強要されて、何かを『する』のと。 自らの意思で、『する』のでは天と地ほどの差があると思う。 昔、他人(ひと)に構われない為にはどうしたら良いのか。そればかりを考えている時期があった。 その手段を知ったのは、奇しくも入院した時だった。 医師や、看護師達が密やかにしていた会話。 『他の子達みたいに、元気良くないわよね。』 『にこりとも笑わないし、ちょっと心配になるわ。』 ああ、そうか。笑えば良いのか。 この煩わしさから解放されるのであるならば、簡単なコトだと思った。 そうして一人、ベッドの中で笑顔の練習をした。 笑みを浮かべて、人と接する様になってから。世界が一変した。 こうゆう風に生きて行こう、どうせ俺はあの時、一度死んだ様なモノだから。 今後の人生は、オマケの様なモノだから。 秋也と出会ったのは、そんな風に思い、自然と笑顔を作るコトが出来るようになった頃だった。 ただひたすらに、君ヲ想フ 事故で両親を亡くし、他に身寄りが居らず、園に引き取られて来たのが七原秋也だった。 『慶時君と同い年だから、仲良くしてあげてね。』 良子先生に言われ、視界に映った彼、秋也の第一印象は。 まるで、少し前の自分を見ているようだった。 突然一人になった現実。 事故のショック。両親だけが逝き、自分だけが生き残ったコトへの罪悪感か。 俯き加減な表情。目には何も映し出されていないような、生気というモノが感じられなかった。 そんな秋也は、同年代の子が話し掛けても、良子先生が声を掛けても。 俺も、声を掛けたけれど。返事も無く、視線が交わるコトも無かった。 秋也とのファーストコンタクトは、そんな感じにアッサリと終了した。 通りすぎて行く背中を見つめ、思うコトは。 俺自身の経験からすると、こうゆう行為は鬱陶しく、煩わしいモノ以外の何物でもなかった。 今現在の彼にとっても、それが当て嵌まるのではないか。 そう思ったけれど。 俺と彼は違う人間だし。慈恵館へ、連れて来られた経緯も違う。 それに彼は、愛情持って育てられた人間だろうから。 大体、今の秋也の心を占めているのは、哀しみやショックといった感情だろう。 だから、他人が入って行く余地は存在しないのだと思う。 無視をしているのではなく、そういった感情を持て余しているような気がした。 あくまでそれは、俺の推測でしかないけれど。 気にはしつつも、あまりしつこくならない程度に、毎日話し掛け続けた。 どうして自分が、そこまで秋也のコトを親身になったのか。 良子先生に頼まれたからなのか。 単に、自分の姿をダブらせて見たからなのか。 未だに答えは解らないけれど。 只、暗く塞ぎがちな秋也を、何故だか放っておけなかったのは紛れも無い事実。 何をどうしたら、返事を返してくれるのか。他の皆と、打ち解けるようになるのか。 考えても答えは出ないし、解る筈も無くて。 時間の経過だけが、心の傷を癒し、そうなるまで待つしかないのだろうか? 寧ろ、焦る必要も無いし、そうした方が良いのではないかと。俺は思うようになっていた。 そもそも、本人に変わろうという気が無い以上。 回りが、幾らどうこう頑張った所で、所詮無駄なコトでしかない。 多少それには、俺自身の経験も含まれている。 * ある夜。 くぐもった、嗚咽のような声に目が覚めた。 身を起こし、暗闇の中声の主を探せば。それは存外近く、スグ隣の秋也の布団から聞こえた。 音を立てぬよう身を起こし、注意を払い様子を伺う。 「…と…さん………お…かあさ……」 (…寝言?) 夢を見ているのだろうか。 園に来る前の、家族一緒に過ごしていたであろう頃の夢。 その様子を暫く眺めていた。 が、何かをして上げられるわけでもなく。 俺に出来るのは、零れ落ちる涙を拭うコトくらいしかない。 そうして肌蹴た布団を直してやり、自分の布団へと戻った。 しかし、一度覚醒した頭は、中々寝付くコトが出来なくて。 隣へ視線を向けると、どうやら涙は止まったらしく、規則正しい寝息だけが聞こえてくるようになった。 何となく、自分の両親は、今頃どうしているのだろうか。 そう思い掛けて、止めた。 今更、こんなコトを思っても、仕方が無い。 どうせ、もう二度と、会うコトも無いだろうから。特別、会いたいとも思わなかったけれど。 再会したとしても、無駄だというのを知っている。 何より俺自身が、あの人達に望むコトなんて何一つ無い。 だからと言って、恨んでるとか憎んでるとか。嫌いというわけでもない。 俺が、あの人達に抱いてる感情は、我ながら複雑で面白い。 そういえば、良子先生達は俺が園に入る経緯を、何もかも全て知っているのだろうか? 聞いたコトが無いから、真相は解らない。 でも、例え知っていたとしても、特別何かを言ってくるコトも無いだろうし。 それに園には、境遇は違えど俺と似たような子供達が大勢居る。 一々皆に、事細かに深入りしていたらキリが無い。 中には、両親のコトを知らない子だっている。 (…だけど、あんな風に両親のコトを思って、泣いたコトなんて無かったな…。) その所為か、目の前で寝言を言いながら、涙を流す秋也の姿が。 なんだか不思議な、俺にとっては未知とも言えるモノだった。 大体俺には。 『泣く』 という行為自体、覚えている限りしたコトが無かった。 もっと言うなら、喜怒哀楽といった感情すら覚えが無い。 否、一度だけ。たった一度だけ。 あの人が、俺に笑いかけてくれた時。脳裏を過った思い。 それに名前を付けるとするなら、恐らく喜。 嬉しいという感情だったのではないかと思う。 (何かを失う痛みって、何だろう…。打ちのめされて、涙が溢れるっていうのは、どうゆうコトなんだろう。 俺にもいつか、解る日が来るんだろうか…?) 自分にも、誰かのコトを思い、涙を流す。 そういった行為が、俺にもいつか出来る日はくるのだろうか。 今の俺には、全く想像もつかないコトだけれど。 いつか、本当に出来る日がきたなら。 もっと人間らしくなれるのだろうか。 自分自身の存在価値を、認められるだろうか。 生きてて良かったと、思えるだろうか。 秋也と一緒に居たなら、俺自身が変われるような。 何か、俺に欠けているモノを得るコトが出来そうな気がする。 俺とは全く違う、人間。秋也だからこそ…。 ツラツラと考えている内。 いつの間にか瞼が重くなり、意識はそこで途切れた。 その夜から数日後、転機が訪れた。 |
2005.04.13