昼食後の授業というのは、正直言ってダルイ。
その上、満腹感も伴い、非常に眠たい。
(次の授業は…?)
時間割で、五時間目の授業を確認すると、社会だった。
(この国の歴史など真面目に聞くだけ無駄。)
瞬間、頭の中でそんな結論に達し、次の時間はサボリが決定した。
そして俺は、人がいないであろう場所。屋上へと向かった。










『君と僕との距離 10』










階段を上り、少し重たい扉を開け、屋上へと足を踏み入れる。
つい先程、授業開始を告げる本鈴も鳴り、今この場所に居るのは自分だけ。そう思い辺りを見回すと、先客が居た。
その人物が誰なのかは、入り口からでは、ハッキリと判別するコトは出来なかったが。
遠目で見る限り、ガクランを着ているので男だろうというコトは解った。
桐山達のグループだろうか? それにしては、一人で居るというのが気に掛かる。
その人物は、屋上のフェンスへと背を預け、足を投げ出している。
どうしようか暫し考えたが、その人物の方へと歩みを進めるコトにした。
顔が、判別出来る場所まで来た時、思わず足が止まった。
誰だろうと思った先に居たのは、思いがけない人物だったから。
足音を立てないように、さらに近くへと歩みを進める。
そこに居たのは、国信だった。何とも不釣合いな場所に居る、漠然とそう思う。
国信の傍には、いくらか厚目の本が置かれており。パラパラと風に吹かれ、ページが捲れる。
(眠ってるのか?)
顔へと視線を遣るると、俺が近付いてきたコトに全く気付かないのか、国信は目を瞑ったままだった。
ジッと国信の顔を、黙って見つめる。

色の白い顔に、サラサラと黒い髪が揺れている。
筋の通った鼻や、きゅっと引き締められた弾力性があり形の良い唇。
以外に長い睫毛や、触れたら柔らかく気持ちの良さそうな頬。

「…。」

国信の顔をこんな間近で、じっくりと見るのは始めてのコトだった。
そして知らず、顔の体温が上昇する。

「さっきから人の顔ジッと見てるけど、俺の顔に何かついてる?」
「ッ?!」

色々と思いを馳せていた俺に、突然声が掛けられる。
眠っているとばかり思っていた国信の声に、必要以上に驚いた。

「それとも俺に何か用?」
「あ、否、別に…。お前眠ってたんじゃなかったのか?」

一人慌てる俺を余所に、国信はゆっくりと閉じていた瞼を開くと、状態はそのままにコチラへと視線を向けた。
未だ心臓がバクバクしていたが、なんとかそれだけを言葉にする。

「目瞑ってただけ、それにあんなに視線感じたら寝てても気付くんじゃない?」
「ッ…。」

含みのある物言いをし、国信はニッコリと微笑んだ。
その顔に、思わず後退る。
しかし、とりあえず座れば? と言う国信の言葉に従い、隣へと腰を下ろし、国信同様フェンスに背を預ける。

「珍しいな、お前が屋上に居るなんて。こんな所で何してるんだ?」
「んー…? 何って、お互い様だろ? 俺も三村同様自主休講。」

何となく隣へ視線を向けられず、俺は空を見上げて話し掛ければ。
それに、国信も空を見上げながら答える。

「確かに、ってお前がサボリなんて珍しいな。国信ってそーゆうコトする人間に見えないし。」
「そう?」

正直な感想を述べる俺に、対して返ってきたのは以外にも、どうでも良さ気な声だった。

「たまには俺だって、サボリたい気分になったりもするよ。
 それに昨日つい遅くまで、この本読んじゃって、寝不足気味だったりするんだよね」

そう言うと、隣に置いてあった本へと視線を向ける。
先程目にした本は、確かに結構な厚みがあり、読み終わるにもそれなりに時間を要しそうな物だった。

「そうなのか?」

そうそう、と国信からは相変わらずそっけない返事が返ってくる。
それにー…、一端言葉を切った国信へ視線を移す。

「次の授業は確か社会だし。今やってるのは、丁度この国の歴史だし、ね…。」
「え、でもお前社会は得意じゃなかったか?」
「好きと得意は別物だろ? と言うより社会なんて、殆ど暗記科目だろ? 覚えておけば誰でも点数なんか取れるよ。」

意外な答えが返ってきた。同時にこの言葉には、さすがに驚いた。
まさかこんな答えが返ってくるとは、思ってもみなかった。
国信が、そんな風に考えているとは思いもしなかった。いつも真面目に授業を受けているし、成績も良いし。
それに先程の答えにも、何やら含みがあったように感じられた。
もしかしたら、国信も自分同様な考えを持っているのかもしれない。

「三村は?」
「は?」

ツラツラ考えていると、今度は逆に問い掛けられた。
突然振られ、思わず間抜けな声が出てしまう。

「三村は何で授業サボったの?」
「ああ、理由か。俺もお前と似たようなもんかな? 後は…。
 昼食後の授業ってスッゲー眠いんだよな。授業受けても寝そうだし、居ても居なくても同じかなってな。」
「確かに、午後の授業は眠たいよね。天気も良いし、教室で真面目に授業なんて受けてられないよねー…。」

そう言うと、国信は寝転がった。

「十一月にもなると、随分秋らしく、寒くもなってきたよね。」

寝転がり、空を見上げながら徐に国信が呟いた。
国信の言葉通り、木々も葉を赤く染め、紅葉狩りなどといった物を楽しむには、打って付けな時期になっていた。
今居る屋上から見える景色も、赤く染まり、様変わりしている。
あと半月もすれば十二月、冬がもうスグ目の前までやってきている。
隣に視線を戻すと、国信は手を翳し、眩しそうに空を仰いでいた。
それに習い、再び俺も空へ視線を向けた。
視界一面に映し出された空は、夏に比べると空気が澄んで高く感じられる。
真夏の様に深い真っ青な色でなく、少し淡い青。
雲も薄く、空に広がっており、青と白のコントランスがキレイだった。
天気の良い日は、日差しがポカポカと温かい。
しかし、やはり冬も近付いているだけに、風の方はダイブ冷たくなってきている。

