夢を見た・・・。
夢の内容は覚えていなかったけど、
酷く哀しい夢だった。ような気がする・・・。
目覚めた時、涙が一筋流れていた・・・。










【いつまでも】










夢を見た・・・。
昨日と同じあの夢。
内容はまた覚えていなかったけど、
酷く痛い夢だった。ような気がする・・・。
目覚めた時、胸にぽっかり穴が空いたような気分だった。



夢を見た・・・。
ここ最近ずっと見ている、あの夢。
ただ今日見た夢は今までのとは少し違っていた。



気がつくと自分は真っ暗な闇の中一人佇んでいた。
その闇のなかに淡く光るものが現れて
だんだんとそれは形をつくっていき
人の形(それ)になった。
目の前に立っていたのは、よく見知ったあやつの姿で。
そして目の前で
消えた・・・。
後に残されたのは、真っ暗な闇の中一人佇む自分だけだった。



目覚めた時、息が止りそうだった。
頭の中が真白になって・・・―――、
―――・・・ひどく身体が重かった。



何故突然このような夢を見るようになったのだろうか?
今までこのようなことは無かったのに・・・。



・・・一体どうして・・・・・・?





***





その日は仕事が全く手につかなかった。
書類に向かっても集中できず、普段なら絶対しないようなミスの連続で・・・。
大好きな、好物の桃さえも喉を通らなかった。



さすがの仕事の鬼周公旦もこんなわしの様子にみかねたのか
「仕事はしなくて良いから、早く休め」
などと言われた。



そんな訳で早々に自室に戻った。
しかし特別疲れているわけでもない身体では、眠る気もおきる筈もなく
することもなかったので
ぼんやりと
窓の外を、空を眺めていた。





―――見事な夕焼け空だった―――。





















先程まで明るかったと思っていたのに、気がつけば太陽はとっくに西の彼方に沈み。
辺りは真っ暗だった。
それでも普段ならもう少し明るい筈なのに?
思い、真っ暗な闇夜を見上げる。



(・・・月が出ていない・・・・・・。)



どうやら今日は新月らしい。
頭の隅でそんなことを思いながら、ふと今朝見た夢のことを思い出した。






『 ―――真っ暗、夢と同じように見渡す限り深い闇・・・――― 』





そんなことを考えていたら、ぎゅっと心臓が痛くなった。
ひどく気分が悪く、吐きそうな感覚が身体を襲った。



それに耐えるように唇を噛み締め、胸を掴み俯いた・・・。




「―――・・・。」



「ッ?!」

はっとして顔を上げる。



(声・・・?)

小さな呟くような声だったが、確かに耳に届いた音。
確かめるようにそっと耳を傾けて、闇の中を必死に目を凝らしてみる。



「師叔」



今度はハッキリと聞こえた、声。
そして目の前に―――



「・・・・よう・・ぜん・・・」



要塞建設のため国境へ赴いているはずの彼が立っていた。





















楊ゼンは静に微笑むと室内へと入ってきた。

「夜も遅いですし、明日にしようかと思ったのですが。要塞が完成したのでご報告に―・・・ッ?!」



しかし楊ゼンの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
無意識に、
楊ゼンの顔を見ていた太公望が抱き付いたことによって。



一瞬驚いたように目を見張った楊ゼンだったが、すぐにそっと太公望を抱き締めた。
楊ゼンの腕の中でも太公望は未だ状況が分かっていないのか、ぼんやりとしていた。
しかしその内に抱き締められた身体からは温かさが伝わり。
彼が今自分の目の前に居て、自分を抱き締めてくれているのだということが分かった。
そしてまた、あの夢のことが頭を過る。



(あぁ、そうか・・・)
(楊ゼンがいなくなってから、あの夢をみるようになったのだな)

ようやく霞み掛っかていた頭がはっきりとした。



「夢を、夢を見た・・・。」

楊ゼンに抱き付いたまま太公望はポツリと、それは聞こえるか聞こえないかというくらい小さな呟きだった。



「夢、ですか?」

楊ゼンの問いかけに、こくりと太公望は小さく頷いた。



2人の間に暫しの沈黙がおりる。
窓から夜風が室内に入り、2人の髪をそっと揺すっていく。
楊ゼンは急かすこともせず、静かに次の言葉を待っていた。



「おぬしが消えるのだ。」

「おぬしが、わし一人だけを残して消えてしまうのだ・・・。」

「恐い、恐くて不安なのだ。」



ぽつりそうそう言うと、太公望は抱き付く腕にぎゅっと力を込めた。
楊ゼンはそんな太公望に何も言わず、ただ同じように抱き締める力を強めた。



暫くお互い無言で抱き合ったままの形となった。

「すまぬ・・・」

そうしてふいに耳に届いた言葉。
それは何に対する謝罪なのか・・・。



「師叔・・・」

黙って聞いていた楊ゼンだが、その言葉に口を開いた。



「僕は絶対に死んだりしませんから―・・・。などという台詞は僕には言えません。」



静に、きっぱりとした口調で楊ゼンは言葉を紡いだ。

(絶対などという言葉は存在しないから・・・)

という言葉は呑み込まれ、耳には届かなかった。
そう、この世に絶対などというものは存在しない。
それは楊ゼンも、そして太公望自身もきっと分かっているであろうこと。
そして、太公望がそんな言葉を欲しているわけではないということも。


 楊ゼンは口の端に小さな笑みの形を浮かべると

「勿論そんなつもりも毛頭ありませんけどね」

何気ない言葉だったが、彼らしいと思った。
        


「でも、貴方が不安だと言うなら僕は―――」

そう言って楊ゼンは。そっと自分の口元を太公望の耳に近づける。





『貴方の不安が消えるまでずっと、僕は貴方の傍にいますから。』

その声は小さく静に、しかしはっきりと太公望の耳に届いた。




      
その言葉に太公望は大きく目を見開く。
次第に微笑の形になっていった。
しかしそれは、ひどく今にも泣き出しそうな
そんな微笑に近かった。
そしてそんな顔を隠すかのように楊ゼンの胸に顔を埋める。
ぽつり、と



「なら、それならずっと・・・」



「ずっと―――・・・。」



それは小さな小さな声だった。
傍に居た楊ゼンにも、その言葉を紡いだ本人にも届いているのか分からない程小さな音だった。










『それならずっと・・・』










『―――不安なままでいい―――。』










その小さな呟きにも似た声は
ただ深い夜の闇の中に消えた。







fin.