「悪いけど、それに応えるコトは出来ない。迷惑だから俺のコトを、想うのも止めて欲しい。」










そう告げられた国信の言葉が、声が。
頭から、耳から離れない。
はっきり言ってショックだった。
勝算なんて無かったし、受け入れてくれると思ってはいなかったけれど。
まさか国信に、あそこまで、あんな風に言うとは思いもしなかった。
いろんな意味で、どん底に叩きつけられた気がした。










『君と僕との距離 12』










あれから、何事も無かった様に、時間だけは虚しく過ぎて行く。
次の日は、さすがに何をする気力も起きなかったし、何より国信に会いたくなかった。
当然のコトかもしれないが、どのような顔をすれば、態度を取れば良いのか解らない。
それでも、気力を振り絞り学校へ行った。
今休んでしまったら、余計顔を合わせずらくなるであろうコトは目に見えていたから。
選択の余地など、始めから有りはしなかった。
幸いにも、俺が国信へ想いを告げたコトを、知っている人間は誰もいない。
杉村に俺の想いを知られてはいたが、とは言え、その後何かを話したわけではない。勿論、他の奴等にもだ。
あんな風に言われたのは、ショックだったけれど。
誰かに慰めてもらいたいとか、ましてや同情されるなんてコトは真っ平ゴメンだった。
そんな行為は、余計惨めになるだけだ。
この点を考えると、何も知られていないから態度を違えられるコトがない。
今の自分にとっては、有り難いコトだった。
もう一つ加えると、国信以上に他人(ひと)の微妙な心の変化に鋭い人間がいかったコト。
お蔭で、誰一人として、回りに気付かれるコトもなかった。

その所為か、本当に何事も無かったように、日々過ぎて行ったように感じられた。
けれど実際俺は、告白もしたし、国信にもキッパリと断られた。
このコトについては、正真正銘事実だった。
さすがに告白した次の日は、国信も俺に話し掛けてくるコトはなかった。
けれど、同じクラスの友人同士。いつまでも、ずっと喋らないわけにもいかない。
どうするべきか考えた所で、答えなど出る筈もなく。
何より俺は、心臓を鷲掴みにされたようなショックで、冷静に周囲のコトを考える余裕などない状態だった。
しかしそんな俺を余所に、次の日。
国信は、以前と変わらぬ笑みを浮かべていた。
何一つとして、態度に変化の見られない国信に、再び大きな衝撃を受けた。





どうしてそんなに、平然とした態度を取るコトが出来るのだろう?
何とも想っていない、相手だからか?
俺が国信にとって、変化を生じさせるコトにすら値しない人間だからなのか?

頭に浮かんでくるのは、後向きなコトばかり。
今まで散々、遊んできた罰が当たったのだろうか?
自分は、そんなつもりは無かったのだけれども。
それでも、あまり覚えていないが、大概俺も相手に酷いコトをしてきたような気がする。態度だけでなく、言葉も。
あの時俺に、お座なりにされた彼女等も、今の俺みたいな心境になったのだろうか?
同じ立場に立たされ、始めてその辛さがが解るなんて皮肉な話しだ。
滑稽にも程がある。俺は自嘲するしかなかった。










***










言われた通り、スッパと想いを絶ち切るコトが出来たなら、どんなに楽であろう。
そう何度も、何度も思った。
けれど、そんなコトは簡単に出来る筈もない。
ずっと見ていた、考えていた。一挙一動に、自分の心は波打った。
今も尚、あんな言葉を告げられたにも関わらず、嫌いになるコトなんか出来ず、想いを絶ち切るコトも出来ずに悩み考えている。
嫌われようと、迷惑だと煙たがられても、嫌いになるコトだけは絶対に出来ない。
今でも知らず、俺は国信を目で追っている。毎日毎日、既にそれは日課のように。
それが現実だった。
だから気が付いたのかもしれない。
何も変わっていないようで、確実に変化したコトに。
それは、ほんの些細なコトだった。
回りからしてみれば、『何だ、そんなコトか』と言われるような物かもしれない。
けれどそれは、俺に取っては大きなな変化だった。



『あの日から国信は、俺と目を合わそうとはしない。』



言葉や態度は以前と変わらず接しているのだが、ただ一つ絶対に顔を合わせても視線が合うコトがない。
始めは言われた通り、迷惑だからそういう態度を取っているのかと思った。
でも違う。
はっきりとした確証なんて、無いけれど。それでも違うと思った。
国信は、どんな時でも相手の目を見て話しをする人間だ。例え喧嘩をしたり、気まずい状態になったような時でも。
それにあの日。
俺が想いを告げた時、ほんの一瞬ではあったが見せた表情。どう表現するのが正しいのか。
『驚愕』
否、少し違う。もっとこう、血の気が引いたような…。
上手く説明出来ないが、兎に角始めて見せる表情だった。
その後、続けられた言葉に含まれた冷たさとは異なるモノ。
だから余計、知りたいと。確かめたいと思った。そんな行動を取る、ホントの理由を。あの時見せてた、表情の真意を。










