◆100題残骸

【クレヨン】   (楊太)

クレヨンを見付けた。



同居人がまめな性格をしている為、部屋の中はいつも塵一つ無い程キレイに掃除されていた。
物も仕舞う場所がキチント決められており、スグにそこら辺へ置きっぱなしにしてしまう自分はよく彼に注意される。
それでもいくら言われても一向に直らない自分に、相手も解っているのか、
それは形だけのモノであり最後はいつも相手が仕舞っている。
この部屋で彼と一緒に暮らすようになって、随分と経つがクレヨンなんかが仕舞ってあったコトに驚いた。
そういったモノとは、殆ど縁の無いような部屋。
彼が買った物だとは思えない。
それならばこのクレヨンを買ったのは自分だろうか?
しかし、全くと言って良い程覚えがなかった。
疑問に思いながら、ソレを引っ張り出して机の上に置き、蓋を開けてみる。
中から出てきたのは、真新しいと言えるクレヨンだった。
どうやら、買ったきりで一度も使用したコトが無いらしい。

しかし十二色入りのクレヨンは、よく見ると一本だけ足りなかった。
足りない色は

『あお色』

その色は、同居人を連想させる色だった。
けれどそれは、この中には入っていない。
クレヨンが仕舞われていた引き出しの中を探して見るが、どうにも見当たらない。
一体どうしたコトだろう?
頭を捻り、記憶を辿ってみる。





ああ、そう言えば自分はクレヨンを買ったような気がする。
以前買い物に行った時、偶然見付けた。
懐かしかったのと、安かったのと。
そんな思いから自分はクレヨンを買ったのだ。
そしてなんとなく嬉しくて、楽しみにしながら家に帰ってきてそれを開けた。

蓋を開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、あお色だった。
既に自分は、無意識にその色を意識してしまうんだなあ。そんな風に思った。
でも、あお色を手に取り眺めて見ると

『自分が知っているのは、この色とは違う』

そう思ったのだ。

自分がよく知っているのは、こんな色ではないと漠然と思った。
何処がどう違うのかと聞かれると、答えに困ってしまうのだけれども。
言葉で説明するのは難しいのだが。兎に角違うのだ。

この色は違う。
本当のあお色は、彼だけが持っている。
だから、このあお色は違う。
そう思い自分で、ごみ箱に入れてしまったのだった。
そして結局、クレヨンも使うコトなく仕舞い込んだまま、今まで忘れていた。

辿り付いた記憶に、思わず顔に苦笑が浮かぶ。
自分は随分と、子供っぽいコトをした物だ。
そんな理由で買ってきたばかりのクレヨンを捨ててしまうなどと。
けれどし方がない。
自分にとってあお色と言ったら、彼が持つ色がそうなのだから。



未だ帰ってこないあおを想い、無性にその色を見たくなった。
コレから彼を迎えに行ってみようか?
駅からこの部屋までの道程は、一本道。すれ違うコトは、まず無い。
自分が迎えに来たなんて知ったら、相手は一体どんな反応をするだろうか?
そう思うと知らず笑みが浮かんだ。
傍に置いてあった上着を掴み、足早に玄関へ向かう。





自分だけが知っている、大好きなあお色を持つ彼に会う為に。




fin.


微パラレルで
03.06.09




かみなり   (楊太)

「雷の日って、いいですよね」

「む、何がだ?」

寝台の上、二人横になっていると、ふいに楊ゼンは、そんな言葉を口にした。

楊ゼンの言葉に、太公望は訳が解らない?という顔を向ける。

そんな太公望の様子に、くすりと楊ゼンは笑みを浮かべると

「こういう事して、大きな声を出しても、周りに聞こえる事は無いでしょう?」

耳元で小さく囁くと、するりと夜着の隙間から手を差し込み、太公望の肌へと手を這わせた。

「ッな?!」

楊ゼンの言葉に、夜目でも解るほど太公望の顔が、朱に染まる。

太公望の様子を視界に留め、楊ゼンは小さく笑みを洩らす。

真っ赤な顔をし、うーっと唸っていた太公望だったが

暫くすると、楊ゼンの髪を一房握り、くいっと引っ張る。

それを合図に、深く口付け合うと、楊ゼンは太公望の夜着へと手を掛けた。

長い長い夜は、まだ始まったばかり。



fin.


