■ 衝撃的事実 ■



風に靡く絹糸のような、細く白い髪。

なんとはなしに見つめていると、ふいに素朴な疑問が頭を過った。

「・・・隊長。」

「うん、どうした海燕?」

「隊長の髪って、長いッスよね。」

「まあ、短くはないな。」

俺の問い掛けに、目を通していた書類から顔を上げ、筆を脇へと置き。

一房自分の髪を摘み上げながら、言葉が返される。

「前から気になってたんですけど、何で伸ばそうと思ったんすか?」

「は?」

「髪伸ばすキッカケとか、何かあったんですか?」

そう問い掛けた俺に、隊長はきょとんと呆けた顔になる。

次いで、ぱちぱちと瞬きをし。

何を言っているんだと言いた気な、不思議そうな表情をする。

「キッカケも何も、恋人の居る人間は、髪を伸ばすものだろう。」

「・・・は?」

思いも寄らぬ解答に、今度は俺が呆ける番だった。

「・・・えーっと、あの。・・・・・・何すか・・・?」

「だから、恋人のいる者は、髪を伸ばす、だろう?」

一語一句、大きな声ではっきり、言葉を区切りながら。

先程と同じ内容を、隊長は繰り返した。

「・・・。」

隊長の言いたいコトは解った。

解ったけれど、そんな話し今だ嘗て聞いたコトが無い。

しかし当の本人を見遣れば、至極真面目な表情をしている。

俺をからかっている、という印象も見受けらない。

尤も、隊長がそういった真似をしないという事実は俺自身、よく解っているコトだけれど。

「・・・あの、質問しても良いッスか?」

「何だ?」

「それ、誰から聞いたんですか・・・?」

問いかけながらも、答えを聞くまでもなく。

相手が誰かなんてのは、容易に想像が出来る。

というより寧ろ、この隊長相手にそんなコトを言う相手なんてのは。

俺の知る限り、一人しか思い浮かばない。

ごくりと唾を飲み込み、隊長の表情を伺いながら返事を待った。










***











それは今から随分と昔。

浮竹十四郎と京楽春水の二人が、まだ。

隊長職に就くよりも、護廷十三隊入りするよりも以前。

死神を養成するべく目的で設立された、真央霊術院。

通称、統学院に通っていた頃にまで溯る。



「十四郎は、髪伸ばさないの?」

「ん? そうだな、伸ばす気は特に無い。」

「ええー、伸ばしたら絶対似合うと思うのに。」

「そうか? 疎んじている訳じゃないが、この髪色だと目立つだろう?

 伸ばしたりなんかしたら、唯でさえ目立つのに余計目に付くじゃないか。」

「そんなコトないよ、キレイな髪してるんだからさぁ、勿体無いよ。」

「うーん・・・、急にそんな話しをされてもなぁ・・・。」

「でもねえ、十四郎。知っているかい?」

「何をだ?」

「恋人の居る者はね、髪を伸ばさないといけないんだよ。」

「そうなのか? そんな話し聞いたことないぞ、初耳だ。」

「うーん、十四郎はそっち方面の話しに疎いからねえ。知らないのかもしれないね。」

「ああ、全く知らなかったな。しかし、本当なのか?」

「本当だよー。ほら、よく失恋なんかすると髪を切ったりする人が居るでしょ?」

「そうだな。」

「短い人が、更に短くするなんてコトは無いだろ?

 髪が短いのは、恋人はいません。っていう一つの目印でもあるんだよ。」

「へえー・・・、成る程なあ。」

「と言う訳で、ボク達は恋人同士なんだから。

 十四郎も髪を伸ばさないといけないんだよ。」

「それなら春水、お前も髪を伸ばすのか?」

「当然だよー。」

そう言って、京楽は笑みを浮かべた。

ジーッと暫く、浮竹はそんな京楽の姿を見つめた。

けれど、そういうコトならば、自分も伸ばさない訳にはいかない。

「・・・そうか。」

多少、面倒だなーと思わなくもなかったが。解ったと頷き、返事をした。










***










「という具合だな。」

「・・・・・・。」

話し終えると、隊長は満面の笑みを浮かべた。

正直、返す言葉が見つからない。

未だにソレを真面目に信じているのか。それとも、この話し自体が冗談なのか。

隊長の顔色を見る限り、判断しかねる。

「信じているんですか?」と。

思い切って聞いてしまいたい気もする。

だがしかし、

「これ以上、深く追求するのは止せ。」

頭の中で、警鐘も鳴る。

「・・・そう、ッスか・・・。」

暫く思案し、俺が選んだのは後者で。

当り障りの無い、曖昧な返事をするに留まった。

そうして隊長は、何事も無かったように仕事へと戻り、話しは終わりを告げた。

今し方、語られたその内容は。

上手い具合にはぐらかされたのか。それとも本当に、今でも信用しているのか。

結局の所、判断しかねる物だけれど。

隊長が、髪を伸ばすキッカケを作り出したのは。

想像通り、京楽隊長であるコトは確かだろう。

とりあえず、ソレだけ解れば充分ではないかと思い直す。

それに誰しも、真相なんて知らない方が良いコトは、世の中に沢山ある。

隊長の髪が長いのも、その内の一つだろう。

深く追求し、知った所で。

果てしなくどうでも良い、下らない理由かもしれないし。

何より、京楽隊長絡みであるならば。恐らくそれは、中らずと雖も遠からずだろう。

所詮、聞いたとしても。

俺なんかには、到底理解し難いであろうコトも、容易に想像出来る。

そうして俺も、仕事を再開すべく腰を上げた。















おわり





(2006.7.2)