七月に入り、青空が毎日のように空一面広がり、日差しも強くなってきた。 そして最近は一段と、汗ばむ気候へと変化を遂げ、夏が来たのだと実感する。 本日の気温も高く、何もせずとも、じんわりと汗が滲む。 それでもまだ、風がある分幾らかマシなのかもしれない。例えその風が、温かったとしても。 暑くなれば人間誰しも、自然とやる気・集中力等落ち、弛みがちだ。 特に炎天下の元、行わなければならない体育の授業が良い例と言えるだろう。 あれはかなり辛いものがある。 とは言え、六月〜七月頃にかけての体育の授業は、水泳へと変わるのだが。 『君と僕との距離 4』 プールの大きさという物は限られている。 しかし、比べて各学年のクラスは多い。その為、体育の授業は、二クラス合同で行われる。 ちなみに、同じクラスと言えど、女子とは授業内容も担当教員も違うので一緒でになるコトはない。 という訳で、今現在体育の授業は水泳となっている。 今年は春先頃から異様に気温が高かった為、夏はかなり暑いだろうと予想されていた。 だが予想に反し、梅雨入りした頃から急激に気温が下がり、梅雨自体も長いものとなった。 その為、折角プール掃除をし、いよいよ水泳の授業という状況になっても、以上の理由から今まで使用出来ずにいた。 気が付けば七月も半ばで、一学期も残す所あと僅か。そうなりやっと、本日の授業で水泳が行えるコトになった。 やっと使用出来る様なったにも関わらず、来週から授業は半日。授業は殆ど行われない。 結果、俺達が受ける水泳の授業は、今日コレ限りだろう。よって授業とは名ばかりで、各自好きな様行われてた。 授業時間も僅かかとなった頃、俺はあるコトに気が付いた。 「そう言えば、国信は?」 今更ながら、その事実に気が付いた。 俺の疑問に答えたのは、近くに居た七原だった。 「ああ、慶時はアレルギーなんだ。」 「アレルギー?」 「そう、だから水泳の授業の時はいつも見学してる。」 七原の言葉に、俺はプールサイドへと視線を向けるが、今日の授業見学者は、この場にはいなかった。 そう言えば、体育教師が何か他にして貰いたい仕事がある等と言っていた気がする。 俺と七原がそんな話をしていると、豊や飯島、杉村が口を挟んできた。 「俺昨年ノブさんと同じクラスだったけど、そう言えばそんな風なコト言ってた。」 「アレルギーか、大変だな」 「そうだな。」 しんみりと口々に告げ、頷きながら納得している様子に。だが俺は、軽い衝撃を受ける。 (ちょっと待て、何だそれは? アレルギー? 国信が…? でも海に飛び込んでたよな? あの時、見た感じは何ともなかった筈。って、海とプールじゃ違うのか? 違うといえば違うかもしれないけど…。プールで使われてる薬品なんかがダメなのか…??) 告げられた衝撃の事実に、俺の頭は授業終了までそのコトでいっぱいだった。 *** 水泳の授業後は、タオルで拭いても何となく服が身体に纏わりつく様で不快感を覚える。 まあ、暑さで掻いた汗の所為もあるだろうが。 後は全身濡れているわけで、折角朝セットしてきた髪も崩れてしまう。 とりあえず手櫛で髪を整えながら、一人教室へと続く廊下を歩いている途中。 何気なく階段へ目を遣ると、そこには先程、散々頭を悩ませていた人物。国信が居た。 何をしてるのかと思えば、階段の踊り場にある窓から、外を眺めているらしかった。 ふと人の気配を感じたのか、国信が突然俺の方へと振り返った。 「アレ? 三村、随分早いね。もう体育の授業終わったの?」 「ああ。」 ココで国信と会ったのも何かの縁かもしれない。って、クラスメイトなんだし、教室に戻れば顔を合わせるんだけど。 「さっき聞いたんだけど、お前アレルギーなんだって?」 「え、ああ…。」 今し方、七原の口から齎され、少しばかり疑問を感じたコトを思い切って訪ねてみた。 その問いに国信からは、何とも曖昧な返事が返される。歯切れの悪いその答え。 国信の表情を伺うが、生憎俺の居る場所からは逆光になり。どのような表情を国信がしているのか、解らなかった。 「まあ、ある意味ね。でも今日はちょっと体調悪くてさ、何と言うか夏バテ気味?」 含みのある物言いに、引っ掛かるモノを感じたが。それよりも後に続いた言葉が気になる。 言われてみれば、今朝会った時、顔色が少し悪かった様な気がする。 「大丈夫か? でも今からそれじゃあ、本格的な夏になったらどうすんだよ。」 俺の言葉に、国信は苦笑を洩らした様だ。 