『クラスメイト』という形で、俺と国信は再会した。





新しいクラスにも慣れ、数週間が過ぎた。
国信はあの日、俺と会った出来事を話題にするコトはなかった。まるで何事も無かった様に思える、初対面同然な振る舞い。
否、事実俺は国信のコトを然して知らない。だからある意味、初対面と言える訳で、その辺が微妙な所でもあるのだけれど。
とは言え、俺としても取り立て話題に出す程のコトでも無い…のは有り得ないだろう。寧ろ話さない方が不自然な気もする。
例えばあの後、風邪を引いたりはしなかったか? そんな些細であるが、気になっていたコトとか。
七原は、この出来事を知っているのだろうか。とか。
コレは国信ではなく、七原に聞けば良いかもしれない。しかし、知らなかった場合どうなるだろう…。
兎に角聞きたいコトは幾つかあった。にも関わらず、国信が触れない話題を俺から振るのは何故か憚られた。
とりあえず数週間、俺が国信とクラスメイトとして共に過ごし解ったのは。

七原秋也と親友で、「慈恵館」と言う施設で暮しているコト。
性格は真面目で、笑顔を絶やさず、誰に対しても人当たりの良い温厚な人柄。

あの日、人を寄せ付けない雰囲気を纏っていたけれど。そんな空気は、微塵も感じられなかった。
その姿に正直、百八十度違うそのギャップに戸惑いを感じる。否、しかし人間誰しも二面性を持っている生き物だ。
現に俺自身とて、例外ではないのだから。国信がそうであったとして、何ら不思議なコトはない。別に深く追求するコトもない。
それに…。
誰も知らない国信の隠れた一面を、俺だけが知っている。と言うのも、悪く無いかもしれない。
でも、こんな風に思うのは、どうしてなのだろうか。












『君と僕との距離 2』










特に何事もなく、今日も平穏無事に一日の授業が終わった。
放課後俺は、部活の為体育館へと向かう。ちなみに所属しているのは、バスケ部だ。
練習に励むんでいると、ふと教室へ忘れ物をして来たコトに気が付く。
いつもならば、他に意識を取られるコトは無いのだが。
別段物凄く必用な物でもなく、態々教室へ取りに戻る必要性も無い様な物だった。
しかし何となく、飯島に一言告げ、俺は教室へ行くコトにした。





下校時刻を過ぎた放課後の教室。
殆どの生徒は帰宅しおり、どのクラスも静寂に包まれていた。
電気が消された薄暗い廊下に、俺の足音だけが只響く。
そして、誰も居ない教室へ辿り付く。と、予想に反して電気が点いていた。
消し忘れて行ったのだろうか?
そう思いながら、目的の教室へと足を運ぶと、勢いよく扉を開けた。

「三村?」

扉を開いた次の瞬間、名前を呼ばれた。
室内は無人でなく、人が残っており、それは俺にとって予想外の人物。
彼、国信慶時が居たのだ。

国信は一人、窓際の自分の席に座り外を眺めていたらしく。
俺が扉を開けた音に、机に頬杖をついた姿勢で、顔だけ俺の方へと向けていた。

「まだ残ってたんだな、何やってんだ?」
「三村こそ…って、ああ部活か。何、忘れ物でも取りにきたの?」
「そう。」

国信の問い掛けに、簡潔に返事をし、自分の席へと向かう。

「俺は、秋也のコト待ってるんだけどさ。」
「七原? いつも待ってるのか?」
「いつもってコトもないけど。今日はスグ戻るから待ってて、って言われたからさ。でも彼是、一時間半くらい経つんだけど。」

自分の席へと移動し、机の中を探りながら聞き返せば、そんな答えが返って来た。
全く仕方ないよね、そう付け加え、笑みを洩らす。
一時間半なんて、随分と長い時間だと思う。
その間国信は、一人ずっとこの教室で、七原が戻ってくるのを待っていたのだろうか。
俺だったら、そんなに待たされる以前に、さっさと帰ってしまうと思う。
なのに、コレだけ待たされてるにも関わらず、尚も笑って許せる国信は。
人が良いというか、律儀というのか。凄い奴だと思う。俺には絶対、真似の出来ないコトだ。
そんな風に思いながら、忘れ物を探す。が、机の中に入れてあった筈なのに見当たらない。
入っている物を全部出して、探すしかなさそうだ。面倒だけれど。
しかし、そこまで必死になる必要性が無いのも事実。
だが忘れ物を取りに来たと言った手前、何も持たず戻るのもどうかと思う。
忘れたと思ったけど、勘違いだった。等と言って戻るのも、何だか恰好が悪いし。

