昼休み図書室へ行くと、先輩がカウンター内に一人で居た。

先輩」

「お、財前くん。返却かい?」

声を掛けると顔を上げ、笑みを浮かべながら問い掛けられる。
それに返事をし、本を渡す。
作業をしている先輩を横目に、辺りを見回すも他の人が居る気配は無かった。
基本的に当番は、二人一組で行われる筈なのだが。

「先輩、一人なんすか?」

「うん、相方は風邪で休みなのだよ」

成る程、それで一人なのか。

「ほな俺、手伝いましょうか?」

「ん? 良いのかい?」

「エエですよ」

「ありがとう~、助かるよ」

そう言って笑う先輩を横目に、カウンターの中へと回った。















休日前の金曜日は、意外と利用者が多く。
仕事もそこそこ量があり、忙しない。
俺が来るまでの間、一人でこれらの仕事をこなしていた先輩は。
案外と仕事も早く、できる人なのだと思い知らされる。
返却された本を選り分け、一段落すると。

「財前くん財前くん」

内緒話をするみたいに、先輩が小声で話し掛けて来た。
その声に、先輩の方を振り返る。

「何すか?」

「あそこに、白石くんと忍足くんが居るでしょう?」

「あー…、白石部長が居るんは解るけど、謙也さんが居るんは珍しいっスわ」

言われた方へと視線を向ければ、奥の一角に二人の姿があった。
白石部長はたまに見掛けるし、本を借りて行くコトもある。主に植物図鑑。

「知ってる? あの二人はね、何と恋のライバル同士なんだよ!!」

「恋のライバル?」

思い掛けない言葉に、先輩の方を振り返る。
何処となく得意げに言い放った先輩は、俺の反応にうんうんと頷く。

「そう、ほら二人の傍に女の子が居るでしょう?」

よく見れば、ココからでは後ろ姿しか見えないが。
確かにもう一人、女生徒の姿があった。

「へえー…、白石部長がライバルやなんて、謙也さん可哀想っスね」

「お、財前くんは、白石くんが有利と見る?」

「まあ、普通に考えてもそうやないですか。謙也さんは、それにヘタレやし」

「ヘタレって…、そうなの? ……そう言われると、何だかそう見えてくるなあ…」

眉間に皺を寄せ、先輩は呟いた。
そんな反応を見ながら、ふと疑問が浮かぶ。

「何で先輩は、そんなコト知ってはるんですか?」

「ちょっと、観察して見たから」

「…白石部長か、謙也さんのコト好きなんスか?」

「ち・が・う・よ!!」

力いっぱい、一語一句区切りながら否定される。

「まず一つ、私の席は廊下側の一番後ろで、教室全体が見渡せます」

「へえ」

「その二、私の前が忍足くんの席です。そうなると、必ず視界に入るでしょう?」

「確かに。それは、嫌でも目に入りますね」

「うん、で余所見してるコトが多くて、何を見てるのかと視線のを追った先が吉長さん…。
あ、彼女はね吉長さんって名前なんだけど。彼女に行きついた訳。
でね、そこから視線をずらしたら白石くんも同じ方を見てて、暫く観察してみたという話し」

うん、と言うのは肯定なのか。単に、返事をしただけなのか。
どちらでも良いかと思い直し、流すコトにした。

「吉長さん、白石くんと忍足くんとは割と仲が良いし、よく話しもしてるけど。
二人の想いには気付いて無いっぽいし、どちらにも恋はしてないみたいなんだよね」

しみじみという風に、先輩が言葉を続けた。
あの二人が想いを寄せる相手ねえ…、と再度その人、吉長さんという人物に目を向ける。
肩より少し長い髪をしたその人は、何事か二人と会話を交わし笑みを浮かべていた。
ああいう人がタイプなのかと、そんなコトを思う程度で、特に興味は沸かなかった。
別段、人の好みに、とやかく口出しする気も無いし。
それよりも、三角関係とか面倒なコトだなと思う。
白石部長と謙也さんは、仲も良い訳だし。
何かいざこざでも起きて、部活中に険悪な雰囲気とか、絡まれるたりする事態だけは勘弁して欲しい。
とは言え、そうしたコトを表立って、色々と口にする人達ではないけれど。
まあ、白石部長は兎も角として。
謙也さんの場合は、隠しきれず態度にモロ出る解り易い人だから。
寧ろ、こっちが気ィ遣うわ。な所があるしメンドイ。
そんな日が来たら、そう考えると思わず溜め息が零れた。

「何や財前、今日の当番はお前なんか?」

そうした所で、当の本人がカウンター越しに立っていた。
人の気配に気づかない程、考え込んでいたのかと。
しかもそれが、目の前の人間のコトかと思うと何となく面白くない。

「謙也さんが本借りるなんて、明日は槍でも降るんとちゃいますか?」

「相変わらず、口の悪いやっちゃなー。も、そう思わん?」

皮肉を込めてそう言うと、横に居た先輩に話しを振った。

「ははは、忍足くんがボケるから、財前くんが突っ込むんだよ」

「ああ、成る程…ってどないやねん!!」

「図書室は、お静かに~」

面白そうに笑いながら、先輩が言うと、当の本人は慌てて口を閉じた。
仲は良くも悪くも無いと言っていたが、それにしては随分とテンポの良い掛け合いだ。

「…返却期限は二週間なんで、厳守して下さいね」

「破ったコト、無いっちゅー話しや」

そうして三人は、図書室から出て行った。
何だか、嵐が去った様な気がする。

「人には、モテ期ってヤツが何度かあるらしいけどさ。ちょっとだけ私も、あんな風に想われてみたいかも」

三人を見送りながら、先輩がそんなコトを零した。

「はあ…、そんなもんですか?」

「財前くんは、モテるだろうからね~。そんなコト、考えたりもしないんだろうけどさ」

「…別に俺、そんなにモテへんっスよ」

俺の返事に先輩は、一瞬目を瞠り、ふふふと笑うだけだった。

「まあ、こんなコト言ったら二人には申し訳無いけどさ。
第三者に、横から掻っ攫われちゃう!! とかになったらオチもつくのにね」

「……先輩、案外と酷いコト言わはりますね」

「そうかい? 二人には内緒だよ」

人差し指を口に当て、先輩は悪戯っぽく笑う。
そして何事も無かった様に、仕事に戻って行った。
俺にとっては、あの三人のコトなんかよりも。
先輩の方が、よっぽど気に掛る存在だ。






2010.05.22