***










そうなると、どうしても国信と二人きりで話しがしたかった。
けれど、皆の前で話せるような内容でもないし。
とは言え『話しがある』等と言った所で、頷いてくれるとは思えない。
だから俺は、実力行使に出た。
丁度国信が1人、廊下を歩いている時に背後へ回り腕を引っ張った。

「ちょっと、何?!」

俺に気付いた国信は、驚いたように声を上げた。
それに構わず、目的を果たす為、人気の居ない場所へと向かった。





国信を連れ、移動したのは屋上。
先程、授業開始を告げるチャイムが鳴ったばかりの為、屋上には誰も居なかった。
有無を言わさず、引き摺るようにしてきた国信も、教室へと戻らず一応留まってくれた。
つまりそれは、俺と話しをしてくれる気はある。勝手にそう解釈した。
それに、少しだけホッとする。
話しさえ聞いて貰えない状態ならば、取り付く島もない。
しかし依然、顔ごと横を向いたまま、コチラを向いてくれる気配もなかった。
そんな態度に、僅かばかり胸が痛んだけれど。
今はそんな場合ではない。他にやらねばいけないコトがあるから。

だが、連れてきたのはいいものの、どう切り出せばし良いのか。
実は何も考えずに、行動に出てしまった。今更そのコトに気付き、国信に気付かれぬよう小さく溜息を洩らす。
自分は、頭で考えてから行動するタイプの人間だと思っていたのに。どうやら少し、違っていたらしい。
とりあえず、自分が連れ出したのだから、何か言わなければいけない。
お互い何も喋らずに、沈黙が続く今の空気は、とても重苦しい。
そう思った矢先、沈黙を破ったのは、国信の方が先だった。

「こんな所に連れて来て、何なのさ。」

それは至極当然な問いだった。けれど鋭い国信のコト、言うまでも無く内心では解っているであろうコト。

「話しがあったから。普通に言った所で、聞いてくれないだろ?」

けれど、そのコトには触れず、聞かれた質問に簡潔に答える。

「…話しって何?」
「話しなんて一つしか無いだろ?」

告げた俺に、国信は僅かに眉を寄せた。

「この間のコトなら、もう言っただろ? アレ以上何があるんだよ。」

そっけない、言葉が返される。
やはりあの日のコトは、国信の中で既に過去の出来事と認識されているのだろうか。
否、ココで弱気になってはいけない。真偽を確かめる為、今こうしているのだから。

「アレは、本心なのか?」
「当たり前、だろ。」
「ならあの時見せた表情は何なんだ? 俺の目を見て喋ってくれない理由は何なんだ?」
「―――ッ」

あれから暫く、疑問に思ったコトを問い質すと、国信の表情が微かに歪んだ。

「俺はあんな風に言われたけど、今でもお前のコトが好きだ。嫌いになるなんて、想うのを止めるなんて出来ない。」

誰かのコトを好きになるのは、想うコトは理屈なんかじゃないと、始めて解った。

「だから国信、お前が俺のコトを嫌いだって言うなら、それでも構わない。迷惑だって、気持ち悪いって思うのも。」

確かに言葉通り、そう思われてしまうのは、とても心が痛み辛いコトだけれど。
けど、それ以上に。

「何を考え、思って、自分から俺を突き放すようなコトばかり言うのか。
 本心でもない言葉を、そんな辛そうな表情して言う理由が解らない」

あの時も、そして今も何処か辛そうに見える表情。
でも、そんな理由以上に俺は―――。

「理由も解らないままで、お前にそんな顔をされるのが俺は辛い。」

その言葉は、本心だった。国信に言われた言葉に、傷付かなかったわけではない。
だけどそれ以上に、こんな辛そうな表情をしてまで遠ざけようと、辛辣な言葉を紡がせているであろう何か。
そこまで頑なにしている理由が何なのか。興味本意などではない。本当に、真剣に知りたかった。

「どうして、そんなコトが言えるんだよッ!?」

途端、それまで押し黙っていた国信が、荒々しく叫ぶような声を発した。
俺の方へと向き直り、睨み付けるような目を向けて。

「突き放す? 本心でもない言葉? 辛そうな表情? どうしてそう思えるんだよ、それは全部推測だろ?
 自分の都合の良い様に解釈して、自意識過剰もいい所だよ。
 言っただろ? 迷惑なんだよ、鬱陶しいし気持ち悪い。コレが本心で全部だよ。」

いっきに捲くし立てられた。
けれど、続けられた国信の顔は、今まで見せていた表情は無く、そう呼べるようなモノが無かった。

「解っただろ? 俺はこういう人間なんだよ、好きになられる資格も価値もない。
 もう充分だろ、散々傷付いただろ。コレ以上、自分から傷付くようなコトするなよ。」

無表情に、淡々と続けられた言葉。でもそれは、矛盾だらけだ。あのようなコトを言っておきながら、俺の心配をしてくれている。
今まで言ってきた言葉全て、本心ではないというコトなのだろうか?
それとも、その事実にすら気が付いていないのか?