バカップル。
03.2.14




トランキライザー    (楊ゼン)

真っ赤な、深紅の血を見ると

とても

とても、心が落ち着く

人間(ひと)と違う自分が

人間(ひと)と同じであると、思わせてくれる

薄い皮膚を裂き

己の身体(なか)から、じんわり滲み溢れる赤

温かな雫が伝い、零れ落ちるその赤

確認する為に

安心する為に

ただ、それだけの為に

今日もまた

その赤を求める



fin.


精神安定剤=血=楊ゼン、なんてイメージがあります。
03.2.14




【壊れた時計】   (太公望)

あの日、何もかも全てが崩れ去り、壊れてしまった。
それは唐突に、自分を襲った出来事。
今も尚、鮮明に浮かぶ情景。



立ち昇る煙と、生温かく纏わりつくような空気。
壊された物に火が放たれ、それらの焼け焦げた匂い。
それに交じって、微かに鼻孔を掠めていった生臭い血の香り。



幸か不幸か、自分だけは難を逃れ生き延びた。
そうしてあの日、あの時から、自分の中にあった時間が止ってしまった。
まるでそれは、壊れた時計のように。
ただ、同じ時間だけを指し、刻み続ける―――。





あれから、己の身体は成長を止め、あの時と同じで何一つ変わっていない。
確実に、年月は過ぎているのに。
時間(とき)の流れを感じず、それらに逆らい、存在している自分。
理に反し、永久に生き長らえる不老不死の身体を手に入れた。
全てを奪っていったモノに、復讐出来るだけの力を手にする為に必死に頑張った。
残された自分が選択したのは、死んで逝った皆の仇を取ること。
そうすることでしか、生きてこれなかった。
けれど、本当に自分が欲しかったのは、こんなモノではない。
でもそれらはもう、永遠に手にすることが出来ない。



失ったモノは決して還らない。
それは痛いほどよく解っている。
いつまでも過去に捕われ続けていたら、前に進むことも出来ないのかもしれない。
でも自分の時間は、あの時止まってしまったから。





目的を果たした時。
壊れてしまった、自分の中の時計は、再び時を刻み出してくれるのだろうか?






再び時を刻み出した時。
自分は、どのようになっているのだろうか。
その時自分は、どのような選択肢をするのだろうか。










fin.


03.08.05




【INSOMNIA】   (太公望)


貴方の居ない、ひとりの夜。



寝台の上、ひとり膝を抱えて丸くなる。





ひとりの夜は、眠れない。
昔から、そうだった。

そうじゃない。



『自分一人だけが生き残った、あの日から始まった。』



夜、寝台に入り目を瞑る。
そうして夢に出てくる、死んで逝った一族の者達。
どんなに身体が、心が疲れていても、深い眠りに就けなくなった。
同時に、眠ることが恐くなった。
安らぎなど、何処にもありはしない。
あるのは



『何も出来ない、無力な自分』







『終わりの無い、現実世界』



ただ、それだけ。





真っ暗で、光の無い世界を一人生きてきた。
けれど
そんな自分に、手を伸ばし、光を差して、居場所をくれた者がいた。
決して

自分は幸せなど、安らぎなど得てはいけない筈なのに。

それなのに
優しく微笑んで、抱き締めて、温もりを。
ただ静かに傍にいて、与えてくれた。



それは



ずっと昔に捨てた
忘れ去っていたモノ



いつの間にか、あの夢は見なくなっていた。

そして、悪夢に魘され目が覚めることもなくなった。
朝まで穏やかに、眠れるようになっていた。



あやつのお蔭で。



けれど

『あやつは、今ここには居ない。』

自分の命により、彼の地ヘと
要塞建設の為、赴いている。

あやつが傍に居ない。
ただ、それだけのこと。
それなのに



眠れない。



ただ、昔に戻っただけなのに。



もう一度
手にしてしまった温もりは、安らぎは。
とても心地良く、気持ちが良くて。
再び手放すことなど、もう自分には出来なくて。

いつから、こんな風になってしまったのだろう。
いつから、こんなに自分は弱くなってしまったのだろう。

こんな自分はいらない、必要ないのに。

戦乱の渦の中心に、自分は居て
こんな感情を、抱いてはいけない筈なのに。

解っているのに



それでも、捨てることなど、もう出来るわけが無くて。



「・・・楊ゼン」



ポツリと、この地に居ない、彼の人の名前を呟く。



自分の膝に顔を埋め
ぎゅっと膝を抱え





眠れぬ夜を、今日もまた。



ひとり、朝が訪れるのを待つ。





fin.


一番、不眠症なイメージがあるのは、師叔です。
03.02.09