他人の趣味やセンスについて、とやかく言う権利はない。
価値観も違うのだから、口出しするなんてのはお門違いだ。
そうは思う、思うのだけれど、サンジは考えてしまう。
あの、服装について。
未来の大剣豪を目指すべく男が、普段身に着けているモノ。
所謂、爺シャツなんて呼べるであろう上着。プラス腹巻。
アレは、如何なモノなのだろうか。
常々サンジは、口にこそ出さないが、心の中で思っている。
爺シャツは、百歩…否、千歩くらい譲って良しとしよう。
問題は、腹巻の方だ。
腹巻がなければ、もう少しマシなのではないかと思う。
だがしかし、あの恰好から腹巻を取ったとしても。
それはそれで、ちょっと微妙だなぁ。
そう思うのもまた、事実である。
結局、爺シャツと腹巻の両方がいけない訳で。
だから、どちらか片方だけ変えた所で、イマイチな感じは拭えないのだ。
ゾロとて、爺シャツ以外のシャツを持っていない。という訳ではない。
なので、普通のシャツを着るコトもある。
唯、その割合が、爺シャツに比べて極端に少なく、稀なのだ。
サンジからしてみれば、持っているなら、常にソレを着ていたら良いじゃないかと思うのが本音。
だがまあ、着慣れている所為なのか、爺シャツを着てしまうのだから仕方無い。
普通のシャツを着るにしても、些か問題がある。
ソレだけなら良いのに、何故だか腹巻を重ね着するのだ。ゾロは。
その所為で、途端に何だか色々と台無しだ。
まともな感じになったのに、全てを腹巻に持って行かれてしまう。
視線が無意識に、腹巻に向かってしまうのである。
というか、サンジの中にある腹巻の認識は。
極一般の常識的に、”腹を冷やさない為の物” である。
要するに、服の下に身に着ける物であって、他人の目に晒される所に有る物ではない。
こうしたサンジの常識を、根底から覆したゾロの恰好。
異様というか、奇抜というか。
兎に角、斬新だった。あの発想は、これっぽっちも沸き起らなかった。
だからゾロが、そうまでして拘る”何か”が、あの腹巻にはあるのではないか?
到底そんな風に、サンジには思えないけれど。
でも、常識では計り知れないゾロのコト。
本当に、もしかすると何かあるのかもしれない。
コレで単に、腹が冷えやすいから。
とかいう理由だったら、蹴り飛ばしてやる。
ぶつぶつと、自分勝手なコトをサンジは口の中で呟いた。
ラウンジに一人、サンジは椅子に腰掛け煙草に火を付ける。
テーブルの上には、先程淹れたアイスティーが置かれ。
腕組みをし、思案気な表情を浮かべ。
傍から見れば、何をそんなに悩んでいるのか。難しいコトでも考えているのか。
または、夕食の献立をどうしようか真剣に考え込んでいるかの様に見える。
だがしかし、サンジが考えているのはゾロの恰好。腹巻のコトである。
ウソップ辺りが、それを聞いたら。
『腹巻のコトなんて、どうでも良いだろうがッ!!』
等とツッコミが入ったかもしれない。
けれど生憎と、ココにウソップの姿はない。
至って真剣に、ぐっと眉間に皺を寄せ。
サンジは再び、考え事に没頭していった。
とりあえず、腹巻の利便性を考えてみる。
そうしてまず思い付くのは、刀のコト。
三本の刀を差しているのは、腹巻だ。
だとすると、やはり腹巻は無くてはならないモノなのかとも思う。
思うが別段、腹巻でなくともベルトや帯、腰布の様なモノでも代用が利く気がする。
なんとなく、そっちの方が見栄えも良さそうだし。
でもそうしないのは、やはりゾロの拘りだからなのか。
態々、髪の色と同じにまでした腹巻。
そういえば、あの三刀流も相当な変わりモノだと思う。
二刀流くらいであれば、然して珍しいでもないだろうが。
しかも三本目は、口に銜えるのだ。
常人には、発想自体が、まず起らない。
というよりも、普通は口になんか刀を銜えて扱うなど出来はしない。
元々、三刀流という流儀などないだろうし。恐らく、ゾロ独特なモノだろう。
そう考えると、一体いつ頃から三刀流になったのか。
刀というのは、一本でもかなりの重さがある。
それを三本にもなると、相当な重量になる。
扱うのも容易いコトではないだろうし、腰に下げるとなると…。
やはり、ベルトなんかでは耐久性が無かったのだろうか。
あの腹巻は、三本差しても平然と。
否、寧ろずり落ちるコトもない。
加えてゾロは、たまに腹巻の中に物を仕舞い込んだりする。
そこまでしても、決してずり落ちるコトがないなんて。
何々だろう、あの腹巻は。
ルフィ風に言うなら、不思議腹巻か?
