部活の途中、ふと日直だったコトを思い出す。
いつもなら、このままサボるのも有りかと流す所だが。
何となく、気まぐれに教室へ戻るコトにした。

















「…仁王くん? どうしたの、忘れ物?」

辿り着いた教室で、窓際の席に座りぼんやりとは外を眺めていた。
声を掛けると俺の方へ向き直り、不思議そうに尋ねられる。

「日直や思って、きたんじゃが」

「そうなの? …サボっちゃえば良かったのに」

の口からは、そんな言葉が発せられた。
まさか、そんなコトを耳にするとは思わなかった。
どちらかと言うとは、真田や柳生みたいなタイプの人間で。
髪も三つ編にし、服装もキッチリしている。
俺なんかとは、まるで正反対な相手だけに。
小言めいたコトを、何かしら言われるのではと思っていた。
それだけに、の言葉に面食らう。

「何じゃ、サボリを進言するんか?」

「えッ?! 違うよ、そうじゃなくて!!
後は日誌を届ければ終わりだし。わざわざ部活抜けて戻ってきてくれたんでしょう?
無駄足させちゃったなあっと思って。仁王くん、律義なんだね」

慌てて否定の言葉を口にし、感心した様に笑顔で言われる。
それも違う気がする、と思いつつも。
何処かズレた感覚の持ち主らしいに、興味が沸く。

「のう、少し話さんか?」

「え? でも、部活は良いの?」

「構わん」

「うーん…、仁王くんが良いなら、私は問題無いけど。でも何を話すの?」

改めて問い掛けられると、特にコレと言った話題もない。
さて、どうしたものか。

「そうじゃのう…、お前さんとこうして話すんは、初めてじゃな」

「ああ、そういえばそうかも」

同じクラスであるが、こうしてと話しをするのは今日が初めてだ。
他にも、話したコトのないクラスメイトは何人か居るけれど。

「話し掛けても、話してくれるとは思わんかった」

「えッ?! 話し掛けられれば喋るし、用事があれば話すよ!! 声出るんだから」

(そういう問題や、無いと思うんじゃがのう…)

というか、そういう意味で言った訳ではなかったんじゃがのう。
まさか、こんな答えが返されるとは思わんかった。
は他の女子達と違い、きゃーきゃー騒ぎ立てる様なタイプではなく、大人しい方で。
友人と話しをする姿は目にしたコトはあるが、男子と話している所を見掛けたコトは殆どなく。
話し掛けても俯いたり、聞き取れない様な小声で返されたりするかと勝手に想像していた。
けれどそれは想像でしかなく、いい意味で裏切られた。

「それは、用が無ければ俺なんかとは話さんいうコトか?」

「え、否、そういうわけじゃ…。うーん、でも用が無ければ話すような内容もないし…。
何処の誰とも知らない相手に話し掛けられても、何だコイツ? ってならない?」

「クラスメイトが、知らん相手にならんじゃろ」

「ああ、言われてみればそうかも」

今気付いた、という様には笑った。

「そういえば、前から思ってたんだけど」

「何じゃ?」

「仁王くんて詐欺師って言われてるんでしょう?」

「まあ、のう」

「それって、何の詐欺? オレオレ詐欺とか??」

何を言い出すかと思えば、普通に考えれば解りそうなモノ。
ちらりとの顔を見ると、真剣な眼差しに表情。
本気で言ってるであろう、下手なコトを言えば信じかねない。

「…そんなコトは、しとらん」

「え?! そうなの?」

答えれば、物凄く驚いたリアクションをする。

「そうじゃ、それに詐欺師やのうて、ペテン師じゃ、ペテン師」

「それじゃあ、犯罪を犯してるわけじゃないんだ」

「当たり前じゃ」

肯定すれば、何処か安心した様な表情を見せた。
本気で詐欺を働いていたと思っていたのか。

「でも、ペテン師って言い換えると、ちょっと悪いイメージじゃなくなるね」

「ほう、どんな風に?」

「例えば…、マジシャンが手品を披露すると観客が、おおッ!! てビックリして歓声を上げるでしょう?
こう、イリュージョン的な。何かを生み出すアーティストみたいな?」

そんな風に言われるのは、初めてだった。
なかなか面白いコトを言う。
思わず口元に、笑みが浮かんだ。

「あ、もうこんな時間!! あんまり遅くなると、先生帰っちゃうよね」

言われて時計を見れば、教室へ戻ってきてから三十分程経過していた。
そんなに時間が経っていたのかと驚く。
自分でも気づかぬ内に、随分と熱心にと会話をしていたらしい。
それだけ新鮮で、楽しかったというコトか。

「それじゃあ、私は日誌を届けて帰るから。仁王くんも部活、気を付けて頑張ってね」

「後のは解るが、気を付けるとは何じゃ? 怪我か?」

「それもあるけど、ほら真田くんて厳しいんでしょう? ダイブ遅くなっちゃったし」

心配そうな表情を浮かべ、そう言う。
成る程、真田のコトか。
確かに真田は、口喧しい所があるし。今から戻れば、あれこれ言われるのも間違い無いだろう。
それでもと話したコトは、後悔していないし。真田の小言をかわす術くらいは、いくらでもある。

「心配せんでも、大丈夫じゃ」

「ホントに?」

その言葉に、頷いてみせると安心した様に、は笑った。



そうして荷物を持ち、教室を出て行こうとするを、思わず呼び止める。
何? と振り返るに、どうしたモノかと思う。

「またこうして、話してくれるか?」

逡巡し、出てきたのは、何の捻りもない言葉だった。

「勿論、いつでもお暇な時にどうぞー。それじゃあ、またね。仁王くん」

そう言い残し、今度こそは教室から出て行った。

「またね、か」

の姿を見送りながら、なかなか良い言葉だと思った。
そうしての後を追う様に、教室を出てテニスコートへと歩みを進めた。






2010.05.24