何が起きても、オカシクはないグランドライン。
猛暑の様な夏気候かと思えば、次の瞬間には雪がチラつく冬気候。
竜巻に雷雨、嵐に見舞われる等も、さして珍しいコトでもない。
グランドラインだから、大抵の現象はこの一言で片付けられてしまう。
海上では珍しくもないが現在、麦藁海賊団が居るのはメリー号内ではない。
辿り着いた先は、とある秋島。
治安も良く、海軍の心配もいらない穏やかな島だった。
ログが溜まるのは三日程、何の心配もない為、船番を置く必要もない。
そういった経緯もあり、全員揃ってホテルに泊まるコトになった。
勿論、宿泊費はナミが値切りに値切ったのは、言うまでもない。
島に着いて、サンジが真っ先に向かうのは市場。
購入するのは後にしろ、どの様な物があるのか。価格はどの位するのか。
無限の胃袋を持つ船長がいる為、買い込む食材は大量である。
その為、下見は重要なのだ。
そうして、あちこち回っている内に、元々怪し気だった空は、次第に暗くなり。
空からは、ポツポツと雨粒が降りてきた。
凡その目処を付け終り、この後どうしようかと考えていた矢先のコトであり。
濡れ鼠になるのも嫌だしと、ホテルへ直行するコトにした。
サンジがホテルへと辿り着いた頃には、雨脚がダイブ強くなっていた。
戻るのがもう少し遅ければ、全身ずぶ濡れになっていただろう。
宛がわれた部屋へ入ると、同室であるゾロの姿はなかった。
また何処かで、例によって例の如く迷子にでもなっているのかもしれない。
もしそうであるなら、回収に行かなくてはならない。
しかしながら大雨が降り頻る中、探しに行くのはちょっと嫌だなと思うのも事実。
とりあえず、暫く様子を見るコトにするかと、ネクタイを緩める。
次いで上着を脱ぎ、ハンガーへ掛ける。
シャワーでも、浴びてしまおうかとも考えたけれど。
然程、濡れているわけでもないし。今でなくとも良いかと、後回しにする。
そうして特にするコトもなく、何とはなしに、窓辺へ寄り、外へと目を向ければ。
激しい雨が窓を叩く以外、代わり映えはしなかった。
よく降るなー。と、ぼんやり見詰めていると。
突然、眩い光が視界に映り、轟音が響き渡った。
暴風雨に続き、雷までもが加わった空模様は、大層賑やかなモノになる。
コレ程までに激しい雷ならば、何処かしらに落ちるかもしれない。
海に落ちるかもしれないし、山中の大きな木や、下手をすれば民家に落ちる可能性もある。
もし火事にでもなったら大変だなと、ぼんやり考えながら眺めている最中も、稲妻は絶えず空を走る。
暫く眺めていると、以前に読んだ本を唐突に思い出した。
単なる暇潰しに、適当に選んだモノ。
感想としては、全編通して、まあまあ。そこそこ楽しめた本だった。
今みたいな、光景描写はなかったけれど。
山奥にヒッソリと佇む城、というのが出てきた。
その背景に、稲妻は雰囲気も凄く似合いそうだと思う。
例えば、物語に出てくる吸血鬼。
セオリーとして、彼等が棲家にしている様な古城。
こちらの方が、より一層ピッタリかもしれない。
古城に住む吸血鬼は、マントを身に着けて、窓辺やバルコニー等に独り佇む。
ニヒルな笑みなんかを浮かべ、その顔を照らす稲妻の光。
嗚呼、物凄く絵になりそうだ。
そうして、美女の血を求めに城を後にする。
カッコイイ。
女性はこういった恐ろしくもあるが、神秘的ともいえる吸血鬼なんかには、めろりんとなるだろう。
もし自分が吸血鬼だったら、女性の首筋に牙を立てるなんて…。とも思うが。
美しいレディが自分の姿にめろりん、自分は美しいレディにめろりん。
いい、物凄く、いい。
その場面を想像し、思わず顔がにやける。
「…ふふ、…ふは、ふはははははッ!!!」
序に高笑いなんかが、勝手に零れ落ちる。
「……何してんだ、お前。」
「ふはははは………ッ?!」
完全に自分の世界に入り込んでいた所為か、突然掛けられた声にビクリとする。
機械仕掛けの人形みたいに、ぎこちなく首を動かし振り返る。
そこには、いつの間に部屋に戻って来たのか。
不審気に、眉間に皺を寄せたゾロが、雨粒を滴らせながらサンジを見ていた。
「あ、あー…。」
何と言って良いモノか。
正直に言った所で、馬鹿にされるのがオチだろうし。
「お、大きな声を出すと、ストレス解消に良いって言うだろ!!」
逡巡した挙句、苦し紛れに口から出た言葉。
我ながら、微妙だとは思う。チラリと視線をゾロに向ければ。
案の定、眉間に益々深い皺を刻み、顰めっ面をした姿があった。
上手い言い訳が見つからなかったとはいえ、流石に苦しかったようだ。
今からでも、何でもないと言って、何時もみたいに蹴りでも入れてしまおうか。
頭の隅で、そんなコトを考えながら。
しかしながら、気配を消して部屋に入ってくるなとも言いたかった。
こっちにだって、都合というモノがあるのだから。
そうだ、コッソリと部屋に入ってきたゾロが悪い。
いつの間にか、サンジの中では問題がすり替わっていた。
別段ゾロは、気配を消したり、静かに部屋へと入ってきたわけではない。
自分の世界に浸っていたサンジが、気付かなかっただけの話しなのだ。
だがしかし、サンジはゾロに対しては責任転嫁し、自身を正当化する体がある。
大体にして、羞恥や照れ等が、サンジをそうさせるのだが。
まあ、ぶっちゃけ。される側にとっては、迷惑極まりない話しである。
けれどその辺が、サンジのサンジたる所以かもしれない。
そういう具合に、本日もサンジの思考回路は絶好調に飛んでいた。
サンジがそう結論付けると、無言でその様を見ていたゾロが、ニヤリと口角を上げた。
「大声出すなら、もっと他に良い方法があるだろ?」
「え?」
言うが早く、腕を引っ張られた。
一体、何だろうかと首を捻れば、耳元で囁かれる。
「こんだけ雷の音がしてりゃ、他の連中に聞かれないだろうしなぁ。」
えっと、顔を向ければ、愉しげな目をしたゾロの顔。
そうしてドサリと、ベッドの上へ放られた。
弾み柔らかい感触に、暫く事態を察する。
「え、ちょ、あの…。」
そんなつもりは、毛頭なかったのに。現状に思わず、引き攣った笑みが浮かぶ。
愉しそうなゾロを見る限り、どうにも逃げ出すコトは、難しそうだ。
否、本気で蹴りでも繰り出せば、逃れるコトは可能かもしれない。
しかし、そうした場合、室内に被害が出る可能性が高い。
流石にソレは、避けたい。
ナミに迷惑が掛かるし、叱られ、借金が加算される。
だから別に、流されたわけじゃない。
誰に聞かせるでもなく、色々と自分に対して言い訳をする。
何だかんだ言いつつ、サンジ自身も本気でゾロを拒む気は、初めからないのだが。
唯、アッサリとゾロの思い通りに事が運ぶのが、癪に障るというか。
最早コレは、意地の様なモノだった。
何より、誤魔化されてくれたのなら、なんでも良いか。
結局、最後まで素直にはなれず、そう締め括る。
そうして、ポタリと滴が落ちるゾロへと、サンジは手を伸ばした。