「」 「一氏くんも、今から帰る所?」 「そうや、もか?」 「うん、偶然だね」 笑みを浮かべながら、が言う。 ほんま言うと、の姿を見掛けたから急いで来たんやけど。 それは、黙っとこうと若干、目を逸らした。 「そういえば一氏くん、一人なの? 金色くんとかテニス部の人達と一緒じゃないのは、何か珍しいね」 「小春は、家の用事があるとかで先帰ったんや。他の奴等は…、いつも一緒に帰ってるわけやないし」 「へえ、そうなんだ。一氏くんの家は、こっち方面なの?」 「おん、もそうなんか?」 「そうだよ」 「奇遇やな、ほな途中まで一緒に帰らん?」 「良いよ、一緒に帰ろう」 そう言って笑うを横目に、断られなかったコトに安堵の溜め息をこっそり零した。 一緒に帰るつもりでを誘ったは良いが、こんな風に二人並んで歩くなんてのは初めてで。 今更ながら、緊張する。 俺達はクラスも違うし、学校に、教室に行けば必ず会えるという訳ではない。 だから二人きりになるなんてコトは、滅多にというよりも皆無に等しい。 そう考えると、階段事故以来初めてのコトだな。 なんて思っていると、グー…っと腹が鳴った。 「…」 何故、今このタイミングで、腹が鳴るんや!!! 有り得んやろ!! 腹の虫も空気読め!!! ダッサいわ俺、ダサ過ぎやッ!!! もう、埋まってしまいたい…。 「一氏くん、お腹減ってるの?」 「…ま、まあな」 バッチリにも、聞こえとるし。 最悪や…。 「そっか、テニス部は練習大変そうだし、お腹も空くよね」 地味に凹む俺を余所に、は真面目な顔をしてそう言った。 笑ったり馬鹿にせんは、優しい奴やなと思いつつ。 でもこの際、笑い飛ばしてくれた方がマシな気がすると。 微妙な感情が、鬩ぎ合った。 「あ、そういえばカップケーキがあるけど、食べる?」 「カップケーキ?」 「うん、今日調理実習で作ったんだけど」 そうして鞄の中から、カップケーキを取り出すと。 はい、どうぞと差し出される。 「…俺が貰って、エエんか?」 突然の展開に、驚きつつも。嬉しくもあった。 しかしながら、綺麗にラッピングされたそれを前に、躊躇う。 誰かに渡すつもりで居たのではないか? そう思うと、受け取り難い。 「うん、家に帰ったら自分で食べるか、親にあげようかと思ってたし。 ラッピングは、余りモノを貰っただけだから」 だから遠慮せずに、どうぞとに言われ。何だか前にも、同じ様なコトがあったなと。 アレは確か、が階段から落ち、お礼としておくらを持ってきた時だ。 それを思い出し、思わず笑みが浮かんだ。 「おおきに」 「どういたしまして、とは言え、私は作ってないんだけどね」 「は?」 ラッピングされたカップケーキを、まじまじと見つめていると。 は、そんな言葉を紡いだ。 調理実習で作ったと言っていたのに、作ってないとは。 コレ如何に? 「実習の班は、五人くらいでしょう? で、女三男二だったんだけど。 作り終わった後、プレゼントとして渡す人も居るみたいで張り切ってる人が多いのね」 言われて思い返してみると、確かにそんなコトがあった日は。 白石とか白石とか白石に、女子が殺到していた様な気がする。 「その内の女子二人が主導で、実習が進められたの。それで指示さたコトを、私達三人がする感じ。 だから私は、洗い物したりお皿出したりとかしかしてないんだよ」 確かに調理実習は、班単位で行われるが。 仕切っているのは、女子の場合が高かった様な気がする。 成る程な、と思いつつも。 も女子なのに、そちら側で無いコトが若干気に掛る。 「その二人には、渡したい相手が居たみたいだから気合いが入ってたんじゃない? それに、率先してやりたいなら、そうしたい人がすれば良いと思うし」 うーん…、そんなもんなのだろうか? まあ、率先してやる言うんは、それだけ自信もあるっちゅーコトなんやろうしな。 逆にとやかく口出しすれば、その方が喧しく文句も言われそうやし。 何もせんと、見とってエエ言うんなら、楽は楽やしな。 うん、そんなもんか。 「やっぱり女の子は、そういう家庭的? お菓子作りが趣味です、みたいな感じの方が良いのかな?」 「そんなコトもないやろ」 「そう? 一氏くんは―…あ、ゴメン。愚問だったね」 「何がや?」 「え、否、だって。ねえ?」 「?」 首を傾げながら、そう言われても意味が解らん。 「一氏くんの好みのタイプって、金色くんなんでしょう? なら、今の質問は無意味だったかなと思って」 「ッ?!」 それはつまり、俺と小春がデキてると思うとるんか? ホモや思っとるコトか?! …嗚呼、そうやった。 は男同士が好き合ったとしても、フリーダムとか言う様な広い心の持ち主やった。 あれから、そんな話しせんし。そもそも、切り出すタイミングも無かったし。 寧ろ、そないなコト言うたら、何で知ってるんや? って話しやしな。 まさか、盗み聞きしてました。なんて言える訳がない。 ちゅーか、アカン。 つまりそれは、男として見られとらんってコトやないか。 意識もされとらん、そういうコトやないか!! それは、恋愛云々に進展する以前の問題やないか?! 衝撃を受けつつも、何とか誤解は解いておかねばならない。 「…あんな、一つ言うとくけど。俺ホモちゃうで?」 「んん?」 「小春のコトは確かに好きやけど。