「こうしてると、ホントに眠くなるね…。」

次第に小さくなっていく語尾に、言葉通り暫くすると隣から静かで規則正しい寝息が耳に聞こえてきた。

「国信…?」
「…。」

小さく、控え目に声を掛けてみるが返事はない。
どうやら今度は、本当に眠ってしまったらしい。
そんな国信の姿は、俺にとって少し複雑なものだった。
何と言うべきか、この様な無防備な姿を晒さないで欲しい…。
まして目の前にいる人間に、自分は好意を抱いているのだから。
とは言え、当の国信には、俺がそんな気持ちでいるなんてコトは知られてない訳だけど。
しかし全く警戒されない、というのも少々切ないものがある。
否、自分はクラスメイトで友人で。おまけに同性の俺に『警戒しろ』と言うのはオカシイかもしれないが。
兎も角複雑な心境に、口から溜息が零れた。










***










一人屋上で、特にするコトもなく、俺はボーッと空を眺める。
そして考えてしまうのは、当然というか隣に居る国信のコトだった。
国信に対する、想いを自覚してからコレと言った行動をする訳でもなく。気が付けば、約三ヶ月程の時間が経過していた。
努力の甲斐もあってか、会話をしたりする分には前と同様、普通に接するコトが出来る様になっていた。
それでも、たまに笑顔を向けられたりすると、動悸が激しくなってしまう。
そして自分で言うのも何だが、本当になんの進展もない。
けれど以前よりは親しくなし、少しは変化したのかもしれない。
お弁当を作ってもらうようになったり、同じ傘で一緒に帰ったり…。
けれどコレ等全て、国信にとっては友情の延長線上のコトなのだろうな。
そう思うと、口から溜息が零れるのだった。



コツン



一人どんよりと、暗い思考に沈んでいると、ふいに足の辺りに何かが当たるのを感じた。
(何だ?)
ふっと、そちらを向けば。寝返りを打ったらしく、国信の腕が足に当たった様だ。
そして、僅かではあるが、国信の身体がコチラへと近付いていた。
その国信の姿に、口元が引き攣り、僅かであるが、身体が後退する。
恐らく無意識なのであろうが…。
しかし、こういった行動の方が、今の俺にとっては、性質の悪い物以外の何物でもなかった。
すやすやと、寝息を立てて眠る国信。まさに蛇の生殺し状態だった。
『今スグこの場から立ち去りたい』という思いと、『無防備な国信の姿を見ていたい』という思いが沸き起こる。
ぐるぐると、激しく二つの思いが俺の頭で交錯する。
だが勝敗は、アッサリと後者が勝った。
(はっ、何て自分に正直なんだろうな俺。)
左手を握り締め、心の中で呟く。
それに、自分以外の他の誰かに、こんな無防備な国信の姿を見せたくない。と言うのもあった。

国信を起こさない様、そっと。先程以上に、慎重に。
息を噛み殺すように、静かにその表情を見つめていた。
ふっと、国信の額に掛かっていた髪を、風が揺らして行く。
それを見た瞬間。自分でも気付かぬ内、俺は国信の顔へと手を伸ばしていた。
そっと、始めて触れた頬は、思った通り柔らかかった。

「…ん・・。」

びくりっ、伸ばしていた手を、引っ込めそうになる。
頬に触れたコトにより、国信が目を覚ましたのかと思った。
しかし、そういう訳ではなく、単に再び寝返りを打っただけの様だ。
思わずホッと息が洩れる。
そして、横を向いていた国信の顔が、正面を向く。
その姿に、時間が止ったかのよう、動けなくなる。只静かに、風だけが吹き抜けていった。
どれだけそうしていただろう。
五分か十分。一分か、三十秒、その程度だったかもしれない。

いつの間にか、気付けば、引き寄せられる様、僅か数センチ目の前に、国信の顔。
次に感じたのは、唇に伝わる柔らかく温かい感触。





ガバッ





温もりを感じた瞬間、俺は勢い良く上体を起こす。

「ッ!?何やってんだ、俺は…。」

呟き、今触れた己の唇へと手をやる。
顔の体温が上昇し、心臓が早鐘を打つのが解った。
殆ど無意識だった自分の行動に、只々呆然とするしかなかった。
無意識の行動だったとは言え、自分はとんでもないコトをしてしまった。
もう、後には退けない。
思いを告げるより先に、行動に出てしまった。相手は恐らく、気付いていないと思うが…。
否、寧ろ気付いていないで欲しいと言うのが正直な所だ。
明日から、どう接したら良いものか。
やっと今まで通りに、接するコトが出来るようになったばかりだというのに。
自業自得とはいえ、自分の行動に溜息が零れる。
何だか今日は、よく溜息を吐く日だな。そんな、どうでも良いコトを頭の隅で思う。





兎に角、今一番の問題は、国信が起きた後。
『平常通りの行動が取れるかどうか』だった。
そして、もう一度小さく溜息を吐く。
すると、心地よい風が吹き抜けていった。

「ホントに、参ったな…。」

小さく呟き、フェンスに背を凭せ掛け、空を見上げる。
そこにあるのは、今の俺の心境と裏腹な、何処までもキレイな空が広がっていた。
















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02.10.06
05.11.06改