それを聞いた時、目の前が真っ白になり。俺は只、呆然とするコトしか出来なかった。










『孤悲心』










三村は、何を言った?
好き…? それは、一体誰が?

『 ―三村が。』

…では、誰のコトを?

『 ―俺を。』

好 き…、だっ て ? 





ダメだ。
脳が、その言葉を理解するよりも早く、そう思った。
その想いに応えるコトなんか、自分には出来はしない。
だって俺は―――。

『      』

頭の中で、声が響いた。

「ッ!?」

瞬間、フラッシュバックする。
過去(むかし)の残像が、頭の中を駆け巡って行く。
早く、何か応えなければいけないのに。思考が上手く回らなかった。

「悪いけど、それに応えるコトは出来ない。迷惑だから俺のコトを、思うのも止めて欲しい。」

そんな頭で、やっと紡ぎ出した言葉は。
自分でも驚くくらい低く、冷たいモノだった。
あの後、どうやって慈恵館の自分に宛がわれた部屋まで戻ってきたのか、よく覚えていない。
覚えているのは只、三村の言葉と、あの時頭に響いた声。
あの人の声で、それは今尚、頭の中を木霊している。決して忘れ得ぬ言葉だった。










***










俺に対して三村が、友情以上のモノを抱いているコトは何となく解っていた。
三村本人は俺が気付いていないと思っているみたいだが、偶々屋上でサボっていた時、キスされたコトがあった。
それから、どことなく、態度が余所余所しくなったり。極め付けとなったのは、三村が杉村と話しをしていたという内容だった。
『三村に好きな人が出来た』 聞けば、そんな内容。

あの時、頑張ってね等と答えはしたけれど。心の中で相手が俺じゃない、他の誰かであるコトを願っていた。
こう言うのは、自意識過剰と思われるかもしれないけれど。本気でそう思った。
俺なんか、俺みたいな人間を好きになったりしてはいけない。そう思っているから、違うコトを願っていた。
けれど現実は、上手くいかないモノ。真実、三村の好きな人というのは俺だった。
正直、その言葉を俺は告げて欲しくはなかった。例え好きだと想っていたとしても、言わないでいて欲しかった。
何より俺は、誰かに好意を持たれるような人間じゃないから。そんな資格も価値もない人間だ。
だから、キッパリはっきり断った。想いそのモノを否定するような、辛辣な言葉を告げた。
その言葉に、心が傷まなくもなかったけれど。
それでも俺は、三村の想いに応えるコトなど出来ないから。
俺の言葉で傷付いたとしても、それはきっと一時的なモノ。時間が経てば、いずれは癒えるだろうから。
元のような、友人関係に戻れなくなったとしても。コレで良かったのだと思う。
身勝手な言い分かもしれないが、それが三村の為だと思うから。
それに何より、俺は恋なんて…。
『愛情』 という感情がどういうモノなのか、よく解らないのだから。










***










次の日、いつも通り三村も学校へ登校してきていた。
そして今までと変わらぬ表情(かお)をして、普通にクラスメイト達と話しをして、笑っていた。
けどその表情(かお)は、やはり何処か無理をしているようで。
心が痛んだ。
そう思い、自嘲の笑みが浮かぶ。自分で言って、彼を傷付けたくせに何を今更。
さすがに昨日の今日で、話し掛けるのは憚られた。何を言って良いのかも、解らないし。
でも、いつまでも会話をしないわけにもいかない。俺達はクラスメイトで、友人だ。
尤もこんな状態になった今でも、三村がそう思っているかどうかは解らないけれど。
俺に出来るコトは、やはり何事もなかったように振る舞うコトだけ。只、それだけ。
だから明日から、以前と何も変わらずに接しようと思った。

俺は人間(ひと)と話しをする時、相手の目を見て話す癖がある。
癖、というのとは少し違うかもしれないが。
例えば、あまりしなけれど喧嘩をしたり、気まずいような状態にあっても変わらない。
けれど今回だけは、三村の目だけは絶対に見てはいけないと思った。
見たら最後、自分が告げた言葉も、何もかもが無駄な行為になってしまいそうな気がした。
だから絶対に、目だけは見ないようにしなければいけない。
さり気なく視線を外し、以前と違わぬ笑みを浮かべれば大丈夫だろう。
ほんの些細なコトだから、気付かれるコトもない筈。
それにバレてしまうような、へまはしない。そうするコトは、自慢にはならないが得意だから。
こうやって、あの日を境に、俺は今まで生きてきた。
今までも。コレから先も、ずっと―――。