そんな会話をし、端と思い出した様時計に目を遣ると。後三分程で授業開始を告げるチャイムが鳴る時間だった。 「もうすぐチャイム鳴るし、早く教室戻んないとな。」 「そうだね。」 時間を確認し、国信は返事をしながら階段を下りて来た。 「あ。」 耳に届いた小さな声に、階段を振り返った先。 視界に映し出されたのは、国信の身体が傾き、落ちてくる光景。 一瞬の出来事だった。 気付いた時、無意識に身体が動いていた。 ドサッ 僅かな衝撃と、呻き声。 咄嗟の出来事であったが、国信の踏み外した階段が残り数段だったコトも幸いして。 俺は国信を受け止めるコトが出来た。 「危なかったな、大丈夫か?」 「…うん、ゴメン三村。ありがとう。」 苦笑を浮かべながら、そう告げる国信。 上から落ちてきた国信をキャッチしたと言うコトは。イコール、『抱き止めた』と言い換えるコトが出来る。 結果、国信の身体は、俺の腕にすっぽりと収まる形となっていた。 (見た目からして、細いと思ってはいたけど。何だこの細さは? しかもメチャクチャ軽いし。 何つーか、同じ男って感じがしないよな…。色も白いし、髪もサラサラしてるし。それにこう、ギューッと―――…。) 国信を抱き止めたまま、ぼんやりそんなコトを思う。と同時に、無意識の内腕に力が篭った。 「ちょっ、…三村?」 「え?」 「…苦しいんだけどさ、腕。緩めるか、離すかしてくれない?」 思いの外近くから聞こえてきた声に、そちらに視線を遣れば。 そこには僅か数センチの距離に、困惑気味な、苦笑を浮かべた国信の顔があった。 そうして暫く、我に返り現状を見れば…。 「わ、悪い、国信ッ!」 「いや、別に良いけどさ。」 慌てて腕を解き離す。 無意識と言え、自分の取った行動に心臓がバクバクと早鐘を打つのが解る。加えて、顔へと熱が上昇する。 国信から目を逸らし、落ち付ける様、左手で自分の胸辺りのシャツを掴む。 「三村、何だか顔が赤いけど。もしかして具合悪くなったとか?」 「ッ?!」 そんな俺の態度に、国信は眉を顰め心配気に顔を覗き込んで来た。 途端、思いがけない行動をされ、一層顔だけでなく身体の温度が上昇するのを感じた。 「な、何でもない、大丈夫だ。そ、それより早く教室戻らないと、な?」 「う、うん…。」 バッと国信から身体事逸らし、ややどもりながらも、早口に若干大声で捲くし立てた。 俺の様子がおかしいのは、一目瞭然だったが。国信は不審そうな、それでいて心配気な視線を向け。 納得してはいないようだったが、何でもないと言い張った俺に、それ以上深く追求してくるコトはなかった。 その後、連れ立って教室へと戻り、お互い自分の席へと着いた。 だが一方で、俺の心臓は未だ落ち付くコトなく、早鐘を打っている状態で。 結局その後、俺は授業どころではなかった。 *** その日から暫く、国信の顔を直視するコトが出来無かった。 何故だか視線が合うと、心臓が早鐘を打ち、普通に接するのが困難な状態に陥ってしまっていた。 しかし、階段の一件以来。俺の目は無意識に、自然と国信の姿を追い掛ける様にもなった。 国信の姿が見えないと、何処に行ったのか気になり探している。 そうして更に。 以前通り、国信と接するコトが出来る状態になった時、新たに変化したコトがあった。 俺の目に国信の姿が映る。けれど誰か他の奴等と楽し気に会話を交わし、笑顔を向けている。 その都度、俺の心はざわめき波立った。 それは何も他人に限ったコトでは無く、俺自身へと向けられた、国信の笑顔に対しても酷く腹立たしい様な。 何とも形容し難い感情が、心を支配する様になっていた。 結局、その感情が何であるのか解らないまま、一学期が終了した。 明日から、一ヶ月弱の長い夏休みが始まる。つまりそれは、国信との接触を絶つコトを示す。 そう考えるとまた、わけの解らない感情が心の中で渦を巻く。 だが同時に、この感情の正体をゆっくりと考える絶好の機会でもある。 その答えが何なのか、今はまだ解らない。が何故か、俺自身にとって大きな変化を齎しそうな。 漠然とではあるが、そんな気がしていた。 結果はどうあれ、兎に角、答えが何なのか知りたいと思う。 それら全てが解るのは、もう少し先のコトとなる。 ←Back Next→
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02.06.27
05.11.07改