移動教室の為、廊下を歩いていると。
ふいに屋上へ続く扉が、僅かに開いているコトに気が付いた。
何となくそれが気になり、足は方向転換をし屋上へと向かっていた。
階段を上り、扉を手で押せば音も無く開いていく。
すんなり開いた扉の先は、日差しが眩しく思わず顔を顰める。
思わず手を翳し、目を向けた先には、一人の女生徒が居た。

「何してるん?」

「え?」

徐に声を掛ければ、彼女は此方を振り返った。
その表情は、当然ながら驚きの色が浮かべられていた。
暫く、彼女はジッと俺の方を見つめ、ぱちぱちと数度、瞬きをした。

「…えーっと、空を見てました」

「空?」

言われて、空を見上げる。

「太陽が眩しいなー、とか。空が青いなーと思って」

続けられた言葉通り、視界いっぱいに広がる空は青く澄み渡り。
曇一つ無い、キレイな青空だった。
見ていると清々しく、太陽の日差しも暖かく気持ちが良い。

「そうやなー、良い天気やし。それでサボってたん?」

「えッ?! いや、そう言う訳じゃあ…。と言うか、それなら貴方もじゃないですか」

「はは、確かに」

そう言って笑うと、彼女は気まずげな表情のまま、控え目に笑った。

「なあ自分、見掛けん顔やけど。何て言うん? あ、俺は白石蔵ノ介いうねん」

「蔵ノ介? 忠臣蔵みたいで、カッコイイですね!!」

「…お、おおきに」

名前を褒められるコトは、そうあるコトではないので若干、その言葉に面食らう。
それと同時に、他を褒められるよりも、何処か照れくさい感じがする。

「えっと私は、と言います。今日、転校してきたばかりで」

「転校生?」

頷く彼女、に。
そう言えば朝のHRで、転校生が来る、と言っていたコトを思い出す。

「ほな、同級生なんやな」

「ホントに? 凄い偶然!!」

そうしては、満面の笑みを浮かべた。

「でも、転校初日でサボったらアカンやろ」

「うーん…、それには深い訳があるのですよ」

「深い訳?」

「次の授業は移動教室だったんだけど、トイレに行ってる間に皆いなくなっちゃって。
でも歩いてれば誰かに会うだろうし、聞けば良いかなって。
ふらふら歩いてたにも関わらず、誰にも会わなくて。気付いたら屋上に居た、みたいな?」

「それはまあ、災難やったな。地図でも書こか?」

「え?」

「書く程、複雑な訳でもないけど」

「良いの?」

「エエで」

「ありがとう!!」

俺の提案に、は目を輝かせた。
そして了承すれば、にこにこと笑った。
の姿につられ、自然と笑みが浮かんだ。




















予期せず授業をサボるコトとなってしまったが、別段それは構わない。
でもまあ、教師に見付かると後々厄介である。
を伴って、校舎から死角となる場所へ移動し腰を下ろした。
ルーズリーフを取り出して、コンクリートの地面の上。
若干、凸凹している為、線が曲がらぬ様に下敷を置く。
そうして、校舎の地図を描きながら、先程の遣り取りを思い出す。

「さっき、空見ながら何を考えてたん?」

「…え?」

疑問に思っていたコトを訪ねると、は何のコトか解らず首を傾げた。
そのまま暫し考え、ポンと一度手を叩き頷いてみせた。

「ああ、たいしたコトじゃないけど。空は何処で見ても、同じなんだなーって」

「…帰りたいんか?」

俺自身、転校とかしたコトが無いから解らないが。
ホームシックと言うか、転校初日の学校で迷子になっていたは。
前に居た場所を、懐かしく思い返していたのかもしれない。

「帰る? 帰るって、家に??」

「ちゃう、前に住んどった場所にや」

しかし、が口にしたのは、予想外の答えだった。
何やろ、天然なんやろか。
まあ、ふらふら歩いて屋上に居った様な子やしな。
ちらりとを見遣りながら、そんな風に思う。

「うーん…、それは考えたコトなかったなあ」

言われて気付いた、とばかりには呟いた。

「例えば、私がもう少し大人で。一人暮らしとか出来たら、他の選択肢もあったかもしれないけど。
れない所もあるだろうけど、住めば都って言うし。今ある現状に、どう適応するかの方が大事じゃない」

成る程、確かにそれは正しい。
変えるコトの出来ない現実なら、受け入れる他ない。
それに、転校してきたばかりと言うし。
この辺のコトを、全く知らないと言っても良いだろう。
何も知らないのに、この地に居たく無いとか、元居た場所に戻りたい。
そんな風に言われてしまったら、何とも寂しいし哀しい。
けれどそれは、杞憂だった様だ。

「出来たで」

「わあー、凄い。白石くん、上手いね!!」

「そうか?」

「うん。とっても見易いし、解り易いよ」

「そんなら、良かったわ」

にこにこと笑顔を浮かべながら、褒められると、書いた甲斐もあるというモノだ。

「この地図を頼りに、実際歩き回ったらスグ覚えられるかな」

「自分の目で見て回れば、覚えるのも早い言うしな。どうせやったら、案内しよか?」

「え? でも地図まで書いて貰ったのに、悪くない?」

「そんなん、気にせんでエエて」

「ホントに?」

「昼休みでも、放課後でも。いつでもエエで」

「ありがとう!! 転校初日に、白石くんみたいな親切な人と知り合えて、幸先良いなあ。
コレからも宜しくね!!」

「コチラこそ、宜しゅう」

満面の笑みを浮かべ、そんな風に言われれば、自然と笑みが零れる。
心の底からそう思い、出て来たであろうの言葉と笑顔。
偶然であったが、屋上に来て、こうしてと知り会えたコトが。
俺自身も純粋に嬉しく、良い出来事だと心の底から思えた。






2010.09.19