そういう好きと違うし」 「ふうーん、そうなんだ」 「おん」 「それじゃあ、彼女が欲しいとか思うの?」 「うえッ?!」 まさか、そう切り返されるとは思わんかった。 その所為で、変な声が出てしまう。 (ど、どないしよう…) 「あー…、でも今は部活が大変だろうし。それ所じゃないか」 その言葉に動揺し、慌てるも。 は尋ねておきながら、一人で自己完結をしてしまった。 今更、変に訂正やら付け加えるのも微妙で。 寧ろ下手に付け加えでもしたら、遠まわしにのコトが好きだ。 などと告白する様なモノではないか。 否、間違ってはいない。間違ってはいないが。 何かこう、勢いでうっかり告白してしまいました感も否めない。 さすがにそれは、無いやろ。そう思うと、口を噤む他なかった。 「そういうは、彼氏とかおらんの?」 「え、私?」 (しまった、何をストレートに聞いてんねん俺は!!) 話しの流れもあるし、気になるのも確かだが。 どうやらまだ、平常心が戻っていなかったらしい。 (うおぉぉ…、こない時はどないしたらエエんや、助けてくれ小春~!!) 思わず、ココに存在しない相手に縋り付いてしまう。 「私の未来予想図では、恋人もいないし、結婚もしないんだよ! 年を取った両親の介護をして、そんな両親をいつか看取り、その数十年後に老人孤独死か?! のニュースで終焉を迎えるんだよ。嗚呼、なんて寂しい私の人生!!! そんな女が一人生きて行く糧は、やっぱり公務員になるのが良いと思うんだけど、どう思う?」 「どんな未来予想図やねん!! 、今いくつっちゅー話しやないか!! 俺らまだ、夢や希望に満ち溢れた10代やろ!! もっと明るい未来想像しいや!! まあ、でも公務員は安定しててエエと思うけどな。…ってそこだけ、真面目か?!」 「おお!! さすが一氏くん、ナイス突っ込み!!!」 つい突っ込んでしまったが、何を褒めとんねん。 ちゅーか、何を言い出すんや!! コレもなりの、ギャグなんやろか? シュールというか、微妙に真実味もあるから、相変わらず解り難いわ。 あー…、何やろな。 結局、に彼氏はおらんって話しで良いんか? 相変わらず、よく解らんというか、奥が深いというか。 誤魔化された感が、しなくもないが。 多分、気の所為やろ。 吉野と二人で、話しとった時も思ったけど。ほんまに、突っ込み所多すぎや。 思わず、溜め息が零れる。 「四天宝寺に転校してスグの頃ね。さすがにこの校風には、馴染めないって思ったの。 校長先生のボケには、全員こけるとか。正門のボケとか、部活は運動部と文化部掛け持ちとか。 最後のはちょっと違うけど。兎に角、お笑いに懸ける熱意みたいなのが半端じゃなくて」 突然、がそんなコトを言い出した。 何事だろうか、と不思議に思いつつも、とりあえず黙って話しを聞く。 確かにの言う通り、他の学校と比べても、これ程までに笑いを取れやら。 校風にまで掲げている所は、他に無いとは思う。 俺ら大阪で生まれ育った人間でも、そんな風に思うのだから。 生まれも育ちも、全く違う場所から転校してきたにとっては、余計に感じられただろうし。 戸惑いも、一入だったに違いない。 「でももう、ココで生活して行かないといけないし。どうしようと思って、校内をふらふらしてる時にね。 華月の傍を通ったら、笑い声が聞こえて。中に入ってみたら、一氏くんがモノマネライブをしてた」 いつのコトを言っているのか、解らないが。 転校したてとなると、数ヶ月は前の話しなのだろう。 「正直ね、転校してきたばっかりで似てるのかどうか、私にはよく解らなかったけど。 他の人は凄く楽しそうに、笑ってて。だから、凄く似てるんだろうなって言うコトだけは、解った」 そう言われてみると、その頃に一人だけ笑いもせず、ぽかんと見てる奴が居た。 ……様な気がする。 見てる側からは、解らないかもしれないが。舞台からだと、客席に居る人間の表情まで見える。 アレが、だったのだろうか? 人間観察を得意としているが、あの時はかなり後ろの方だったし。 思い出そうにも、薄らぼんやりとしてハッキリしない。 それに俺が覚えている限り、あの時、一度きりしか無表情だった奴はいなかった筈だ。 「舞台に立ってる一氏くんの姿は、私にとって衝撃的で凄かった。 ぐだぐだ悩んでるのが馬鹿みたいで、物凄くちっぽけなコトに思えた。 急に視界が開けた様な、世界が変わったって言うか。そう私に思わせてくれて、一瞬で惹き付けられた。 きっかけは階段事故だったけど、こうして一氏くんと知り合えて。 話しが出来る様になったり、一緒に帰ったり。そういう関係になれて、私は凄く嬉しいんだよ」 そう言っては、満面の笑みを俺に向けた。 瞬間。 心臓が止まるかと思った。 「それじゃ、私はこっちだから。また明日ね!!」 返事も待たず、は背を向けると小走りに遠ざかって行く。 俺は何も言えずに。 唯、ぼんやりと、その姿を見送るコトしか出来なかった。 「……アカン、何やそれ。最高に、反則やろ」 声が出たのは、の姿が随分と小さくなった頃のコトだった。 あれ以上の褒め言葉を、俺は知らないし。 恐らく、ああいうのを、殺し文句と言うのだろう。 の姿が見えなくなっても、暫くその場から動くコトが出来なかった。 |
2010.05.15