「まさかこんなに沢山あるとは、一人じゃ運びきれないなあ…」 偶然通り掛かった先生に、仕事を頼まれた。 それは別に、良い。 唯、その内容が問題だった。 荷物を準備室まで運ぶという、単純なモノではあるのだが。 いかんせん量が多かった。 「文句言っても仕方ないし、さっさと運んじゃおう」 「おや、さん。こんな所で、どうかしましたか?」 気合を入れた所で、声を掛けられた。 誰だろうと振り返ると、そこには柳生くんが居た。 「先生に、ココにある荷物を運ぶように頼まれたんだけど。一人で運ぶには、多いなあって」 「そうでしたか、では私も手伝いますよ」 「え、良いの? でも柳生くん、他に用とかあるんじゃない?」 「いえ、大丈夫です。それに二人でやった方が、早く終わりますよ」 「うん、じゃあお願いしようかな。頼んでも良い?」 「ええ勿論です。では始めましょう」 そう言って、柳生くんは手伝ってくれた。 柳生くんとは、同じ委員会を通じて知り合ったのだが。 紳士の異名を持っているだけに、困っていたりすると手を貸してくれる。 「手伝ってくれて有り難う、柳生くん」 一人だったら終わらず、朝のホームルームに間に合わなかっただろう。 けれど柳生くんのお陰で、とっても早く片付いた。 「いえ、困った時にはお互い様ですから」 お礼を述べれば、そう言って気にしないで下さいと続けられた。 そうして、「私はこれで、アデュー」と、颯爽と去って行った。 (ホントに、親切な人だなー) 柳生くんの背中を見送りながら、同じ年なのにと、しみじみ関心してしまう。 私も少しは、柳生くんを見習わないとなあ。 そう思いつつ、私も教室へ戻った。 「柳生くんて、本当に親切だよね」 「何じゃ、突然」 教室に戻ると、後ろの席の仁王くんに話し掛けた。 「さっき先生に頼まれた用事で、一人で運べないくらいの荷物を前に、途方に暮れてたんだけど。 そしたら柳生くんが、運ぶの手伝ってくれたの」 「ほう、さすがジェントルマンじゃな」 「でしょう!!」 柳生くんと仁王くんは、ダブルスでコンビを組んでいて、それ以外でも仲が良いらしい。 正反対なのになあ、と思いつつも案外そういう方が、上手くいくモノなのかもしれない。 仁王くんも、柳生くんを見習って欲しいな、なんて思ったりする。 別に悪い人なわけではないし、頼めば仁王くんだって手伝ってくれるだろうけど。 自ら率先して、声を掛けて手伝うコトはしてくれないだろうし。 でも、それぞれに良さがあるわけだし。 仁王くんは、このままで良いのかもしれないが。 そんなコトを考えていた私に、仁王くんは内緒話しをするみたいに、声を潜めた。 「…でものう、ココだけの話し。柳生のそれは、仮の姿なんじゃ」 「え?! …どういうコト?」 「柳生の好みのタイプを知っとるか?」 「え? それ、何か関係あるの? 柳生くんの好みのタイプなんて、知らないけど??」 「清らかな子じゃ」 「へえ、柳生くんっぽいね」 確かに、あの柳生くんの隣に並んだら、イメージ的にもお似合いだろう。 上品で控えめで、それで誰にでも親切にしてくれるような。 「柳生はのう、かなり遊び人なんじゃ」 「ええッ?!」 あの柳生くんが、そんな遊び人だなんて。 …そんな、仁王くんじゃないんだから。 「、今失礼なコト考えたじゃろう?」 「そ、そんなコト考えてないよッ!!!」 ジッと訝しげに見られ、慌てる。 仁王くん、エスパー? 心読まないでよ!! 「そ、そんなコトより本当なの?」 「…まあ良い、本当じゃ。相手は、清楚で控えめな大人しい子やからのう。 騒ぎ立てられるコトもなく、誰にも気付かれんのじゃ」 「ほ、ホントに?! ……いやいやいや、まさかそんな。…嘘でしょう? 仁王くん、私をからかって!!」 