「はあー・・・。」
雨乾堂へ足を踏み入れると、中からは盛大な溜め息が聞こえた。
「溜め息なんか吐いて、どうしたんすか?」
「ん? 海燕か・・・。書類を取りにきたのか?」
「そうッス、もう全部終ったんですか?」
「ああ、そこに置いてある。」
言って隊長は、机の上を指した。
「で、どうしたんですか?」
「うん?」
「溜め息なんか吐いたりして。」
「ああ・・・。」
書類の束を確認しながら訪ねるも、大方の予想は付く。
そもそも隊長が、溜め息を吐いて悩むようなコトなど、俺の知る限り一つしか無い。
「もうすぐ、京楽の誕生日なんだが。何を贈るか決まらなくてな。」
そうして続けられた隊長の言葉は、案の定、俺の予想を違えず。
京楽隊長絡みだった。
贈り物、言われてみれば京楽隊長の誕生日は、もうスグだった気がする。
しかしながら。
「・・・隊長から贈られた物なら、何でも喜んでくれるんじゃないッスか?」
「まあ、そうかもしれないが・・・。」
隊長の贈った物なら、京楽隊長はどんな物であろうと喜んでくれそうだ。
尤らしいコトを口にすれば、どうやらその辺は隊長自身も解っているらしく。
だからこそ、何を贈るか決まらないのだと言う。
確かにそうかもしれない。
何でも良い、というのは範囲が広すぎるし。
言われて一番悩み、難しい答えでもある。
どうしたものか…、再び盛大な溜め息を零す隊長を横目に、暫し思案する。
「いっそのコト、隊長自身にリボンでも巻き付けて『自分がプレゼントだ!』
とかやれば良いんじゃないッスか?」
からかいと、冗談半分とを織り交ぜた、軽い気持ちで提案してみる。
毎度、京楽隊長絡みのコトで隊長に振り回されている身としては。
(隊長自身は、全く無自覚なのだろうけれど。だからこそ、余計に性質が悪いのだ。)
その仕返し、とまでは言わないが。
動揺して、狼狽する隊長の姿。というモノを、一度で良いから拝んで見たい。
そんな純粋?な興味と、好奇心からだった。
「・・・海燕。」
普段よりも、若干低めな声が俺の名を呼び。
眉間に皺を寄せ、神妙な面持ちを浮かべた隊長の姿に。
さすがに今のは、冗談が過ぎたかな? と思い。
冗談ですよと続け、笑い飛ばして終る筈だったこの話しは。
「それは随分と昔に、既に実行したことがあるから却下だ。」
「・・・は・・・・・?」
真顔で告げられた内容に、口を開けたまま思考が固まる。
えーっと・・・?
隊長は今、何を言ったんだ??
今のは何だ、俺の聞き違いか???
うん、頭が混乱してるから、ちょっと冷静になって、整理してみよう。
隊長に、京楽隊長へのプレゼントで悩んでいると言われて。
俺は、隊長自身にリボンを巻き付けて、自分がプレゼントだー・・・と。
冗談のつもりで、言ってみたのだ。
そうして返されたのは、昔実行したコトがあるという爆弾発言・・・?
「だから、ソレはダメだ。」
「・・・・・・そう、ッスか・・・。」
先程の発言が、聞き間違えで無いコトを肯定するよう。
隊長がそう締め括り、何だか俺は止めを刺された気分だった。
そんな俺は最早、力無くそれだけ返すのが、精一杯だった。
「まあ、まだ時間もあることだしな。もう暫く考えてみるさ。」
自分の言ったコトが、何でも無かった様に。
隊長は笑みを浮かべて、俺に告げてきた。
言った本人は、そうかもしれない。
確かに、口にしたのは自分なのだが。
言われた方としては、衝撃すぎて何とも言えず複雑だ。
「・・・そうッスね・・・。あ、じゃあオレ、書類持って行くんで。失礼します・・・。」
「ああ。」
書類を抱え、ふらふらと立ち上がると。
一礼し、隊長に背を向け雨乾堂を後にした。
*
雨乾堂を離れて暫く。
脱力感のような、虚無感のような。
何とも言えない感覚が、俺を襲ってきた。
思わず、その場に蹲りそうになる衝動を耐え、一歩一歩足を踏み出す。
それでも足取りは重く、覚束ない。
虚に襲われ、怪我を負った時ですら、このようなコトは無かったのに。
ある意味、貴重な経験をしたのかもしれない・・・。
が、もう二度と味わいたく無い経験だったのもまた事実だが。
冗談でも何でも、下手なコトを不用意に口にするべきではない。
口にする時は、相応の覚悟を決めてから。
尚且つ、慎重に言葉を選んで口にしなければならない。
特に隊長と、京楽隊長に絡んだコトであるならば、より一層・・・。
自業自得、口は禍の元、後悔先に立たず。
先人達は、本当に上手い言葉を残したものだと思う。
そんなコトを思いながら、これらを一時に、身を持って実感した俺の口からは。
知らず、盛大な溜め息が零れ落ちた。
おわり |
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