「もうスグ、バレンタインやな」 「あー、言われてみれば。コンビニなんかにも、特設コーナーとか出来てるもんね」 よっちゃんに言われて、今が二月であるコトを思い出す。 二月のイベントといえば、バレンタインか閏年くらいだが。 生憎と今年は、閏年ではない。 「なあなあ、今日の放課後チョコ買いに行かへん?」 「よっちゃんは、誰かに渡すの?」 「うちはやっぱり白石くんかな? …あと幼馴染のよしみで謙也」 「それじゃあ私は、父にでも買おうかな」 「何言ってんねん!! は、一氏に渡すチョコ買わな」 「一氏くん?」 「当たり前やろ!!」 「…渡すコトは、考えてなかったなあ。というより、バレンタイン自体忘れてたくらいだし」 「積極的に攻めなアカンで、!! 恋は先手必勝、惚れさせたもん勝ちや!!!」 「うーん、色々とお世話になってるし。渡さない方が不義理だよね」 よっちゃんの中では、私が一氏くんのコトを好きだというのは確定らしい。 まあ、好きか嫌いかでいえば好きだが。 しかしコレが、恋心なのか? 疑問に思っていたが、何だか散々言われ続けた所為もあってか。 一氏くんに、恋をしている様な気もする今日この頃。 洗脳? 催眠療法?? 後者は少し違うか。 とりあえず、恋心は一先ず置いておくとして。 放課後、よっちゃんと二人でチョコを買いに行くコトになった。 チョコ売り場へと足を踏み入れると、普段の雰囲気はなく、ガラリと内装が変わっている。 特設会場が出来て、至る所にハートやらピンク、色とりどり煌びやかに飾られていた。 何処の菓子メーカーも、バレンタイン商戦に気合いが入っているのが、ひしひしと伝わってくる。 当然ながら、右を見ても左を見ても、様々なチョコレートが並べられ。 売り場内は、チョコを買い求める人の熱気と、甘ったるい匂いが満ち溢れていた。 「色々あるな~」 「寧ろ、あり過ぎて困るね」 何処を見回しても、チョコレートだらけ。 さすがにコレだけ種類があると、選ぶだけでも一苦労だ。 「美味しそうやな」 「普通に自分で食べたいね」 「そやな、自分用にも何か買うてく?」 「そうだねー」 売り場内を見て回ると、どれも美味しそうだ。 試食出来るコーナーもあり、摘んで口に入れながら、一体どんなモノを渡せば良いのか考える。 しかしながら私は、一氏くんの嗜好が解らない。 甘いモノは、嫌いでは無いと思うが…。おくらが好きだ、というぐらいしか知らないし。 おくらチョコ、なんてモノは売ってないだろう。 こんなコトなら、もっとリサーチとかしておくべきだった。 今更そんなコトを思っても遅いし、さてどうしたものか。 散々悩んだ挙句、ホワイトチョコ・ミルクチョコ・ビターチョコ・ゼリーの入っているチョコ。 おくら入りのモノはさすがに無かったので、変わりにはならないが抹茶のチョコ。 ばら売りさた、一口サイズのチョコレート。 好みが解らなかったので、とりあえず代表的と思しきモノを一つずつ選んだ。 後は父親の分と自分用を買おうとしたが、どうせなら友チョコを渡し合おう。 というコトになり、私はよっちゃんに渡す物を購入した。 それに加えて、ラッピング。 一氏くんは藍色が好きらしいので、包装紙は藍色と青の二色。リボンは黒い物を選んだ。 少し地味かな? とも思ったが、好きな色らしいし。 どうせ渡すのなら、ラッピングくらいは好みの物が良いだろうというコトで決定した。 それらの入った紙袋を提げ、こうして本格的に誰かの為に用意するのは初めてだなと思い至る。 まあ、父親や幼稚園の頃とかにならば、一つや二つ渡したコトぐらいある。 それらをカウントして良いのか、些か微妙な所であるけれど。 とりあえず初めてのコトなだけに、気合いが入る。 手作りした訳ではないが、何事も初めが肝心というし。 そして迎えた、バレンタイン当日。 私は、ある重大な問題に行き当たった。 「ねえ、どうやって渡せば良いと思う?」 そう、渡し方である。 あの後、何も考えていなかったが。 渡し方は、とても重要なコトではないかと、当日になって気が付いた。 とりあえず、よっちゃんに相談してみる。 「そんなん、普通に渡せばエエやんか」 「えー…、それって芸がなくない?」 「は?」 そうだ、芸がない。 何せ、私がチョコを渡す相手は、あの一氏くんなのだ。 「だって一氏くん、お笑いの探求者だよ? 普通に渡したら、おもろないわ。とか思われそうじゃない?」 「…そこは普通でエエやろ、一氏かて面白味なんて求めてないと思うで」 果たしてそうだろうか。 お笑いの探求者、オモシロ探索委員な一氏くんが、普通なんてモノを求めているのか? 否、求めているわけがない、答えはノーである。 何か、何か無いだろうか? 「うーん…、お面を被って渡すとかは?」 「持ってるんか?」 「ない。…じゃあ紙袋を被るとか?」 「面白い言うより、不審者やろ」 …不審者か、それでは意味が無い。 「下駄箱に入れとくんは?」 「えー…、そんな所に入ってた物、いくら梱包されてても私なら食べたくない」 「…妙な所で律儀というか、なら机の中に入れとくのは?」 