Place where the warm one exists
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あの一件から数日が経ち、夏休みへとなった。
そうして俺は、国信達が住んでいる慈恵館という施設に、ほぼ毎日のように通っている。
例の事件で、七原は野球部を辞めた。
否、辞めさせられた、という方が言葉としては正しいかもしれない。
好きなモノ、大事なモノを奪われてしまった七原は息消沈し、ふやけたように日々を過ごしていた。
こんな状態の七原が、一体どのように立ち直るのか。
勿論、それも気になったけれど。
それ以上に、あの時、俺にはっきりと言い放った国信のコトが気になっていた。
だからこうして毎日、日課のように足を運んでしまう。
そんな俺を、国信は理由も聞かず笑顔で迎えてくれるのが常となっていた。
ココへ来るようになって暫く。
施設なだけあって、いつでも誰かしら人間が居て、とても賑やかだった。
そんな事実に。
帰宅しても、全く人の気配がない自分の家とは、随分掛け離れた場所なのだなと思い知らされた。
煩い、というのとはまた違い。
暖かい、人の温もりがあるってのは、こういうコトを言うんだろうなと。
ぼんやりと思ったのは、近い過去の記憶。
そして新たに知った、国信の一面。
家事全般が好きらしく、夏休みである今は、殆ど毎日のようにこなしていた。
凄いなぁ、と。思わず関心し、感嘆の声を漏らせば。
「別段たいしたコトないよ。」
苦笑を浮かべ、謙遜した。
「出来ないよりも、出来た方が良いって思うだけだよ。」
続けられた言葉に。
国信の過去なんて何一つ知らないけれど、重みがあるような気がした。
それは寂しさ、とか。諦めにも似た
―――
。
七原秋也という人物を、俺は前々から知っていたわけでも、特別親しかったわけでもない。
大体、七原とはクラスが違うのだ。
七原のコトは、豊に聞いたのが最初だったと思う。
「女の子に人気があって、運動神経の良い人がいるんだよ。」とかなんとか。
言葉と共に、指された視線の先。七原が居た。
七原も、国信とは違った意味で、いつもニコニコしている人間だった。
尤も七原は、怒ったりもするし。国信と違い、喜怒哀楽がはっきりとした、表情のよく変わる奴だった。
荒んでいない、というのか。擦れていない、真っ直ぐな人間とでもいうのだろうか?
こんな人間が存在(いる)のだなあ。酷く驚き、ある意味とても新鮮だった。
あの日、国信も言っていた通り、今時貴重な存在だと思う。
人を疑うコトを知らず、何処までも真っ直ぐで。
裏切られたコトとか、どろどろした人間の負の部分なんてのも知らず。
愛されて育ったんだろうなと思った。
そう思った瞬間(とき)、七原とこそ俺は対極にある人間なのではないかと。
国信とは、本当はもっと、ずっと近しい位置にある人間なのかもしれない。
いつだったか。
180度変わったと評しても、過言ではない七原の姿を目にしても。全く態度の変わらない国信に。
どうしてそんなに冷静でいられるのか?何も言わず黙って見てるだけなのか?と。
撫し付けだけども、訪ねた。
俺の問いに対して、国信はやはり笑顔を浮かべ。
「コレは秋也自身の問題だし、回りがとやかく口出しをしたってどうしようもないだろ?
冷たいって思われるかもしれないけど。結論を出すのは、自分自身だしさ。
実質的に、今の俺が秋也の為に出来るコトなんて何も無い。
だから今まで通り、ご飯作って掃除して洗濯して。以前と同じように秋也と接して。
大体、俺まで変わったりしたらマズイし、問題だろう?
俺に出来るコトは、そういうコトしかないんだ。秋也が戻って来た時、変に気を遣ったりしない為にもさ。」
そう言って、手にしたシーツをバサッと翻した。
太陽の陽射しと青空、シーツの白さに俺は思わず目を細めた。
国信の答えに。
嗚呼、こんな風に、いつでも温かく迎えてくれる人間(ひと)がいる。
受け入れてくれる場所が、当然のように存在しているというのは。
なんて心強いんだろう。
なんて贅沢なコトなんだろう。
なんて羨ましいんだろう。
俺が欲しいモノを、いとも簡単に手にするコトの出来る七原は、なんて倖せ者なんだろうか。
もしも、俺と七原の立場が逆で。
俺と国信が幼馴染みで親友で、家族のような存在であったなら。
この眩しくて、心に沁み渡る。優しくて温かい、焦がれるような。
俺がずっと、心の奥底でひた隠しにしていた。
欲して止まなかったモノを、惜しみなく注いでくれたのだろうか。
あの、喪失感を埋めてくれただろうか。
俺にも、向けてくれたのだろうか。
もしも、とか。考えても詮無いコトだと解っているけれど。
でも国信ならば解ってくれる、分かち合える存在になってくれるんじゃないかなんて。
手際良く干され、風に靡く洗濯物を眺め。
微笑む国信の姿を見詰めながら、そんな都合の良いコトを考えてしまう。
「一人で食べるご飯は寂しいよ。」 と。
作った夕飯を帰り際、手渡してくれたコトもあった。
国信にとって、それはなんてコトない行動なのだろうけれど。
何処か、心の深い所に突き刺さる。
それは言葉だったり、行動だったり様々だけど。
懐かしさにも似た感情。叔父と一緒に居た時に感じていたモノ。
叔父が死んでからは諦め、心の奥に沈め、埋葬していた気持ちを呼び起こさせる。
このまま、国信と居たら危険だ。頭が警鐘を鳴らす。
俺は欲してしまう。掴んだら最後、もう二度と手放せなくなる。
それなのに、解っているのに。
一度覚えてしまった心地良さを、突き放せずにいるのもまた事実で。
矛盾した感情が、平行線のように俺の心を支配する。
この、ざわめく心を静める方法を、俺は知らない。
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(2006.10.2)