「何かあったのか?」 ある日の放課後、突然杉村に、問い掛けられて驚いた。 『君と僕との距離 11』 あの、屋上での一件があってから、俺は正直平常通り過ごせる自信がなかった。 しかしその為、相手を無視するわけにもいかなず、寧ろ自業自得なわけだし。 国信に変な誤解を持たれてしまったら、洒落にならないし、元も子もない。 だからと言って、何事もなかったように振り舞える程大人ではなく。日々、鬱々とした気持ちで過ごしていた。 そんな中で、杉村の言葉。口から心臓が飛び出そうになるほど驚いた。 「何か、ってなんだよ?」 「何となく様子がおかしい気がしてな。何か悩み事でもあるのかと思ったんだが?」 務めて冷静な振りをして、杉村にそう返す。 が、返ってきた杉村の言葉に、ツーッと冷たい汗が背中を伝った。 そんなに傍目から見て解るほど、俺の様子はおかしい物だったのだろうか。 確かに言われた通り、悩み事と言えば悩み事がになるが。 (けどなぁ、こんなコト誰かに相談出来るような内容じゃないし…。) 内心で思いながら、視線だけを杉村へと向ける。 目の前には、普段と何ら変わらない、無愛想な…基。無表情な杉村の顔。 けれどその瞳は真剣で、どうやら本当に俺のコトを、心配してくれているであろうコトが伝わってきた。 「一つ聞きたいんだけど。お前が気付くほど、俺の様子はおかしかったのか?」 とりあえず相談云々は後回しとして、気掛かりになっていたコトを訪ねてみた。 「ん? ああ、そうだな。」 「じゃ、じゃあ回りの連中も気付いてたりするのか、もしかして?」 即答され、口元が僅かに引き攣った。それから恐る恐る、次の質問をしてみる。 杉村が気付いていた。となれば、回りの人間にもバレている可能性は高い。 そんな思いが頭の中を駆け巡る中、返答を待つ。 「さあ、どうだろうな? でも気付いてないんじゃないか、そんな話題にはならないし。」 杉村の答えに俺は、内心でホッと胸を撫で下ろす。 とりあえずは安心した。国信にさせ気付かれていないのであれば、問題無い。 「皆で話したりしている時の態度は普通だからな。問題はその後だ。」 が、ホッとしたのも束の間。続けられた言葉に引っ掛かるモノを感じる。 俺を一瞥し、杉村は続けた。 「前と比べて、何処となくそわそわして落ち着きが無い。 他のヤツ等が居なくなると、ホッとしたような顔になる癖に、何処か残念そうな顔をし、溜息を吐く。」 そんな状態を繰り返してるのに、気付かない方がおかしいだろ?」 「………。」 杉村から齎された衝撃の事実に、俺はもう押し黙るしかなかった。 まさか、コレ程あからさまな態度を取っているとは思いもしなかった。 確かにそれでは、気付かないのは相当鈍い奴だ。 しかしながら、杉村に指摘されるまで気付かなかった俺も、相当鈍い一人なのかもしれない。 今の話しでは、回りは気付いてない。と言ってたが。 こんな現状では、いつバレテもおかしくはない。否、気付かれるのも、時間の問題かもしれない。 それに何より、国信は鋭い人間だ。既に気付かれてる可能性も否定出来ない。 そう思うと、無意識に溜息が零れた。 「で?」 「?」 「結局どうしたんだ、誰かと喧嘩でもしたのか?」 自分の思考に浸っていると、再び杉村が口を開いた。 喧嘩…、その方がどんなにかマシだっただろう。 「否、そんなんじゃないんだけどな…。」 何と言って良いものか、返答に困る。ココは思い切って、杉村に全て打ち明けてみようか。 否、でもな。引かれたら困る。それでも国信に引かれるよりは、断然マシなのだが。 杉村は、そんな俺の様子を黙って見ているだけで、どうやら話すまで待つつもりらしい。 (杉村って、こんな性格だったっけか?) 内心でそう思い、再度溜息を洩らす。 けれど、いい機会かもしれない。名前さえ出さなければ良いコトだし。 そう結論付けると、俺は重たい口を開いた。 「あー…、なんつーかさ。好きなやつができたっていうか…。」 やはり面と向かい、言葉にするのは気恥ずかしい気がして、節目がちに言葉を紡いだ。 俺の言葉に、杉村が目を瞠るのを感じる。それはまあ、仕方がないコトだと思う。今までが今までだからな。 「それで様子がおかしくなったわけか…。でも以外だな。」 しかし杉村は、いつもと変わらない口調で言葉を発した。 普段と変わらぬ杉村に、内心ホッとしつつも「何が?」という意味を込め、視線を向ける。 「否、そういったコトにもスマートにこなしそうなイメージがあったからな。」 「俺だって、自分はそうだと思ってたさ。」 答えながら、俺は自嘲気味に笑う。 そう、キスの一つや二つでココまで自分がオカシクなるとは思ってもみなかった。 「中学生らしい、子供っぽい所があって良いじゃないか。」 「うっせーよ。」 面白そうに言って笑う杉村に、俺は毒吐いて軽く蹴りを入れた。 