない。
休憩時間や、何をするコトも無い少しの空き時間等。
最近俺は、考え事をしている時間が増えたと思う。
それにも関わらず、どんなに考えても未だその解答が出るコトはなく。
数学の問題みたいに、公式を使って簡単に答えが導き出せるような物ではない、それ。
とても難問だった。

今日も同様に部屋で一人、最近日課となりつつある、何をするでもなく答えを探し考えていた。
そしてふと、あるコトを思い付く。

『感情が何なのか?』

俺はそればかりを考えていた。だが、そもそもどうしてこういう風になってしまったのか?
そこから考え直せば、何かヒントが見つかるかもしれない。

「よしッ。」

がばりとベットの上に起き上がり、それがいつからなのか、記憶を辿った。










アレは確か七月、まだ授業があり。体育で水泳の授業があった日だ。
その授業を国信が見学して、教室に戻る途中の階段で会った。そこで暫く、俺達は話しをした。
チャイムが鳴るから、教室へと戻ろうとして、国信が階段から足を滑らせたのを、俺が受け止めた。
教室に戻って…、それから、変化した…?
もっと細かく限定するなら、階段から落ちた国信を受け止めた後ってコトか?
受け止めて、無意識に俺は国信を抱き締めてしまっていた。
そこまで思い返すと、あの時の感触が頭の中にリアルに蘇る。



   ― 白く透き通った肌。 ―
   ― 黒くてサラサラしていた髪。 ―
   ― とても細く、重さを感じさせない身体。 ―



あの様なアクシデントに見回れなければ、恐らく俺は気が付くコトも無かっただろう。
見ているだけでは、到底知り得なかった、気が付かなかったであろうコトを知った。
そうして俺は、そんな国信のコトをー…。



   ― きちんと、飯とか食ってるのか? ―
   ― そこら辺にいる女達より細くてスタイル良かったな。 ―
   ― でも同じ男として考えると、さすがにアレは細過ぎだと思う。 ―



とまあ、大体そんな風なコトを思った。
加えて俺は、そんな国信をぎゅっと抱き締めたいと思ったんだ。
そこまで考え、とあるコトに思い至る。

「まさか、な…?」

誰に言うでもなく、言葉が洩れる。
でも、もしかすると…。
自分の行き着いた答えに、手を口元に持っていき再び考え込む。
そうだ、世間一般的に、その時の症状に今の俺はぴったりと当て嵌まるではないか。
もし今導き出さた答えが正しいのであれば、今まで感じていた、悩まされていた感情がなんなのか解るし、納得がいく。
その答え、それは俄かに信じ難いモノだった。
しかしそんな俺の思いとは裏腹に、何処を取っても納得出来る要素が揃っているのは事実。
云々考えていると、突然傍に置いてあった携帯が鳴り響く。
その音に、俺は現実へと呼び戻される。
慌てて手を伸ばし、画面を見れば豊からだった。
何かあったのだろうか? 思いながら、通話ボタンを押す。

『もしもしシンジ? 久し振り、元気?』

受話器からは、相変わらず元気そうな、いつもと変わらない豊の声が聞こえてきた。

「ああ、まあな。けど久し振りってほどでもないと思うぞ?」

笑いながらそう返せば、それもそうだねと、笑い声と共に返事が返ってきた。
久し振り、という程でもないが。学校で毎日のように、顔を会わせていた時に比べれば、その回数も減ったわけで。
暫く、世間話染みたコト(出された宿題のコトなど)をツラツラ話し込んでしまった。
チラリと時計に目が行き、そう言えば用件をまだ聞いていないコトを思い出した。

「何か、用があったんじゃないのか?」
『あ、そうだスッカリ忘れてたよ。ゴメンゴメン。とりあえずシンジさ、明日暇?』
「明日?」
『うん、そう。もし暇だったらさ花火大会行かない?』
「花火大会?」

鸚鵡返しに聞き返すと。曰く、毎年恒例の花火大会が明日あるらしい。
言われてみれば、確かにそんな時期だったなと思う。
突然の誘いではあったが、特別予定はなかった筈。

「別に暇だけど。」
『ホント?! じゃあ決定ね!!』

承諾の返事をすれば、アッサリと決定されてしまった。
行くとはまだ言っていないのだが、まあ用事も無いし構わないか。
『じゃあ明日の5時に、
××公園に集合ね!』

楽し気な豊の声が耳元に届いた。その声に、思わず笑みが浮かぶ。

「解った、5時な。」
『うん! 皆で花火大会行くなんて、楽しみだね〜。』
「皆?」
『そう皆、来るのは大体いつものメンバーだけど。』

いつものメンバー、それはつまり。

『俺と、ケータにヒロキとシューヤ、それとノブさんとシンジの6人!』

やはりか…、予感的中という感じだった。

『それじゃ、明日楽しみだね。じゃあオヤスミ〜!!』
「っあ、おい?!」

ブツッと返事をする前に、豊からの電話は一方的に切れてしまった。
掛け直しても良かったが、何を言って良いのかも解らないし。

「はぁ…。」

切れた携帯を尻目に、溜息が洩れた。
相変わらずと言うか、こういう所が豊らしいと言えるのだが。

「国信、アイツも来るのか…。」

いつものメンバーと豊が称したのだから、国信が含まれていても何らおかしくは無いのだが。
しかしコレは、ある意味チャンスかもしれない。
この感情が何なのか。先程導き出した答えが正しいかどうかはっきりする絶好の機会だ。
もし、違っていた時は、また振り出しに戻ってしまう。
けれど合っていた時は―――?
俺はまだ、そのコトに確信は持てないし、信じ難い気持ちでいる。
でも、もしそれが正しいのであるならば。素直にそれを受け入れなければならない。
そうしてその場合は…。
今まで築いてきた関係が、壊れてしまうかもしれない。
それでも俺は―――…。

「よしッ。」

気合を入れ、今日は明日に向け、早々に眠るコトにした。
この所ずっと考え事をしていた所為もあり、最近眠りが浅かった。
そして一応の解決をした、だから今日はよく眠れそうだ。
兎に角、明日、全てはそこから始まる。
そう思いながら、意識は次第に微睡んで行った。
















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02.08.17