「入れとくタイミングが無くない?」 「もう深く考えんと、手渡しすればエエやん」 結局、いいアイデアは出なかった。 当然だ、バレンタイン当日なのだから。 どうしてもっと早く、気付かなかったのだろうか。 せめて昨日の段階で思い出していれば、何か浮かんだかもしれないのに。 「…困った、コレじゃ渡せない」 まさか、バレンタイン当日に、こんな最重要事項に気付くなんて。 はあーっと思わず溜息が零れる。 その後、何か参考にならないかと、他の人達を観察してみた。 真っ先に目についたのは、白石くんだ。 さすが完璧なイケメンなだけあって、凄い数の女子に囲まれてる光景が広がっていた。 加えて、無駄の無い動きで女子を捌き? チョコを受け取る姿は。 ドラマとかだけでなく、実在するんだなあ、一見の価値あり。 凄いなあと思い、感心はしたものの、全く参考にはならなかった。 忍足くんは、よっちゃんに箱を投げつけられ、顔面でキャッチしていた。 「何すんねんッ!!!」と怒り、その後見事な漫才が繰り広げられた。 さすが幼馴染、息もピッタリだ!! しかし残念ながら、私と一氏くんとでそれが出来る筈も無く。 コレも、参考にはなかなかった。 結局、何の案も浮かばず、途方に暮れる。 後は定番の、何処かへ呼び出す。というモノがセオリーだが…。 うーん、呼び出しかあ…。 様々な場所に指令書的なモノを置いて、最終的に辿り着いた先に置くとか? 何だか、パンチが足りないなあ。 それならば、落とし穴を掘って、その上に置いておくとかどうだろう? いやいや、下駄箱がダメなのに、地面に置くのは、もっとダメだろう。 じゃあ、一氏くんが落ちた所を確認して、上から落とすとかどうかな? ………何か、それじゃあ、唯の嫌がらせの様な気がする。 そもそもコレ等は、面白いのだろうか? というか、面白いって何?? 考えている内にループに陥り、何だか訳が解らなくなった。 そうして、ぐだぐだと悩んでいる内に、気付けば放課後になっていた。 しかも未だ、良いアイデアが浮かばないなんて!! どれだけ私の頭は、貧相な思考しか持ち合わせていないのだろうと、激しく落ち込む。 けれどそこで、ハッとする。 辺りを見渡すと、教室内に残っている人間は私以外に誰もいない。 慌てて一氏くんの教室へ行って見るも、誰一人居らずガランと静まり返っていた。 「うわあー…、コレじゃあ本末転倒だ」 もうこうなったら、一日遅れになってしまうが、机の中に入れておくしかないかもしれない。 嗚呼、面白味にも欠けるし、地味すぎる。 だからといって届けるコトは、家が何処なのか知らないので出来ない。 あ、でも部活に行っているかもしれない。 テニスコートへ行けば、まだ一氏くんが居るかもしれないな。 「ん?」 そう考えた矢先、ふと窓の下を、見知ったバンダナ頭が過ぎった。 「一氏くんだ」 部活へ向かう途中なのか、はたまた帰宅途中なのか。 隣には、金色くんの姿もあった。 その姿を見つめながら、コレは千載一遇のチャンスが到来したのかもしれない。 とは言え、今から向かった所で間に合う訳もないし。 そうなると、ココから出来る方法は、一つしかない。 あまり面白味もないが、もうこの機を逃したら後が無いだろうし。迷っている暇はない。 意を決し、音を立てない様、窓を開け。 「一氏くん、パースッ!!!」 そう叫び、窓の外へとチョコレートの入った箱を放る。 キレイな放物線を描きながら、落下していくソレを見届ける前に身を屈め、こそっと窓を閉める。 受け取った姿は確認出来なかったが、一氏くんにチョコを渡すコトは出来ただろう。 「な、何や?!」という一氏くんの声が聞こえたし。 とりあえず、ミッション完了? どうにも満足行くモノではなかったが、渡すコトは出来たし。 終わり良ければ、全てよし? 反省点も多々あるが、こうして私のバレンタインは幕を下ろした。 翌日。 「、結局どうやって渡したん?」 学校へ行くと、よっちゃんが聞いてきた。 「一氏くんが通り掛った時に、窓から放り投げたんだけど。 もう咄嗟だったし、何の面白味も無い貧相な発想しか思い浮かばなかったよ…。」 昨日の出来事を思い出し、己の不甲斐なさをも蘇り。 自然と溜め息が零れた。 一連のコトで思い知らされたのは、私には圧倒的にお笑いの経験値が不足しているというコトだ。 その為にも、お笑いについてもっと勉強しなくてはいけないと思うが。 だからと言って、そう簡単に身に付くモノではないし。 「面白い渡し方は、兎も角として。せめて好きなモノを渡す方が、嬉しいだろうから。 来年は、おくら入りチョコを作ろうかと思うんだけど。どうかな?」 「…アンタ、色々と間違っとるわ」 「え、ダメかな? …それなら、おくらフォンデュとかどう??」 「知らんわ!!!」 私の言葉に、よっちゃんからは、怒った様な呆れた様な返事が返ってきただけだった。 とりあえず来年に備え、今日からおくら料理の研究をしようと思う。 |
2011.02.14