「信じんのか?」 「そ、そうだよ」 「なら、本人に聞いてみんしゃい」 「ええ?! そんなコト出来るわけないよ!!」 「なら俺の言ってるコトが、嘘とは言い切れんぜよ」 「うッ、た、確かに…」 そう言われてしまえが、仁王くんの言う通りだ。 でもだからって、とてもじゃないが柳生くんに聞けるわけもない。 聞いたとして、正直に答えてくれるかも解らないし。 というか、実際に「アナタ遊び人なんですか?」と問われて、はいそうですと答える人なんて居るのか。 否、そんなの、居るわけがない。 「がっかりしたか?」 「そ、そんなコトないよ!! がっかりって言うか、ビックリしたというか」 がっかり、というのとは違う。 理想と現実が違い落胆する。なんてのは、相手の勝手なイメージ像であって。 本人にしてみれば、それこそ自分勝手な理想像を創り上げられて、いい迷惑だろうし。 でも、まさかあの柳生くんがそんな。 ああでも、もしかしたら女性に親切にするコトは当然として。 女性を前に口説きもしないのは、紳士の嗜みからすると反するコトなのかもしれない。 紳士って奥深いんだなあ…。 妙な所で感心し、そんな納得を私はしてしまった。 昼休み。 図書室へ行くと、柳生くんが居た。 「柳生くんだ…」 ミステリー小説が好きな柳生くんは、図書室もよく利用しているらしく。 こうして足を運ぶと、見掛けるコトが多い。 いつもなら、本を選んでる所や、読んでる姿も絵になるなあ。なんて思うのだが。 今日は違う。 仁王くんの言葉がちらつき、違う意味で気になってしまう。 (あんな飄々とした表情してるけど、どんな風に口説いたりするのかな?) 柳生くんの顔を盗み見しつつ、そんなコトを考える。 場所は教室。時刻は夕暮れ時。 二人で仕事をして、やっと終わった頃には二人以外に誰もいない。 優しく労いの言葉を掛けると、笑みが返され。 お互い微笑み合い、そうしてだんだんと二つの影は重なり……。 (わわわわッ!!! な、何を想像してるの、私の頭は!!!!) うっかり想像し、逞しい妄想力を披露してくれた脳に慌てる。 首をぶんぶん振り、それらを追い出そうとするも、なかなか上手くいかない。 「さん、どうかしましたか? 先程から私の方を見ている様ですが…。 私の顔に、何か付いてますか?」 「うわあッ?! ち、違うよ、何も付いてないよ!!」 突然、声を掛けられて驚く。 思わず、大きな声が出てしまいそうになるのを堪えるも、動揺してしまう。 いつの間に柳生くんは、私の側にきたのだろうか。 それすらも気付かない程、私は己の世界に入っていたというコトなのか。 「そうですか、では何か言いたいコトでも?」 うッ、鋭い。 そんなに、顔に出ているのだろうか? 何でもない、って言っても信じて貰えなそうだし。 ココは正直に話すべきだろうか? でも、何を? とっかえひっかえ、なんてコトは口に出来ないし。 私なんかが、どうこう口出しするコトでもないだろうし。 「え、えっと…その……あの、柳生くん」 「はい?」 「あの、あのね? こんなコト私が言うのはお節介だし、余計なお世話だと思うんだけど」 「?」 「あのね、暗がりや夜道とか、後ろから、さ、刺されないように気をつけてね!!!」 「…は?」 「そ、それじゃあ、私はコレで!!」 「あ、さん、待って下さい!!!」 それだけ言うと、図書室から逃げる様に走り去った。 (うわあ、言っちゃった!! でもでも、そういう子って思いつめたら何するか解らない部分もあるだろうし) とりあえず、注意を促すに越したコトはないと思う。 まあ、私なんかがしなくとも、柳生くんなら上手く立ち回りそうだけど。 でもコレで、最悪の事態なんかに遭遇するコトもないだろうし。 