風に靡く絹糸のような、細く白い髪。
なんとはなしに見つめていると、ふいに素朴な疑問が頭を過った。
「・・・隊長。」
「うん、どうした海燕?」
「隊長の髪って、長いッスよね。」
「まあ、短くはないな。」
俺の問い掛けに、目を通していた書類から顔を上げ、筆を脇へと置き。
一房自分の髪を摘み上げながら、言葉が返される。
「前から気になってたんですけど、何で伸ばそうと思ったんすか?」
「は?」
「髪伸ばすキッカケとか、何かあったんですか?」
そう問い掛けた俺に、隊長はきょとんと呆けた顔になる。
次いで、ぱちぱちと瞬きをし。
何を言っているんだと言いた気な、不思議そうな表情をする。
「キッカケも何も、恋人の居る人間は、髪を伸ばすものだろう。」
「・・・は?」
思いも寄らぬ解答に、今度は俺が呆ける番だった。
「・・・えーっと、あの。・・・・・・何すか・・・?」
「だから、恋人のいる者は、髪を伸ばす、だろう?」
一語一句、大きな声ではっきり、言葉を区切りながら。
先程と同じ内容を、隊長は繰り返した。
「・・・。」
隊長の言いたいコトは解った。
解ったけれど、そんな話し今だ嘗て聞いたコトが無い。
しかし当の本人を見遣れば、至極真面目な表情をしている。
俺をからかっている、という印象も見受けらない。
尤も、隊長がそういった真似をしないという事実は俺自身、よく解っているコトだけれど。
「・・・あの、質問しても良いッスか?」
「何だ?」
「それ、誰から聞いたんですか・・・?」
問いかけながらも、答えを聞くまでもなく。
相手が誰かなんてのは、容易に想像が出来る。
というより寧ろ、この隊長相手にそんなコトを言う相手なんてのは。
俺の知る限り、一人しか思い浮かばない。
ごくりと唾を飲み込み、隊長の表情を伺いながら返事を待った。
***
それは今から随分と昔。
浮竹十四郎と京楽春水の二人が、まだ。
隊長職に就くよりも、護廷十三隊入りするよりも以前。
死神を養成するべく目的で設立された、真央霊術院。
通称、統学院に通っていた頃にまで溯る。
「十四郎は、髪伸ばさないの?」
「ん? そうだな、伸ばす気は特に無い。」
「ええー、伸ばしたら絶対似合うと思うのに。」
「そうか? 疎んじている訳じゃないが、この髪色だと目立つだろう?
伸ばしたりなんかしたら、唯でさえ目立つのに余計目に付くじゃないか。」
「そんなコトないよ、キレイな髪してるんだからさぁ、勿体無いよ。」
「うーん・・・、急にそんな話しをされてもなぁ・・・。」
「でもねえ、十四郎。知っているかい?」
「何をだ?」
「恋人の居る者はね、髪を伸ばさないといけないんだよ。」
「そうなのか? そんな話し聞いたことないぞ、初耳だ。」
「うーん、十四郎はそっち方面の話しに疎いからねえ。知らないのかもしれないね。」
「ああ、全く知らなかったな。しかし、本当なのか?」
「本当だよー。ほら、よく失恋なんかすると髪を切ったりする人が居るでしょ?」
「そうだな。」
「短い人が、更に短くするなんてコトは無いだろ?
髪が短いのは、恋人はいません。っていう一つの目印でもあるんだよ。」
「へえー・・・、成る程なあ。」
「と言う訳で、ボク達は恋人同士なんだから。
十四郎も髪を伸ばさないといけないんだよ。」
「それなら春水、お前も髪を伸ばすのか?」
「当然だよー。」
そう言って、京楽は笑みを浮かべた。
ジーッと暫く、浮竹はそんな京楽の姿を見つめた。
けれど、そういうコトならば、自分も伸ばさない訳にはいかない。
「・・・そうか。」
多少、面倒だなーと思わなくもなかったが。解ったと頷き、返事をした。
***
「という具合だな。」
「・・・・・・。」
話し終えると、隊長は満面の笑みを浮かべた。
正直、返す言葉が見つからない。
未だにソレを真面目に信じているのか。それとも、この話し自体が冗談なのか。
隊長の顔色を見る限り、判断しかねる。
「信じているんですか?」と。
思い切って聞いてしまいたい気もする。
だがしかし、
「これ以上、深く追求するのは止せ。」
頭の中で、警鐘も鳴る。
「・・・そう、ッスか・・・。」
暫く思案し、俺が選んだのは後者で。
当り障りの無い、曖昧な返事をするに留まった。
そうして隊長は、何事も無かったように仕事へと戻り、話しは終わりを告げた。
今し方、語られたその内容は。
上手い具合にはぐらかされたのか。それとも本当に、今でも信用しているのか。
結局の所、判断しかねる物だけれど。
隊長が、髪を伸ばすキッカケを作り出したのは。
想像通り、京楽隊長であるコトは確かだろう。
とりあえず、ソレだけ解れば充分ではないかと思い直す。
それに誰しも、真相なんて知らない方が良いコトは、世の中に沢山ある。
隊長の髪が長いのも、その内の一つだろう。
深く追求し、知った所で。
果てしなくどうでも良い、下らない理由かもしれないし。
何より、京楽隊長絡みであるならば。恐らくそれは、中らずと雖も遠からずだろう。
所詮、聞いたとしても。
俺なんかには、到底理解し難いであろうコトも、容易に想像出来る。
そうして俺も、仕事を再開すべく腰を上げた。
おわり |
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