「優しくなんか、するなよ。俺なんかに、そんなコトされる資格なんかないのに。もうコレ以上俺に構うな。」

そう続けられた言葉は、語尾にいくに連れ弱まっていった。
睨み付けるように見据えていた視線も、言葉と共に俯き逸らされた。
何か言わなければ、頭では思うのに何を言って良いのか解らない。
否定の言葉か?
違う、それだけじゃ到底納得などしてくれない。
伝えたい想いが、言葉がある筈なのに、上手く表現できない。そのコトが、焦れったくて、もどかしくて、腹立たしかった。

「俺は、三村が思ってるような人間でもないし、想いを肯定出来るような人間じゃない。」

ぐるぐると、頭の中で考えている俺に、ぽつりと国信が、言葉を洩らした。

「…どうして、そんな風に思うんだ?」
「事実だから。」
「そんなコトは―…」
「無いって言える? 他人の本当の姿なんて、本人以外には解らない。
 皆幾つもの顔を持っていて、それを必要に応じて使い分けてる。解るだろ?」

言われた言葉に、再び黙るしかなかった。確かにそれは、否定出来ない真実だ。
自分だって、そのようにして生きているではないか。

「さっきみたいなコトだって、平気で言える。それに何より今の現実に満足してる。だからこんなコトは望んでない。
 どうせいつかは、全部消えて無くなる。そんな想いも、間違いだったって思える日がくる。」
「どうして言い切れるんだ?そりゃあ『絶対』なんてモノは無い。
 けど俺が、お前のコトを好きだって気持ちは、間違いだなんて思わない。」
「そんなコト言われたって、信じられるわけがない。」
「…国信。」

ゆっくりと顔を上げて、視線を合わせ告げられた言葉が、胸に突き刺さる。
そこには、相変わらず表情がなく。いつも浮かべている笑みもなく、先ほど向けられた、怒りに似たようなモノもなく。
オカシな言葉かもしれないが、ただ静に、怖いくらいキレイな無表情だった。

「あの時みたいに、俺なんか必要なくなる。」
「…国信?」

けれど、淡々と続けられて行く言葉に、なんとなく違和感を感じた。

「どうせいつか捨てられるなら、始めから期待なんか、望みなんか執着なんて持たないければいい。」
「おい、国信?」

何を言っているんだ?
そもそもそれは、誰に対して言っている言葉なんだ?

「そうやって、生きてきた。今までも、コレから先も、ずっと。」
「国信ッ!!」

両肩を掴んで、身体を揺する。が尚俺の言葉にも、行動にも国信から反応は返ってはこなかった。
そこでやっと、様子がおかしいコトに気が付いた。



誰を見ている?
誰に向けて喋っていた?
国信の、目の前に居るのは俺なのに。俺ではない、違う誰かを、何かを見ている。その上、俺の言葉も届いていない。
どうすれば良い? 一体どうすれば、現実に引き戻すコトが出来る? その為に俺は、何をしたら良い?

「国信ッ、おい。しっかりしろッ!!」

尚、呼び掛けても、叩いても変化は見られなかった。いくら呼んでも、応えてくれない。
目の前に居るのに、俺のコトを見てはくれない。こんなに近くに居る筈なのに、とても遠い存在のように感じる。
否、実際その通りだ。自分は何も出来ないでいる。コレが俺と国信とを隔てている距離なのか? 一向に縮むコトのない。
嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ。
今ココで諦めてしまったら、二度と近付くコトなんて出来ない。それだけは、絶対に嫌だ。
手を伸ばせば届く距離に居て、只黙って見ているだけなんて。後悔なんか、したくはない。
只々、必死だった。
目の前に居る筈の自分を、見て欲しかった。その瞳に、自分の姿を映して欲しかった。
咄嗟に思い付いた手段は、一つ。背中に腕を回し、国信の身体を引き寄せた。
片方の手で、顎を掴み、上を向かせ、その唇に口付けた。
すると、ぴくりと国信が反応した。
そのまま、今度は薄く開いた唇の歯列を割り、舌を絡ませ先程よりも深く。

