「ああーッ?! あーあー…」

廊下を歩いていると、何とも微妙な声が聞こえてきた。
何だ? と思い辺りを見回せば、どうやらその声は家庭科室からのようだった。
ドアに近付き、中の様子を伺ってみれば。

?」

「え? 一氏くん」

「何してるん?」

「ちょっと、課題の残りを…」

の方へ近寄ると、グルグルと糸を巻いていた。
何をしてるのか、不思議に思い手元をジッと見つめると。
気まずそうに、が目を泳がせた。

「…ミシンを使おうと思ったら、下糸が切れてて。補充しようと思ったんだけど。
失敗して、糸だけ回っちゃって…」

成る程。それで、声が聞こえたのか。

「まあ、ちゃんと糸が通って無かったんやな」

「………うん、一時間も掛ってこの惨状ですよ」

「はあ、一時間て、有り得んやろ?!」

思わず口にすると、どんよりとは俯いた。

(や、やばッ!!)

つい本音が出てしまった。
そんなつもりは無かったのだが、傷付けてしまったらしい。
どないしよう、と動揺しているとが顔を上げた。

「…手縫いは得意だけど、ミシンはちょっと、苦手なだけだよ」

上目遣いで、うっすら頬を赤らめ膨れた様に、ぽつりと呟いた。

「ッ?!」

な、なんちゅー顔をしとんねん!!
可愛エエやないか……って、ちゃうちゃうちゃう!!!
そうやなくてッ!!!!

「ほ、ほな俺がやったる!!」

「え?」

返事を待たず、から糸を受け取りミシンにセットする。
若干、動揺した所為で手元が振るえそうになるも。
そこは根性で乗り切り、素早く取り付ける。

「一氏くんは、手先器用だけど。家庭科も得意なの?」

「ん? まあネタの小道具なんか作ったりしとるし、割と得意な方やな」

「へえ…、親切で面白くて、手先が器用でカッコイイなんて凄いね」

ゴンッ

の言葉に、頭をミシンに打ち付けた。

「ど、どうしたの、一氏くん!! もしかして、貧血?!」

「…何もない」

「ほ、ホントに大丈夫?」

「何処も平気やから、心配せんでエエ…」

何ちゅーコトを、言ってくれるんやは。
にしても、貧血て。見当違いも、いい所やし。
サラッとそういうコトを言うのは、勘弁して欲しい。
ましてや俺は、白石みたいに言われ慣れてる訳でもないだけに。
顔が赤くなっていないか、心配だ。

「四天宝寺に来る前ね、家庭科の授業でパジャマ作るコトになってたの」

何とか気を逸らそうと考えていると、が話し掛けて来た。

「パジャマ?」

「うん、作った所で着ないだろうし。もっと実用的なモノ作れば良いのにね」

「そうやな」

の話しを聞きながら、ミシンのスイッチを入れ、下糸を巻く。

「それで、ズボンの左右を前身ごろと後ろ身ごろを間違えて縫い合わせたらしくて…。
気付いたのは、縫い終わった後でね。もうミシン縫いでしょう? 縫い目が細かいし解くの面倒だし。
どうしようって思ってた矢先、転校するコトになって。ラッキーみたいな?」

「…そうやな」

何ちゅーか、それ以外に掛ける言葉が見つからなかった。
前と後ろを間違えて縫い合わせるって。
うーん…でもまあ、稀には起きる間違い。……かもしれんしな。
は相当、ミシンの扱いが苦手なのだと言うコトは、よく解った。

「…来年も、何か作る実習があるのかと思うと、憂鬱だなー…」

本当に憂鬱そうに溜め息を零す
その姿を、ちらりと見ながら。

「…そん時は、また俺が手伝ったるから、心配せんでエエ」

何気なさを装いつつも、声が上擦らない様に。
俺としては結構、積極的に押してみた。

「ホントに?」

「お、おん」

「ありがとうッ!!!」

にっこりと笑顔を浮かべ、嬉しそうにはそう言った。
その姿に、断られなかったコトにホッとし、視線をミシンに戻した。

「それじゃあ、来年は一氏くんと同じクラスになれると良いね」

「ッ?!」

思ってもみなかった爆弾を、投下された。
にとっては、何気ない一言だったかもしれないし。
その方が、効率が良いから。とか、そんな風に思ってのコトかもしれない。
それでも、俺と同じクラスになれたら良いと。
どんな理由であれ、少しでもそう思ってくれたのは嬉しかった。
さすがに、俺には同じセリフは言えなかったけれど。
俺も、と同じクラスになれたら良いなと思った。






2010.10.05