「面白い図書便りって、どんなの?」 そう言って、輩が首を傾げた。 「読んだら笑ってまう様なモノじゃないっスか」 「もーう、そんなの解ってるよ。と言うか、図書便りっていうのはさ。 新刊の案内とか、こういう本がお勧めですよ。っていうのを教えるモノでしょう」 「そうっスね」 「なのに、加えて面白いって難し過ぎる…。今日が当番だったのが、運の尽きだよね」 そうして先輩は、大きく溜め息を吐いた。 先輩とは、図書委員を通じて知り合った。 元々、転校生であった先輩は、四天宝寺の校風に馴染む為に、図書委員になったらしい。 お笑いに関する本も豊富だし、DVDの貸し出しも同時にしている。 だが、本などからの知識と、実際では異なり。 『生まれも育ちも違うんだから、根本的に感覚として今更身に付く訳がない』 という結論に達したらしく、もう成る様にしか成らないと努力するのは放棄したとのコトだ。 確かに先輩の意見は、間違っていないとは思う。 けれど俺としては、そういう発想をする先輩自体が既に面白い人だと思うのだが。 「そういえば先輩、白石部長らと同じクラスでしたよね」 「ああ、うん」 「仲良いんスか?」 「えー? どうだろう、あんまり話したコトないし。唯のクラスメイトって感じかな」 然して興味もないのか、原稿に目を落としたまま、先輩が答える。 謙也さんは、まあ置いておくとしても。 白石部長は、女子から人気もあり、きゃーきゃー騒がれてるコトも多い。 先輩の様な反応をする人は、少し珍しい様に思う。 ああいう人が、タイプという訳ではないのか。 そんなコトを考えていると、ふいに先輩が顔を上げ、俺の方を見た。 「あの二人ってさ、部活ではどんな感じなの?」 「そうっスね…、白石部長はバイブルで、謙也さんはウザイっスわ」 「ええー、全く解らないんだけど…。まあ、普段と大差ないってコトなのかな」 「さあ、教室でどんなんか知らないっスけど。 ちゅーか先輩も、謙也さんのコト、ウザイと思うてはるんですか?」 「えッ?! いやいや、ウザイって言うかさ…。こう、ムードメーカー的な? そもそも、さっきも言ったけど、そんな風に思う程、仲が良い訳じゃないし」 もごもごと、気まずそうに先輩は目を泳がせた。 その様子に、言葉通りな関係なのであろう。 でも一応、クラスメイトという立場から、何かしらフォローしようとしたコトが解った。 「白石くんとか、忍足くんもさ。結構なイケメンだと思うけど、やっぱり関西人らしく? 笑いは取らなアカン、みたいな感じでしょう?」 「まあ、そうっスね」 「財前くんだってさ、ニヒルなクールビューティーって感じだけど。 関西人らしく、ボケもツッコミもするしノリが悪い訳でもないし」 ふいに先輩の口から、俺の名前が出て驚く。 「先輩、俺のコトそんな風に思っとったんですか?」 「うん」 アッサリと肯定され、まじまじと先輩を見てしまう。 褒め言葉であるのかどうか。まあ、咎められた感はしないが。 そんな風に、思われていたのは、何となく予想外だった。 「どう財前くん、何か書けた?」 「…あんまり」 何事も無かった様に此方を向き、先輩に問い掛けられ。 一瞬、リアクションが遅れる。 「だよね。それに図書便りを、きちんと読んでる人が、果たしてどれくらいいるのかって話しじゃない?」 そんな俺に、気付いた気配も、気にした風もなく。 先輩は、そのまま言葉を続けた。 「そうっスね」 確かに、それは言える。 図書便りは、生徒一人一人に配られる訳ではなく、図書室内に張り出されるだけだ。 俺が知る限り、読んでいる人間に遭遇したコトがない。 「今度、有り得ない様な内容のモノを発行して、アンケートとか取ってみたい」 「はあ…、でもそん時は先輩、一人でやって下さいね」 「えー、手伝ってくれないの? あ、でもアンケート取らなくても、解り易いモノとしてさ。 図書便りを読んだ人だけの、特典みたいなのを付けるとかどう?」 「特典て、どんなのっスか?」 「うーん…、例えば返却日を過ぎても今回に限り免除する。とか」 「先生に怒られるんとちゃいますか」 「だよねー…、というかまず、先生に却下されそうな気がする」 「まあ、そんなコトはどうでもエエんで。早く終わらせません? 時間の無駄なんで」 「相変わらずって言うか、財前くんの言葉は刺激的だね」 俺の言葉に、先輩はそう言って笑った。 口が悪い、やら言い方がキツイ、毒舌だとか。 そうしたコトは、多々言われてきたが。 こんな風に評されるのは、初めてだった。 俺が先輩のコトを、面白いと思うのはこういう時だ。 「まあ、私は気にしないけどさ。女の子にはもう少し、やんわりした言葉使わないと。 気を付けないと、泣かれちゃったりするよ」 「はあ…、けど先輩は気にしないんすよね?」 「うん」 「なら別に、エエんやないですか」 「うん…、うん? っておかしくない??」 「何処もおかしいコトなんて、無いっスわ」 「うーん? そう、か…? まあ、財前くんが良いなら、良いのか」 暫し考えた後、先輩はそう言って納得した。 その姿に、ちょっと笑みが浮かんだ。 「よっし、面白味は解らないけど完成!!」 そうしてだらだらと、下らない話しをしながら作業を進め。 三十分程して、原稿は仕上がった。 内容は、先輩が言った通り至って無難。 そんな出来だと思われる。 「もう今度はさ、ドストエフスキーの『罪と罰』とか。こと細かに説明して、載せてやろうかな」 「まあ、頑張って下さい」 「おーう!! 現実問題として、実行するかは解らないけど」 そう笑いながら言い、先生に提出してくるねと先輩は図書室を出て行った。 先輩は、俺が今まで知っている女子とは、何処か少し違っていて。 毒舌だ何だと、よく言われる俺の言葉も。 口煩く注意するでも、謙也さんみたいに、しつこく絡んでくるコトもない。 いつも、笑ってサラリとかわしてしまうし。たまに、人の話しも聞いていない。 気楽に、然して気を遣わずに会話が出来る、数少ない人でもある。 だから先輩と話しをするのが、俺は結構好きだったりする。 後ろ姿を見送りながら、そんなコトを思った。 |
2010.05.08