善いコトをした、とまでは思わないが。 それでもやっぱり、柳生くんが怪我をする様な事態は見たくない。 何か起きてから、あの時言っていれば!! と後悔するのも嫌だし。 うん、そうだ。 そう考えると、胸のつかえが幾分かスッキリした気がする。 「さん!!」 「柳生くん? どうしたの?」 何事もなく、一日も終わり。 そろそろ帰ろうかと、昇降口を出ると柳生くんが私を呼んだ。 かなり慌てた様子らしく、柳生くんはユニフォーム姿だった。 恐らく、部活を抜け出してきたのだろう。 そこまで柳生くんが慌てて、私に一体どのような用件があるのだろうか? 「仁王くんが、貴女に仰ったコトなのですが…」 「え? …あ!! だ、大丈夫だよ。心配しなくても!! 私、口堅いし。誰にも言わないよ!!!」 「ああ、そうですか…って違います!! 仁王くんが言ったコトは全部嘘です!! 出鱈目です!!! 信じてはいけませんッ!!!!!」 柳生くんが、ノリツッコミをした!! さすがだなー、お見事!! …じゃなくて。 「…嘘?」 「そうです」 キッパリと、言い切る柳生くん。 「ホントに?」 「はい」 「……とっかえひっかえ」 「してませんッ!!!」 柳生くんは、全力で否定の言葉を述べた。 そ、そうだよね。 よく考えれば、あの柳生くんが、そんなコトするわけないって気付くよね。 「信じて頂けないのでしょうか…?」 私が黙っていると、不安に思ったのか。 眉を下げ、頼りなさ気な声で柳生くんは問い掛けてきた。 「え?! そ、そんなコトないよ。信じる信じる、柳生くんのコト、信じるよ!!」 「そうですか、それは良かった」 そう言うと、安心したのか、柳生くんはホッと息を吐いた。 その姿を見ていて、何だか申し訳ない気分になってくる。 「私の方こそ、ごめんね? 仁王くんの言ったコト、鵜呑みにして」 「いえ、貴女の所為ではありませんよさん。悪いのは、仁王くんですから」 「…うーん、柳生くんに直接、確認するコトも出来なかったし…」 「ええ、そうでしょうね。解っていて、仁王くんはそのようなコトを言うのですから。困ったものです」 溜息を吐きながら、しみじみと呟く柳生くん。 きっと、今までも仁王くん絡みで苦労もしてきたんだろうなあ。 それでも仁王くんと仲が良いのだから、柳生くんってホントに凄い人なんだな。 その後、誤解が解けた柳生くんは部活へと戻って行った。 「気を付けて、帰って下さいね」 と、別れ際まで柳生くんはお気遣いの紳士だった。 あんな親切な人を疑うなんて、私はダメダメだなあ。 無意識に溜息が零れる。 それにしても、仁王くんめ。 私をペテンにかけるなんて!! きっと今頃、笑ってるんだろうなー…。 でも、良かった。 柳生くんが、イメージ通りな人で。 だけど…。 もし本当に、柳生くんが仁王くんの言った通りの人だったら。 普段は生真面目な優等生、でも裏の顔は…。 「ギャップ萌え、とかいうのかな?」 ちょっぴり危険な香りがするモノに、女性は惹かれるというし。 「でも私は、やっぱりあのままの柳生くんの方が、いいなあ」 「仁王くん、アナタさんに何を仰ったのですか?!」 「いきなり何じゃ、柳生」 「いきなり何だ、ではありません!! アナタが何か言ったとしか考えられません!!!」 「まあ、落ち着きんしゃい。で、に何を言われたんじゃ?」 「…暗がりや夜道で、背後から刺されないよう気をつけろと…」 「ぷッ、くくく。そんなコト言われたんか?!」 「笑い事ではありませんッ!! 変な誤解をされてるみたいで、一体どうしてくれるんです!!」 「くくく、はははは」 「聞いているのですか?! 仁王くん!!!!!」 誤解を解く前、こんな遣り取りがあったとか。 |
2010.05.03