そして暫く沈黙が続き、何となく。
今この場に国信と二人っきり、というの事実に、何故だか緊張した。
否、理由なんか解りきっている。
あの日の出来事を、否応無しに思い出してしまうからだ。
居心地の悪さを感じ、どうした物かと思案した、長いとも短い沈黙を破ったのは、以外にも国信の方だった。

「三村はさ、あの日俺と会ったコトとか口にしないんだね。」

その言葉に、心臓が跳ねる。
国信の方へと振り返れば、黙って俺に視線を向けていた。
『あの日』
今、正に俺も考えていた出来事。まるで心を代弁した様な台詞。
聞きたくない訳ではない、単に聞いて良い物なのかどうかが解らない。
誰にだって、聞いて欲しくないコトの一つや二つあるものだ。
大体、あの日国信が取った行動は、一般常識的に考えても、誰も考えない行動だったろう。
俺だって、全く想像し得なかった。想像も出来ない突飛な行動でありはしたけれど。
もしかすると、国信なりに考えがあっての行動なのだろうと思えもした。
精神的な、プライベートな問題に第三者が介入してしまってはいけない。
コト国信に関しては、何故か解らないが特にそんな気がする。だから俺からは、聞けないでいた。
それが俺の出した結論だった。

「別に、聞いて欲しかったのか?」

全く興味が無いわけじゃない。寧ろ聞きたくてしょうがない程だ。
けれど国信のプライベートな問題に、介入して良い程、俺達は親しい関係でも無い。
向けていた視線を国信から外し、忘れ物を探す素振りをしながら、務めて平静を装い、それだけ返した。
そんな俺の答えに、国信は少し面食らったらしいコトが、空気を伝い感じ取れた。
しかしスグに、小さく笑った声が耳に届いた。

「やっぱり三村は、思っていた通りの人間だった。」
「思った通りって、どういう意味だ?」

先程よりも若干、大きな声を出して笑う国信。
意味が解らず、問い返した俺に、以外な言葉が返される。

「何ていうか、必要以上に他人を踏み込まないっていうかさ…。」

一端そこで言葉を切ると、国信は椅子から立ち上がった。
数秒の沈黙後、再度振り返った俺と視線が交錯し。齎された言葉。





「三村のそういう所、結構好きだよ?」





そう告げた国信の顔には。
あの日、海岸で出会い言葉を交した時と同じモノが浮かべられていた。
そんな国信の言葉に、表情に。
突然の出来事に、俺の身体は自由を失う。まるで金縛りにでも、あったかの様な。
否、国信慶時という存在に囚われたのだ。艶然とした、笑みを浮かべたその表情に。

瞬間。
あの日同様、心臓が高鳴った。





「ごめん慶時ッ、遅くなっ…って………あれ…、三村?」

まるで時が止まったかの様な、その雰囲気はタイミング良く現われた第三者により破られた。
第三者、七原が教室へ足を踏み入れたコトにより、静寂は終りを告げた。

「何やってんの三村、まだ部活中じゃないのか?」

それに気付いていないのか、未だ呆然と立ち尽くす俺に七原は話し掛ける。
が、俺は反応を返せずにいた。

「ああ、忘れ物取りに来たんだって。」

答えない俺に変わり、国信が帰り支度をしながら七原に説明する。

「それじゃあ帰ろっか、秋也も戻って来たコトだし。」
「ホント遅くなってゴメンな〜、慶時。」
「良いよ、別に気にしてないから。」

それに国信は、笑顔を七原に返す。
先程浮かべていたモノとは違う、普段と同じ人の良さそうな笑顔を。

「じゃあ俺達帰るから、また明日。」

自分の席から鞄を取ると、七原は俺に声を掛けさっさと教室を出て行く。
国信も鞄を持ち、七原の後へと続く。そして扉の前で立ち止まり、振り返る。

「それじゃあ、また明日。部活頑張ってね。」

あの日同様、固まったままの俺に、それだけ残し遠ざかって行った。
ぽつんと教室に取り残され、俺の心臓は早鐘を打ち続け。窓から指し込む夕日の所為だけでなく、顔は紅く染まっていた。
飯島が、中々戻らない俺の様子を見に来るまで、俺は動けずに立ち尽くしたままだった。
















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02.05.31
05.11.10改