落ちるきっかけなんてのは案外、単純なのかもしれない。










、好きな人おらんの?」

突然、聞こえてきた声に、思わずぎょっとする。
話しをしているのはと吉野、謙也の幼馴染だ。
盗み聞きをしている様で、少し後ろめたい気分になる。
だが、最初から自分はこの場にいたわけで。
後から二人がきて、勝手に会話を始めたのだ。
自分がこの場を動くのも、微妙に思える。
言い訳がましく、どうしようか悩んでいる内にも、会話は進んで行く。
それによるとに、好き相手はいないらしい。
というか、夢も希望もないとか。
吉野の言う通り、辛気臭いやら切ないコト言うなや。
もっと気楽に、友達に会う為。とかでもエエやないかと思う。
まあ若干、冗談めいては言ったのかもしれないが。
あの事故以来、と会話をする様になり、真顔で冗談を言ったりするコトが解った。
ただ、の口にする冗談は、冗談に聞こえない所があるので。
少々性質が悪いというか、解り難いというか。突っ込み辛い。

「白石くんとか、カッコエエやんか」

ぼんやり思っていると、白石の名前が聞こえてきた。
そういえば、吉野は白石のファンだった。
なら白石の名前を上げるのは、自然な流れかと思う。

「確かに、白石くんはカッコイイと思うけど」

吉野の言葉に、同意するの声。
無駄にイケメンで完璧やし、何たってバイブルや。
俺だって、そう思うし。当然のコトかと思うけれど、何となく面白くない。
そうして話しは終わらず、テニス部内で誰がタイプかという展開になった。

(おいおい、なんちゅーコト聞いとんねん)

内心ではそう思いつつも、が一体、どういうヤツがタイプなのか興味もあった。
というヤツは、ゆっるゆるの校則にも関わらず。
髪をきっちり三つ編にして、ぴしっとした服装をしている。
髪を下ろして、ゆるく制服を着崩した人間が多いだけに、逆に目立つ。
いつもニコニコしているわけではなく、どちらかと言えば少しボーっとしていて。

(階段からも、落ちたしな)

イマイチ、何を考えているのか解り難い。
以前吉野が、成り済まし詐欺だとのコトを評していた。
第一印象が衝撃的なコトもあり、そんな風に思ったコトはないけれど。
割と大人しい方だが、無口とか愛想が無いわけでもなく。
パッと見た感じ、そう思えなくもないのかもしれないが。
既に今のを知っているだけに、そんな風には見えない。
俺がモノマネを披露すると、驚いた表情を浮かべ、凄い似てる!! と笑顔を浮かべてくれる。
その表情は、可愛いなと思…。
いやいやいや、何を言っとんねん、俺は。

「テニス部で言ったら、決まってるでしょう」

の言葉に、ハッと我に返る。
そうして、ああ、そうだろうなと思う。
テニス部内で言えば、流れ的にも一人しかおらん。
どうせ、白石なんやろうな。
結局、イケメンには敵わない。

(はあー…、なんや、がっかりやな……。ん? がっかりって何や?)

「一氏くん」

「ッ?!」

思わず溜め息が零れた所に、いきなり名前を呼ばれ焦る。

(気付かれとるんか?!)

さすがにそれは、マズイ。
しかし今更、この場を離れるコトも出来ないし。
どうすべきかと、あたふたと周囲を見回す。

「でもタイプで言ったら、私は一氏くんが好きだし」

(なッ!!)

思わず声が出そうになり、慌てて口を手で押さえる。

「まず顔が好みだし」

顔が好みって、ホンマか?!
何や、顔で褒められたんは初めてや。
そもそも、所詮、白石には適わん思っとたしな。ビックリや。
ちゅーか吉野、お前はもっと自重せいッ!!!
誰が爬虫類っぽいや!!!
それを受けたも、どんな発想やねん。
褒めとるんやろうけど、何や微妙やな。
大体、吉野。お前、さっきから何やねん。
モーフォー言うなや!!
そりゃあ小春のコトは好きや。
お笑いのセンスも凄いし、むっちゃ頭もエエし。尊敬する。
小春に対する好きは、言わば行き過ぎた友情みたいなもんや!!
俺かて、普通に女子が好きっちゅー話や!!!
そこでも、すんなり受け入れ過ぎやろ!!!
どんだけ、広い心の持ち主なんやッ!!!
それにしても、ホンマにの言う通り、吉野お前、俺に何ぞ恨みでもあるんか?!
無いって、論外て、どんだけ酷い言われ方やねんッ!!!
ホンマ、腹立つヤツやなー。
もう、何か聞いてるだけで疲れたわ。
ツッコミ所、あり過ぎや。
ちゅーか、何て言うた?!
お気遣いの紳士!!
爽やかな笑顔!!!
キラキラ輝いてる!!!!
王子様みたい!!!!!
マジか?!
マジで言うてるんかッ!!!!!
ちょ、おまッ?!
どんだけ俺を褒めちぎんねんッ!!!!!
面と向かって(と言うか盗み聞きになってもうたが)そこまで褒められたコトがない。
慣れてなへんから、めっちゃ照れるし、恥ずかしくなってきたわ…。
あー…、その上、何や俺に会うのを楽しみに学校に来る?
何を普通に、賛同しとるんや。
こんな会話を聞いたら、意識するやろ。
あそこまで言われて、嬉しくないわけがないやん。
何とも思わん方が、オカシイ話しや。
コレから、どんな顔して会うたらエエねん。
自分でも単純で、アホだと思う。
ただの友人が、気になる存在に変わるきっかけなんて、そんなもんかもしれん。

『人生マネたモン勝ちや、人生ホレたモン負けや』

この言葉を、座右の銘としてる俺からすると。
勝負する前から、既に完敗なんやろなと思う。
徐々に頬が火照って行くのを感じながら、それでも悪くないと嬉しく思う自分が居る。
その事実に気が付き、口元に笑みが浮かんだ。






2010.04.28