繊維や素材が、特殊なモノで出来ているのだろうか??
考えれば考える程、謎が深まり増えていく。
というか、話しが逸れている。
そのコトに暫し気付き、サンジは頭をぶんぶんと振る。
今考えるべきは、ゾロの恰好についてであって。
三刀流のコトでも、ましてや腹巻の素材についてでもない。
これ等も充分に、気に掛る所であるが。それはまた、次の機会にでも考えるとして。
とりあえず、それらの思考を切り替えるべく、アイスティーを一口啜った。
考え事に没頭していた所為か、口に含んだアイスティーはすっかり温くなっていた。
ふうっと一息吐き、本来の疑問である腹巻について、再度熟考し始める。
「…ん?」
考えていたのは、腹巻についてだっただろうか。
何となく、違った様な気もするのだが…。
首を捻るも、それ以外は何も思い出せないし、まあ良いかと一人頷く。
元々サンジが考えていたのは、ゾロの服装、恰好についてであった。
それがいつの間にか、腹巻に思考を埋め尽くされている。
恐るべきは、腹巻。
だがしかし、サンジ自身は気にしておらず、気付く様子もなかった。
どちらにせよ、大したコトでもないから、全く問題もないのだが。
それにしても。
と、サンジの脳裏に、ふいに過る疑問。
周りの人間は腹巻について、何も言わなかったのだろうか。というモノだ。
ゾロがいつ頃、海へ。故郷を出たのか、知らないけれど。
流石に、ある日突然、行方を眩ませたというコトはないだろう。
否、でも……。
無自覚方向音痴で、迷子癖があるから、断定は出来ない。
今までの所業を思い出し、何だか物悲しくなり、ちょっと遠い目になる。
けれどもまあ、大袈裟でないにしろ、見送った人間は居たのではないだろうか。
その時、既にあの恰好だったのかは解らない。
しかし、服装に無頓着な性質のゾロだから、劇的な変化はないだろうとサンジは踏んでいる。
あの恰好に何も言わず、送り出されたのだとすれば。
ゾロの故郷では、何処もオカシクないモノなのかもしれない。
否、それどころか。
似た様なスタイルの人間が、其処彼処に日常的に見られていたのかもしれない。
腹巻姿の人間が、其処彼処に映る光景というのは、かなり異様なモノである。
サンジには、到底そのような光景は、想像出来ない。
出来ないけれど、もしそれが日常で、ゾロにとって普通の光景であったのであれば。
サンジの目から見て、有り得ない恰好・センスであったとしても、何らオカシナコトなどない。
「……ッ!!」
自ら導き出した答えに、戦慄く。
そうだ、日常に見られるとあれば、最早あの恰好は民族衣装。
または、男子の正装とかだったのかもしれない!!
我が意を得たり、とばかりに大きく目を瞠る。
絶好調に飛躍され、サンジの中で勝手に結論付けられた意外な結論。
腹巻=正装。
間違いも甚だしい構図が、ゾロの知らぬ所、サンジの頭の中では出来上がってしまった。
「…そうだったのか、あの腹巻にはそんな理由が。」
しみじみと呟き、サンジは何度も頷いた。
サンジにとっては、ダサくてセンスの欠片もない腹巻だが。
そんな大事な理由があるなら、仕方がない。
というか、故郷の習わしならばゾロの所為ではない。
それに見慣れた所為か、あの恰好にも違和感を覚えなくなっていたりするのが現状。
「まあ、あの恰好も有りだよなッ!!」
これからは、あの腹巻にも、あまり文句を言わないでやろう。
どんな恰好をしていようと、ゾロはゾロだし。
故郷の習わしを、悪く言ってしまう訳にはいかないし、否定する権利は無い。
「……けど。」
自分の故郷に、そんな習わしがなくて良かった。
さすがに己が身に着ける。なんて事態は、御免被りたいし。
失礼極まりなコトを、しみじみと思うのも忘れない。
こうしてサンジの、多大なる誤解の元、ゾロの腹巻考は幕を閉じた。
そして、当の本人は。
すっきりとして笑みを浮かべ、鼻歌混じりに夕飯の支度に取り掛かり始めた。