■ 後悔先に立たず ■



「はあー・・・。」

雨乾堂へ足を踏み入れると、中からは盛大な溜め息が聞こえた。

「溜め息なんか吐いて、どうしたんすか?」

「ん? 海燕か・・・。書類を取りにきたのか?」

「そうッス、もう全部終ったんですか?」

「ああ、そこに置いてある。」

言って隊長は、机の上を指した。

「で、どうしたんですか?」

「うん?」

「溜め息なんか吐いたりして。」

「ああ・・・。」

書類の束を確認しながら訪ねるも、大方の予想は付く。

そもそも隊長が、溜め息を吐いて悩むようなコトなど、俺の知る限り一つしか無い。

「もうすぐ、京楽の誕生日なんだが。何を贈るか決まらなくてな。」

そうして続けられた隊長の言葉は、案の定、俺の予想を違えず。

京楽隊長絡みだった。

贈り物、言われてみれば京楽隊長の誕生日は、もうスグだった気がする。

しかしながら。

「・・・隊長から贈られた物なら、何でも喜んでくれるんじゃないッスか?」

「まあ、そうかもしれないが・・・。」

隊長の贈った物なら、京楽隊長はどんな物であろうと喜んでくれそうだ。

尤らしいコトを口にすれば、どうやらその辺は隊長自身も解っているらしく。

だからこそ、何を贈るか決まらないのだと言う。

確かにそうかもしれない。

何でも良い、というのは範囲が広すぎるし。

言われて一番悩み、難しい答えでもある。

どうしたものか…、再び盛大な溜め息を零す隊長を横目に、暫し思案する。

「いっそのコト、隊長自身にリボンでも巻き付けて『自分がプレゼントだ!』

 とかやれば良いんじゃないッスか?」

からかいと、冗談半分とを織り交ぜた、軽い気持ちで提案してみる。

毎度、京楽隊長絡みのコトで隊長に振り回されている身としては。

(隊長自身は、全く無自覚なのだろうけれど。だからこそ、余計に性質が悪いのだ。)

その仕返し、とまでは言わないが。

動揺して、狼狽する隊長の姿。というモノを、一度で良いから拝んで見たい。

そんな純粋?な興味と、好奇心からだった。

「・・・海燕。」

普段よりも、若干低めな声が俺の名を呼び。

眉間に皺を寄せ、神妙な面持ちを浮かべた隊長の姿に。

さすがに今のは、冗談が過ぎたかな? と思い。

冗談ですよと続け、笑い飛ばして終る筈だったこの話しは。

「それは随分と昔に、既に実行したことがあるから却下だ。」

「・・・は・・・・・?」

真顔で告げられた内容に、口を開けたまま思考が固まる。

えーっと・・・?

隊長は今、何を言ったんだ??

今のは何だ、俺の聞き違いか???

うん、頭が混乱してるから、ちょっと冷静になって、整理してみよう。

隊長に、京楽隊長へのプレゼントで悩んでいると言われて。

俺は、隊長自身にリボンを巻き付けて、自分がプレゼントだー・・・と。

冗談のつもりで、言ってみたのだ。

そうして返されたのは、昔実行したコトがあるという爆弾発言・・・?

「だから、ソレはダメだ。」

「・・・・・・そう、ッスか・・・。」

先程の発言が、聞き間違えで無いコトを肯定するよう。

隊長がそう締め括り、何だか俺は止めを刺された気分だった。

そんな俺は最早、力無くそれだけ返すのが、精一杯だった。

「まあ、まだ時間もあることだしな。もう暫く考えてみるさ。」

自分の言ったコトが、何でも無かった様に。

隊長は笑みを浮かべて、俺に告げてきた。

言った本人は、そうかもしれない。

確かに、口にしたのは自分なのだが。

言われた方としては、衝撃すぎて何とも言えず複雑だ。

「・・・そうッスね・・・。あ、じゃあオレ、書類持って行くんで。失礼します・・・。」

「ああ。」

書類を抱え、ふらふらと立ち上がると。

一礼し、隊長に背を向け雨乾堂を後にした。





















雨乾堂を離れて暫く。

脱力感のような、虚無感のような。

何とも言えない感覚が、俺を襲ってきた。

思わず、その場に蹲りそうになる衝動を耐え、一歩一歩足を踏み出す。

それでも足取りは重く、覚束ない。

虚に襲われ、怪我を負った時ですら、このようなコトは無かったのに。

ある意味、貴重な経験をしたのかもしれない・・・。

が、もう二度と味わいたく無い経験だったのもまた事実だが。

冗談でも何でも、下手なコトを不用意に口にするべきではない。

口にする時は、相応の覚悟を決めてから。

尚且つ、慎重に言葉を選んで口にしなければならない。

特に隊長と、京楽隊長に絡んだコトであるならば、より一層・・・。

自業自得、口は禍の元、後悔先に立たず。

先人達は、本当に上手い言葉を残したものだと思う。

そんなコトを思いながら、これらを一時に、身を持って実感した俺の口からは。

知らず、盛大な溜め息が零れ落ちた。















おわり





(2006.7.26)