しかし、いざ三村を目の前にした時。上手く笑えているかどうか心配だった。
どうしてだろう?
三村が俺に告げた、言葉の所為だろうか?
「好きだ。」と。

少なからず、それもあると思う。
でも一番の原因は―――。
この間、頭の中に響いた声が、今も絶えず聞こえてくるからだ。

解っている、そんなに何度も何度も繰り返されなくたって。
自分がどういう存在なのか。身を持って、思い知っているから。
だからもう止めて欲しい。解っているから、いい加減…。
神様なんか、俺は信じてはいない。どんなに願っても、祈っても。決して救ってくれはしない。
神というのは、人間(ひと)が生み出し、信仰が育て上げた、最高の創造物にすぎないから。
でも、この時ばかりは、違った。
都合の良いコトだろうけど、本当に藁にも縋りた気分だった。
お願いだから、鳴り響く声を消し去って欲しい。強くそう願った。










***










毎日のように、そんなコトが繰り返されていた。今日でもう、一週間。
あれからずっと、眠れない日々が続いている。否、寝ついたとしても、スグに目が覚めてしまう。
過去の思い出が、眠っている最中も色鮮やかに生々しく映し出される。
お蔭で、睡眠不足と情緒不安定で、最悪な状態だ。
それは今こうして、起きて行動している時も、過去(むかし)と現在(いま)が、混同しそうになるくらい酷かった。
何とかしなければ、本当に大変なコトになる。なのに、どうして良いのか、検討もつかないのもまた事実。
三村に呼び出され、屋上へと連れて行かれた時、俺は相当参っている状態だった。





そんな時に呼ばれ、連れ出され、何かを言われるのは、正直避けたい事態だった。
自分が何を言うかのか、行動してしまうか解らなかったから。
三村が話したいであろう内容は、この間のコト以外に有り得なくて、自分は断り既に終わった筈の出来事で。
なのに何故だか、立ち去るコトも出来なかった。
早々に話しを切り上げて、戻らなければ。そう思い自分から口を開いた。
話しの内容は、思っていた通り、この間のコトだった。
務めてそっけなく、冷たく返す俺に、三村が向けた言葉は、本心を見抜かれているようなモノで、ドキリとした。
どうしてバレたのだろうか、思わず顔が強張った。
大体三村は、こんなに勘の鋭い人間だったか?
確かに、自分と似たモノを感じたコトはあったけれど。
三村はこんなにしつこく、自ら他人の領域を侵してくるような人間ではなかった筈。
だから、そんな彼との付き合いは、楽で心地良いモノだった。
なのに次々と、紡ぎ出されてくる言葉に俺は、絶句するしかなかった。

どうして? どうしてそのようなコトが言えるんだ?
散々傷付いたであろう筈なのに。傷付けた相手に、一体何故?
どうしたら、そこまで言えるんだ?
理解できない。
俺には、そんな言葉を言って貰える資格も、価値もないのに。
そもそも俺は、自分自身を好きになれない。
尤もこれは、自分に限ったコトではないけれど。
兎も角、自分自身のコトを好きになんかなれない俺の、一体何処を好きになったというのだろうか?
解らないコトばかりだ。
既にこの時、俺の頭の中は、疑問と理解出来ないコトで飽和状態だった。
そんな状態にある俺に、次に三村が言った言葉。

「お前にそんな顔をされるのが俺は辛い。」

それが引き金となって、俺の中で何かがプツリと切れた。
心の中が、身体が冷えていくのが解った。
それから目の前に広がる風景。全ての景色が一遍して、モノクロの世界を映し出す。
俺の目の前に佇む人。霞みがかって、顔も身体も輪郭はハッキリとしなかったけれど。
あの人の、残像までをも映し出した。
蔑むような目で、いつも俺のコトを見ていた人。
顔を合せれば、罵りの言葉ばかりを発していた人。
時には気に入らないと、手や足を出すコトも平気でした人。
俺の全てを、存在そのモノを否定した人。
過去(むかし)の記憶に、良いモノなんか何一つありはしない。
どんなに蔑まれても、罵られても、手を挙げられても逃れるコトの出来ない、永遠とも思える日々が全てだった。
何が気に入らないのか解らず、必死に考えて、良い子であるよう努力し務めていた。
けれど結局、そんな俺の思いが報われるコトはなかった。
俺なんかいらない、必要とされない、存在そのものが罪なのだと。
生きているコトが間違いなのだと。拒絶され、全否定された。
そうして小雨交じりの、あの日。
全てが終わった。
やっと解放されるのだという思い。喜びと、哀しみと。一体どちらの割合が大きかっただろうか?
辺り一面が朱(あか)く飛び散りく、染まって行った。まるでそれは、キレイな花が咲いた様だった。
捨てられたのだと理解したのは、目を覚ました時だった。
けれどそのコトに対して、特に何も感じず、思うコトもなかった。
いつか、こんな日が来るであろうと思い、解っていたから。だから、哀しみはなかった。
そうして、只自分は残された。
身体中を侵食していった思想(おもい)と、あの人の残像。決して消えるコトのない、罪の証と共に。