暫く笑った杉村だが、無表情な顔に戻ると再び言葉を紡いだ。 「その様子だと、相手にはまだ何も言ってないんだな?」 「まあな、っつーか打ち明けるべきなのか悩んでるって言うか…。」 「でも今のままじゃ、気付かれるのも時間の問題だと思うぞ?」 「そう、なんだよなー…。鋭い奴だし、既に何かしら気付かれてる気もする。」 ははは、と力無く笑う俺に、相手はどんな人間なのかと杉村は聞いてきた。 「どんなって、そうだなぁ―――。」 その問いに、腕を組み暫く考える。 今まで誰にも言えずにいた所為なのか、名前こそ出しはしなかったが、杉村相手に俺は延々と喋ってしまった。 黙って俺の話しを聞いていた杉村だが、一通り俺が話し終わったのを見計らい。 「そこまで想ってるなら、さっさと告白でもしたらどうだ?」 至極真っ当なコトを口にした。 「簡単に言えたら、俺だってこんなに悩まねぇよ。」 「なるほど、本命相手には中々手が出せない。というわけか、新たな発見だな。」 恨めし気にぼやく俺に、一人納得した様、うんうん杉村は頷いた。 確かに当っているかもしれない。 只一つ、手が出せない。と言うのは、少しだけ語弊があるかもしれないが。 無意識とは言え、手を出してしまったからこそ、こんなに悩んでいるわけだし。 寧ろ無意識だからこそ、余計に性質が悪いとも言える。一人心の中で、ごちる。 「しかしそこまで、お前を変えさせた相手というのは、一体誰なんだ?」 自然、話しの流れ的に、そう問い掛けられる。この場合、俺はどうするべきなのだろうか? 潔く、相手の名前を教えるべきなのだろうか? だがしかし、相手が同性というコトだけに、躊躇させる。 けれどココまで話しておきながら、相手の名を告げないというのもどうなのだろう。 しかも先程、相手のコトを延々と話してしまっている。 アレだけ言ったらのだから、相手が誰であるか告げてしまったのと同じ様な気もする。 どうせいつかバレルのならば、自分の口から言ってしまった方が良いかもしれない。 そう考え小さく深呼吸をし、覚悟を決める。 「あー……、国信。」 ボソッと口にした。 覚悟を決めた割りに、口から出てきたのは随分と小さな声だった。 けれど今現在、この教室に居るのは、俺と杉村の二人だけ。 小さな声であろうと、相手の耳には確実に届いていた筈。 そうして相手の名前を聞いた杉村が、再び目を瞠るのを感じた。 「変だってオカシイって思うんだろ? 男相手にこんな感情抱くなんて。」 「否、別にそんな風には思わないが。まあ確かに驚きはしたが。」 口早にそう捲くし立てた俺に、意外な返答が返された。 驚いたと口にしながらも、杉村の顔は、相変わらずの無表情に見える。 ホントに驚いてるのか? と疑いたくなる。 けれど、こういった反応を返されるとは、正直思っていなかった。 普通『同性相手に恋愛感情を持っています。』等と言ったら、軽蔑されるとか。 否、杉村がそんな風な態度を取るとは思えないが。 しかしおかしなもので、逆にこういった態度を取られると、それはそれでコチラがどう反応して良いのか解らなくなる。 何となく居心地の悪さを感じていると、そんな俺の心中を知ってか知らないでか、再び杉村が言葉を発しった。 「しかし、これまた以外だな。」 「今度は何がだよ。」 「ああいったタイプの人間を好きになるとは、と思ってな。」 「『ああいったタイプ』って?」 「そうだな、国信はどちらかと言うと『おっとり』というか『穏やか』なタイプの人間だろ? いつも笑顔で、怒るようなコトもしない。芯は強いかもしれないが、お前が好きなタイプというのは、『気が強い』感じだろう? 気が強い美人。例えば…幼馴染みをこう称すのは何だが、貴子みたいなやつがタイプだと思っていたからな。」 「…。」 杉村の言葉に、絶句した。それは、間違ってはいない。 言われた通り、確かに千草はこのクラスで言えば一番俺の好みのタイプだ。 杉村も、案外食えない奴だったんだな。と、口には出さず、内心に留めておく。 「まあな。お前の言う通りだけど、国信はお前が思ってるだけの人間じゃないぜ?」 「そうなのか?」 俺の言葉に、杉村は以外そうな顔をする。 実際俺は、始めて会った時の印象と間逆だった為、再会した時は随分途惑いを感じた。 けどそれは、普段の国信しか知らなければ、解るようなコトではない。 そんな国信のコトを、俺だけが知っているのかと思うと、それはそれで何とも言えない、優越感の様な。嬉しい気分になる。 が、スグに俺の思考を中断する様、再び杉村が問い掛けてきた。 「しかし、いつから好きだったんだ?」 「あ? ああー…、自覚したのは花火大会の時。」 「花火大会か、随分前からだったんだな。」 「まあな、自覚したのはその時だったけど、実は一目惚れだったんだよな。」 