「ん、…ふう…ッ」

角度を変え、何度も繰り返すと、合間に声が洩れた。
国信の目には、光が戻り、俺の目を見ていた。それを見て取り、唇を離す。

「…三、村?」
「ああ、俺が解るか?」

問い掛けに、国信は黙って頷いた。

「いいか、コレだけは知っておいて欲しい。俺はお前が、何に捕われているのかは解らない。
 話したくないなら、無理に聞いたりもしない」

俺の言葉に、俯き黙ったまま、国信の反応はなかった。けれど構わず続ける。

「確かに国信が言ったコト全部、否定は出来ないけど。俺は、さっきお前が見ていた誰かじゃない。だから、コレだけは確かだ。
 俺はお前を捨てたりなんかしないし、お前の存在を、俺自身の想いを否定なんかしない。そんなコトは出来ない。解るだろ?
 お前はちゃんと存在するし、目で見えて触れられるし、話すコトだって出来る。」

当たり前のコトかもしれないけれど。
でも、自分の存在すら否定しようとする国信に、コレだけは知っておいて、解って欲しかった。

「だから、もっと我侭言ったり、何かを望んでも良いと思う。否、そうするべきだ。」

きっぱりと、言い切っり告げた言葉に、小さな反応が返った。
そうして再び、国信の身体を引き寄せ抱き締める。ポスッと何の抵抗もなく、国信の身体は腕に納まってきた。
以前、アクシデントに見回れ、今と同じように抱き締めたコトがあった。あの時と違わぬ温もりと、細く華奢な身体。
その肩口辺りに、顔を埋めるようにしながらもう一度。ゆっくり、噛み締めるように、この間告げた言葉と同じコトを口にする。

「俺はお前が、国信のコトが好きだから一緒に傍に居たい。」
「…俺なんかの傍に居ても、良いコトなんてないよ?」
「それは解らないだろ? 良いか悪いか、決めるのは俺自身だ。」
「一緒に居たって、好きになるかどうかも解らないし。」
「心配するな、必ず俺を好きにならせてみせる。」
「仮にそうなったとしても、言葉になんかしないだろうし。」
「言葉なら、俺がいくらでも言うから。」
「……。」

小さく投げ掛けられてくる言葉には、未だ自分から引き離そうとするニュアンスが含まれていた。
けれどもう、例え何があろうと離れてやらない。
そんな意味を込めて断言した俺に、再び国信は黙り込んだ。コレでもう、解って、納得してくれたのだろうか?

「もう他に言いたいコトはないか?」
「…か……だよ。」
「え?」
「馬鹿だよ、三村は。それ以外の、何モノでもない。」
「もう、馬鹿でも何でもいい。俺の望みは国信と一緒に、傍に在りたいだけだ。」
「ホントに馬鹿だよ、三村。…けど。」

呟き、軽く身体を押された。
そうして僅かに身体が離れ、国信の顔を見つめる。数秒の沈黙後、小さな声が耳に届いた。



「…ありがとう。」



ぽつりと、小さく呟かれた言葉。でもはっきりと、耳に届いた言葉。
そう言って顔を上げた国信の表情は、今にも泣きそうな、けれど同時に。今まで見たコトがない、キレイな笑みを浮かべていた。
「その言葉は、了承を得たと取ってオーケイですか?」

そんな表情を見せられ、顔が火照るのを感じる。
それを隠すように、わざと軽口のような言葉を紡いだ俺に、国信は一瞬目を瞠った。
暫し考える素振りを見せ、それからふっと唇に温もりを感じた。
突然の出来事に、頭が真っ白になり、呆然となる俺を余所に。

「返事は今ので良いですか?」

国信はそう言って、目を細めた。

「ッ!? ―――充分だ。」

言葉と同時に、目の前にある身体を思いきり抱き締めると、今度は少し、躊躇いながらも背中に腕が回された。
顔を覗き込めば、困ったような笑みを浮かべた国信の姿。
そんな国信に笑みを返し、今度は自分から相手の唇に自分のそれを合わせた。
何ら抵抗なく受け入れて貰えたコトに。身体に感じる相手の心音、温もりがたまらなく嬉しかった。










***










手を伸ばせば触れるコトが出来る距離にありながら、ただ見つめるコトしか出来なかった現実。
そんな現実が一遍した。
一緒に、傍に在りたいという俺の想いを受け入れ、叶えてくれた。それは何より倖せで、コレ以上ないほど嬉しい事実。
傍にある温もりを、存在を決して離しはしない。離したくないし、失いたくないから。
俺は自分自身の意思で、国信の傍を離れるコトなどしない。
未だ感じる近くて遠い国信との距離を、隣に居るコトを許してくれた今、やっと埋めるコトが可能になったように思える。
一緒に過ごす時間の中で、少しずつでもそれを埋めて行くコトが出来たら良い。
想いが叶った今。
唯、それだけを、強く願って止まない。
















fin.           
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03.07.13
05.11.06改