わしの楊ゼンはカッコイイ。
楊ゼン、それは言わずと知れた仙人界の天才道士の名前である。 未だ道士でありながら、清源妙道真君という仙名を持っており、実力は十二仙を凌ぐとも言われ、その美貌は誰をも虜にする。 人当たりも良く物腰が柔らかで、細かいことにもよく気がつく。大変素晴らしく完璧な人物なのである。 そして太公望が長年想いを寄せていた人物でもあるのだ。 しかしこの度、長年の片思いを経て太公望と楊ゼンは晴れて恋人同士という関係になった。 それは今から約三ヶ月程前のことになる。
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太公望は朝から機嫌が良かった。 軽快な足取りで太公望は執務室へと続く回廊を歩いていた。 今日は快晴、雲一つない澄みきった青空、穏やかに風も吹きなんとも心地よい。 天気が良い、只それだけのことであっても自然と心は明るく晴れやかな物となる。 そして何より本日は彼の人を思わせるような青空なのだから余計に。 彼の人、というのは言わずもがな楊ゼンのことである。 楊ゼンと想いが通じ合ってからはまさに夢のような毎日。
一緒に居る時に感じる幸福(しあわせ)、
ただ傍に居るだけで、声を聞くだけで、笑顔を向けられるだけでこれほど幸せになれるのだということを実感していた。
太公望が初めて楊ゼンに出会ったのは今から数十年前に溯る。 それは仙人界に来てまだ間もない頃で、やっと仙界での生活にも慣れ始めた頃のこと。 今思い出しても中々衝撃的な出会いだったと思う。 衝撃的な、というよりもアレは事故といった方が正しいかもしれない。 兎に角その事故が切っ掛けで太公望は楊ゼンに恋をした。所謂一目惚れというやつである。 世間ではスキー場では3割増とか、危機的状況に陥った時心拍数の上昇により恋と錯覚する。等と言われたりするが。 例えそうだとしても一向に構わない。自分が恋だと思っているのであれば。 そうして、一方的に好意を寄せていたわけであるが、楊ゼンはそんなコトなど忘れ去っていた。 再会した時に、わしの実力を試そうと試験などを仕掛けてきたのが何よりの証拠である。 楊ゼンが自分のことを覚えていなかったのは少々哀しいことではあったが、もう何十年も昔のこと。 忘れていてもおかしくはない。 例え相手が忘れてしまっていたとしても、自分が覚えているならそれで良い。 自分にとってあの日楊ゼンと出会えたことは大切な思い出なのだ。 その時のことを思い出し太公望の口元が微かに緩む。 思わず過去の記憶にトリップしてしまった太公望であったが、ふるふると頭を振り思考回路から振り払う。 太公望は楊ゼンを長年想い続けていた。 そんな太公望の想いが叶い、こうして今現在幸福の真っ只中に居るのであった。
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執務室の扉を開けると、既に楊ゼンは居た。 「おはようございます、太公望師叔。」 扉を開けて中へと入ってきた太公望に気づき彼、楊ゼンは微笑みながら挨拶をする。 (今日も楊ゼンはカッコイイのう!)などと心の中で思いながらも 「うむ、おはよう楊ゼン。今朝も早いのう。」 太公望も全開の笑顔を楊ゼンへと向けた。 そんな太公望の笑顔に楊ゼンも笑みを深くする。 「ええ、今日は大変良い天気ですから。このような日に執務室にずっと閉じ篭りきりというのも勿体無いですからね。」 それに、と楊ゼンは一端言葉を切る。太公望の方はなんだ?という視線を送る。 「早く仕事を終わらせて師叔と一緒の時間を過ごしたいですからね。」 と、いつの間に太公望のスグ傍にきたのか、耳元でそう言った。 そんな楊ゼンの言葉に一瞬目を見張った太公望であったが、すぐに照れたような、それでいて嬉しそうな顔になる。
「そうだのう、おぬしの言う通りこんな天気の良い日に部屋に閉じ篭ってるのは勿体無いからのう。
さっさと終わらせてしまおう。」 そうですね、と楊ゼンも頷きお互い自分の席に着き早速仕事に取りかかった。