「じゃあ入学式の時とかか?」 「否、さすがにそん時のコトなんか覚えてねえって。 国信と始めて会話して、顔を知ったのは一年の三月だったから。その時から―…。」 そこまで口にし、遮る様ガラッと音が立ち、教室の扉が開いた。 話題が話題だけに、驚きそちらを振り向けば。 「アレ、杉村と三村。まだ残ってたんだ?」 そう言いながら教室へ入って来たのは、今まさに話題の中心人物、国信だった。 何ともタイミング良く、否この場合悪いのか? 兎も角、国信の突然の登場に、心臓が異様な程早くなるのを感じずにはいられなかった。 「ああ、そういう国信こそ今まで何してたんだ?」 何も言えず、只慌てる俺を余所に、杉村が素朴な疑問を投げ掛けた。 「俺? 俺は今日日直だったから。職員室に日誌届に行ったら、他の用事も頼まれてさ。今まで時間が掛かったんだ。」 そういう二人こそ、今まで何してたの? と続けられた国信の言葉に、相変わらず俺はあたふたと慌て、言葉に詰まった。 得意のポーカーフェイスも全く出来ず、この時の俺はかなり動揺していた。 そんな俺を、杉村はチラリと一瞥し、国信へと向き直り。 「何でも三村に好きな奴が出来たらしくてな、その話しをしていたんだ。」 サラリと、とんでもないコトを言ってのけた。 (おい、杉村! 何てコト言ってくれるんだよ!!) そんな思いを込め、杉村を睨みつける様見れば、今まで無愛想だった顔が、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。 この野郎、絶対楽しんでやがるな。思いはしたが、それより今は、国信の反応が気になる。 とりあえず、杉村に文句を言うよりも国信だ。 そっと盗み見れば、国信は少し目を瞠り驚いているようだった。 「へぇー…、そうだったんだ。あ、だから最近三村様子がおかしかったの?」 が、スグにいつも通りの顔に戻り、そんな言葉が返された。 案の定と言うべきか、やはり国信にも気付かれていた。 しかし俺は、国信の言葉にどう反応していいのか解らず、引き攣ったような笑みを浮かべるコトしか出来なかった。 そんな俺を余所に、杉村と国信は会話を進めていく。 「所で、国信は好きな奴とかいないのか?」 「え、俺?」 突然話題を振られた国信は、俺に向けていた視線を、杉村の方へと移した。 (核心付くようなコトを聞くなよ、馬鹿ッ!!) 内心で杉村を罵りながらも、実は気になって仕方なかったコトなだけに、少しだけ本当に少しだけ杉村に感謝した。 「うーん…、特にはいないかな?」 柄にもなくドキドキ緊張しながら、国信の返答を待っていたが、返された答えはそんなものだった。 『特に好きな人はいない』という国信の言葉に、本日何度目になるか解らないが、内心でホッと安堵の溜息を零した。 それならまだ、俺にも望みはある。ってコトだよな。そう頭の隅で俺が考えていると、杉村は更に問い掛ける。 「なら、好きなタイプとかあるか?」 「好きなタイプ? コレも特には無いけど…。うーん、でも危なっかしいっていうか、目の離せない様な人は気になるかな?」 「危なっかしくて、目の離せない、か。何となく七原みたいだな。」 「秋也? あー…、言われて見ればそうかも。小さい頃からずっと一緒だし。」 ああいうタイプの人間には、無意識に世話とか焼きたくるというか。 そう付け加えられた。 「っと、じゃあ俺はコレで帰るね。三村に好きな人が出来た、ってのはちょっと意外な気もしたけど。頑張ってね。」 ニッコリと俺に笑顔を向け、国信は教室を出て行った。 「…。」 想いを寄せている人間から、『頑張ってね』等と言われ、コレほど虚しいコトはない。 そんな想いで、国信が消えて行った扉の方を見つめていると。 ポンッと、突然肩を叩かれた。 脱力しながらも、そちらへと顔を上げれば 「でも良かったじゃないか。ある意味三村、お前も国信の言ってたタイプに当て嵌まってるぞ。」 真剣な眼差しで、杉村がそう言ってきた。 その言葉に、「それは、どういう意味だよ!」等言ってやりたかった。 が、コレは恐らく杉村なりに、励ましとフォローの意味が込められていたのだろう。 けれど。 俺は全くこれっぽっちも、嬉しくも何ともなかった。 今更そんなコトを言っても、手遅れなのだけれども。杉村に話したのは、間違いだったかもしれない。 国信に、知られてしまったコトも予想外の出来事だったし。 何だか今日は、碌なコトが無かった気がする。明日から益々、国信と接し難くなっただけの様だし。 残されたのは、只々虚しさと脱力感。後悔の念と、疲労感。 そして何より、俺は泣きたい気持ちでいっぱいになった。 ←Back Next→
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03.03.08
05.11.07改