Tomorrow that exists in yesterday's extension

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真新しい制服に袖を通し、ボタンを嵌める。

オカシナ所が無いか確認する為、鏡の前に立ちくるりと回り、自分の姿を見る。

瞬間、ふわりと髪が舞い、耳元がきらりと光る。

紅い小さな石のピアス。

それは唐突に思い立ち、少し前にこっそりと両耳に開けたモノだった。

両サイドの髪を引っ張り、見えないように髪を整える。

こうすれば、耳は髪の毛で隠れてしまう。

激しい運動でもしない限り、人に気付かれるコトもないだろう。

まあ、風が吹けば今のように見えてしまうかもしれないが。



紅い石のピアスは、中学に入学したばかりの俺が持つには、不相応な代物。

あまり宝石に詳しいわけではないが、この石は恐らく本物のルビーだ。

母親が、家を出て行ったあの日。置き去りにしていった物の一つ。

父が母へと、贈った物だろうと思う。

父親が直接買い与えた物は、どうやら全て置き捨てて行ったらしいから。

コレもそうなのだろうと、俺は思っている。

何かしらの愛着があるとか、思い入れがあるわけではないが。俺はこのピアスを、こっそり持ち出した。

選んだ理由は、本当に何となくだった。

その後、ずっと机の奥底に仕舞い込んでいた。

中学の入学準備をしている最中、ふいに視界ヘ飛び込んできたソレを。

手に取り暫し眺めた。それから思い立って今に至る。



そんなコトを考え、ぼんやりしながら鏡に映る自分の姿。

ふいに、母親似なのだなと思った。

普段は意識していないけれど、こうしてジッと見ていると、そう思わずにはいられない。

制服のポケットを探り、パスケースを取り出す。

電車・バス通学では無いので、定期券などといった物は入っておらず。

中には、三枚の写真が入れてある。

その内の一枚、写っている女性(ひと)と。

今、鏡に映し出されている俺の顔は、瓜二つと言って良い程似ている。

男の癖に、白い肌だとか。艶やかな黒髪だとか。

俺が女であれば、その点は喜ぶべき箇所なのかもしれないけれど。

生憎と、俺は男で。喜ばしいと思ったコトは、今の所一度としてない。

そっと息を吐き、隣に入っている写真へと目を移す。

父親と共に、無邪気に笑う幼い頃の自分との写真。

「…あれからもう、十年か。」

そっと指でなぞりながら、自然とそんな言葉が口を吐いて出た。

父が亡くなり、母に捨てられ。乃莉湖さんに慈恵館へと連れて来られ。

随分と色々なコトがあったと思う。

思うけれど、あの頃のような。色鮮やかに、鮮明に。強く俺の心を支配するモノは、無い。

こんな、今の自分を。もし父親が見たら、何を思うだろうか。

ぼんやり考えながら写真を見詰め。

「慶時ー、準備出来た?」

再びポケットへと仕舞った所で、秋也が部屋に顔を出し声を掛けてきた。

「ああ、うん。」

「じゃあ、学校行こうぜ。」

「そうだね。」

何事もなかったように、秋也の方へと振り返ると。笑顔で言葉を返す。

そんな俺に秋也も笑みを浮かべ、二人揃って玄関へと向かう。

「今日から中学生か、何かちょっと緊張するかも。」

「心配しなくとも、秋也なら誰とでも仲良くやって行けるよ。」

「そうかな? うん、でも慶時に言われると、なんかそんな気がする! 同じクラスにならたら良いなー。」

そう言って、満面の笑みを浮かべる秋也の髪に、ふわりと桜の花弁が舞った。

少し前を歩く秋也の姿を眺め。

嗚呼、慈恵館へと来てから唯一、秋也の存在だけは俺にとって特別なモノであるなと思う。

秋也は、俺と正反対で。いつも明るく光り輝いている。太陽の下が、よく似合う存在だ。

眩し過ぎて時々、自分の存在が疎ましく思える程に。

今日から始まる新しい生活など、俺にとっては正直、どうでも良いコトだった。

大半の時間を過ごす場所、環境がただ変わっただけのコトで。

昨日と同じ日々の延長。その繰り返し、通過点でしかない。

そんな冷めたコトを思いながらも。

新生活に期待を膨らませ、嬉しそうにしている秋也姿を見ていると。

何の変哲も無い日々が。それでも、多少なりとも彩りのあるモノに思えたなら喜ばしいコトだろうな。

そんな風にも思え。口元に、薄っすらと笑みが浮かんだ。






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(2006.4.30)