暫すると、周公旦が姫発を引き摺りながら執務室へと入ってきた。 太公望と楊ゼンはまたか、という顔をすると、ちらりと視線を今執務室へ入ってきた二人の方へ向ける。 と、また何事もなかったかのように仕事を再開させた。 毎度のこととなりつつあるが、どうやら仕事をサボリ脱走しようとした姫発が運悪くも周公旦に見つかってしまったらしい。 朝から彼のハリセンと小言の制裁を受けるはめになってしまい、こうして引き摺られながらの出勤となったのである。 これも周では日常茶飯事となりつつある朝の光景。 「小兄様、分かっているとは思いますが今日は仕事が終わるまで一歩も執務室から出しませんからね。」 ギっと姫発の方へ厳しい視線を向け、彼の優秀な弟は冷たく言い放った。 「うげっ!?」
と、あからさまに嫌そうな顔になり低く唸った姫発だったが
自業自得でもあることは重々承知しているので反論することも出来なかった。 がくっと頭を垂れると渋々自分の席に着き仕事を始めた。
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黙々と仕事をこなしていた執務室のメンバー達。 いつもぎゃーぎゃーと文句を言って煩い姫発も、本日は大人しく仕事をこなしたコトもあり順調だった。 優秀な人材も揃っているので、てきぱきと仕事の量が減っていく。 しかしそれも長く続く物ではなく。 渋々とだが、それでも大人しく仕事をしていた姫発であったが、一刻程経つと根を上げた。
「っだーーーッ!!!いい俺は加減疲れた、ちょっと休憩しようぜ!!」 な?という視線を回りに向ける。
「そうですね、武王も今日は真面目に仕事をこなしてくれていますし。丁度きりも良いですし暫く休憩しますか。」 「そうだのう、いつもに比べたら仕事も進んだしのう。」
太公望と楊ゼンも些か棘のある言葉ではあるが、同意の意を述べ周公旦の方へと視線を送った。 その視線に周公旦は眉を顰めたが、はぁっと溜息を吐くと「分かりました」と了承した。
普段なら今日の半分も経たないであろううちに騒ぎ始めていてもおかしくはない姫発。
それを考えれば確かに少しくらい休憩をしても良いかと周公旦も判断したらしい。 それでも王という立場からすれば、もっときちんと仕事をこなして欲しいという思いはあるのだが。 その言葉は発されることなく、彼の優秀な弟は心の内でひっそりと呟いた。
「それではお茶の用意をしますね。」
そんな周公旦の言葉を聞き、楊ゼンが席を立ち執務室から出ていった。 その背中をうむ、と小さく返事をしながら太公望が見送る。 姫発はやっと仕事から解放された、と机の上にだらしなく伸びている。 周公旦もそんな彼の態度に、やれやれと溜息を吐いたが、特に何事も言わなかった。 暫くすると楊ゼンはお茶と、茶請けを持ち戻ってきた。
「どうぞ、太公望師叔。」
言って太公望の前へとお茶を置き席に着いた。
「うむ、すまぬのう楊ゼン。」
笑顔でそれを受け取りお茶を啜る。 そのお茶は程よく冷まされており、飲みやすくなっていた。 細かなことではあるがこの辺りにも楊ゼンの気配りが取って見える。 とはいえ楊ゼンがここまで気に掛けて行動するのは太公望のみに限られているのだが。
「ふ〜、相変わらずおぬしの煎れた茶は上手いのう。」
お茶を飲み太公望が感想を述べる。
「それになんだか良い香りもするのう?」
なんの匂いであろうか?と首を傾げる。 その言葉に楊ゼンは顔を上げ
「ありがとうございます。このお茶はですね特別な葉を使用しているのですよ。」
そう言い、ふわりと微笑み太公望の問いに答えた。
「特別な葉?」 「はい。」
何やら楽しそうに話し込む二人。
「・・・おい、俺らには茶はねぇのかよ・・・。」
その背中に武王は言葉を投げ掛けたが、当然のように返事はなかった。
「てか俺ら眼中にねぇだろ。」
分かってたけどよ、とボソリと呟きがくっと頭を垂れて机に突っ伏す姫発の姿があった。
fin.
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