そんな記憶がいっきに流れ込んできて、呼吸(いき)が出来なくなるような圧迫感に襲われた。
だから俺自身、誰に向かい、何を口にしたのか解らなっかった。










***










過去(むかし)の面影に捕われた俺を、現実(いま)に引き戻してくれたのは、目の前に居た三村だった。
嗚呼、そうか。自分は三村と話しをしていたんだ。三村の顔を見ながら、ぼんやり思う。
未だ頭が霞みがかり、正常に思考が回らなかったけれど、今居る状況は解った。
あの人は目の前に存在しないし、何を言われていたわけでもなかった。と。

けれど、やはり自分は捕われている。離れて尚、俺の中で確かに存在している人。
それだけは確かなコトで、証明された。
だからこんな俺なんかの傍に居たらいけない。コレだけは、ハッキリと思え、核心した。
それなのに―――。



再び三村が言った、告げられた言葉に、心が振えた。
素直に、嬉しかった。
あんな風に、誰かに言って貰えたのは、三村が二人目だった。
自分自身のコトも好きになれずに、存在すら否定して生きてきた俺に、慈恵館に引き取られた幼い頃、秋也に。
幼い子供の、戯れた言葉だったかもしれない。暗い、俺の心に光を差し込んでくれた始めての人間(ひと)だった。
それが今、成長し自分の意思で物事を考え、行動出来る年齢になって。
俺みたいな人間に、同じようなコトを言ってくれる人間(ひと)が現れるなんて想像もしなかった。
ふいに抱き締められ、その身体に確かな温もりを感じた。
たったそれだけのコトだけど、思わず涙が出そうになった。





何も望みはしない。望んではいけない。期待も、執着も、何も持ってはいけない。
自分はいらないから、必要とされていないのだから。
ずっと、そう思い、生きてきた。このコトに、変わりはない。
否、長年自分の中で、培われてきた思想(おもい)は、そう簡単に変わりはしない。
それでも俺の存在を認めて、肯定してくれた人間(ひと)。
只一緒に、傍に在りたいと言ってくれた人間(ひと)。
もっと我侭を言ったり、何かを望んでも良いと言ってくれた人間(ひと)。

コレだけで、もう充分だった。
一緒に、傍に居ても、傷付けるだけだから遠ざけようとしたのに。
傷付いても尚、離れず優しくしてくれた人間(ひと)。
ココまで言ってくれた人間(ひと)に、コレ以上望むコトなど何もありはしない。
本当に、それだけで、その言葉だけで俺は充分だから。
でも彼が、三村が俺のコトを必要だとしてくれる限りは、傍に居ようと…。
否、傍に居たいと思う。それを許してくれる限り、ずっと。
彼の願いだと、望みだと言うのであるならば。俺に出来るコトなど、そんなに沢山ありはしない。
だから、この身一つで叶えるコトが出来るのであるならば。
感情という目に見えないモノは、哀しい哉、あまり信じられはしないけれど。
涙が出そうになるくらい、嬉しかったのは嘘偽りのない真実だから。





俺には恋とか、愛なんてモノは与えられたコトが無いからよく解らない。
けど三村に対して今ある感情が、三村と同じモノであるならば良い。
いつか同様に、好きだと言える日が来れば良いと思う。
俺の心に、光を差し込んでくれた、もう一人の大切な存在。

『三村信史』 という人間(ひと)に。
















fin.




タイトルは、『こい(ひ)ごころ』です。
こい=孤悲=恋、というコトにはなりません。

03.07.13
05.11.06改