隣の席に座っているヤツは、少し変わっている。 今年、初めて同じクラスになったそいつは、という。 どちらかといえば、大人しく・目立たない・地味なタイプに分類される。 けれど、居なければ気が付く程度に存在感はある。 友人と話さないわけではないが、大概、本を読んでいるコトが多い。 そいつと話したコトはない。 いつも真面目に授業を受けているが、自習になったその日は珍しく居眠りをしていた。 かくかくと前後する頭、何ともなしに見ていると、今度は左の方へと傾いた。 そのまま行ったら危ないんじゃないか? そう思った矢先、ごつんと窓枠に頭がぶつかった。 「痛ッ」 さすがに衝撃で目が覚めたらしく、小さく声を上げ頭を擦る。 思わず、吹き出しそうになるが堪え、何食わぬ顔で手元の本へと視線を移す。 暫く周囲を見遣り、誰も気付かなかったコトに安堵したのか、息を吐く気配を感じた。 これだけの距離にいて、気付いてないと思うのは、逆に凄い所だと口元に笑みが浮かんだ。 その日は、休み時間に忍足と向日がきた。 部活のコトで、話しがあるらしく。 まあ、取るに足らない様な内容だったけれど。 そうして暫く、下らない話しを(主に向日が、時折それに忍足がツッコミを入れていた)していると。 が机に突っ伏した。 具合でも悪いのか? と暫く見ていると、身体が小刻みに震えている。 声を掛けるべきかと思っていると、突然ガタンと立ち上がった。 何事かと思う間もなく、俯き加減で、且つ、足早に教室を出て行った。 「どうしたんだろうな?」 「何や、えらい慌てとったな」 「やっべ、そろそろ行かないと。次、移動教室だった」 「ほな、またな」 忍足達に適当に返し、先程見送ったの様を思い出し。 アレは、具合が悪かったのではなく、笑いを堪えていたのかと振り返る。 それにしても、あれ程までに、笑いのツボを刺激されるコトでもあったのか? の隣を見ると、机の上には本が置かれていた。 少し興味が沸き、それを手に取り、カバーの掛けられた本のページを開く。 『こころ 夏目漱石』 笑い所がある内容ではない筈。 何だったのか、イマイチ解らない。 変わったヤツだから、もしかするとこの内容で本当に笑ったのかもしれない。 否、さすがにそこまではないだろうと思いつつも、些か気になった。 その後、はチャイムが鳴るぎりぎり前に戻ってきた。 思わずジッと視線を向けてる。 恐らく、俺の視線に気付いているだろうに、と視線が絡むコトはなかった。 存外、意思は強いらしい。 その日の放課後、生徒会の仕事が思いの他長引いた。 下校時間も過ぎ、人気のない廊下を歩いていると、色気もない若干、棒読みのような悲鳴が聞こえた。 行く方向と同じだった為、無視するわけにもいかないかと足を進めると、一人の女が倒れていた。 状況から察するに、階段から落ちたのだろう。間抜けなヤツだ。 「おい」 「痛ーッ……、もう、有り得ないし…」 声を掛けると、そう言って上半身を起こした。 よく見れば、知った顔。だった。 「大丈夫か?」 「…?」 そう言うと、は顔を上げた。 暫く、俺の方をジッと見ると、首を傾げた。 「……め、眼鏡!!」 何だと思っていると、そう声を上げ辺りを見回しだす。 ああ、言われてみればいつも掛けている眼鏡をしていなかった。 階段から落ちた時に、外れたらしいそれは。 一体、どんな風に落ちれば、眼鏡が外れるんだろうか。 それにしても。 「あった!!!」 「…おい」 「良かったー…、壊れてない」 「おい、!!!」 「は、はい?!」 名前を呼ぶと、びくっと姿勢を正し、眼鏡を掛け俺の方へと向き直った。 「…あ、跡部くん……」 どうやらは俺が見えていなかったらしく、驚いた様に目が見開かれた。 「ったく、眼鏡より自分の心配しろよ」 自分の身よりも、まず眼鏡の心配をするとは。 やはり変わったヤツだ、 「いや、あの。眼鏡壊れたらスグ直らないし、予備とかもないから授業や日常生活に支障を来たすし」 確かに、目の悪い人間にしてみれば、死活問題かもしれないが。 とりあえず、いい加減立てと、手を貸してやる。 ぐいっと引っ張れば、勢いよく胸の方へと倒れ込んできた。 それ程、力を入れた覚えはなかったが。 強すぎたか? 黙り込んだを見つめながら、それとも何処か怪我でもしたのかと考える。 「…怪我しなかったか?」 「だ、だいじょうぶ大丈夫!! 打った所は少し痛かったけど、今はもう何処も痛くないし」 尋ねれば、慌てて離れ、身振りを加えながらそう答えが返ってきた。 痛みがない、というならば、恐らく大事ないだろう。 どの程度の高さから、足を滑らせ落ちたのかは解らないが。 早々、大ごとにはならないかと思うも、鈍そうな所があるだけに微妙だ。 けれどその後、本人が言った通り普通に歩いて平気そうにしていた。 「もう転んだりするんじゃねえぞ」 「こ、転ばないよッ!!」 それでも一応、別れ際にそう言えば。 憤慨した様な、慌てた声が返された。 遠のくの背を見送りながら、口元に笑みが浮かんだ。 それから一週間近く過ぎた頃。 が右足に包帯を巻いて登校してきた。 どうしたのかと聞いてみれば。 なかなか腫れが引かず、病院へ行ったら靭帯を伸ばす怪我をしていたと言う。 随分な怪我をしておきながら、気付かないとは。 「そんな所まで、鈍感なのか?」 呆れた様に言えば、曰く 「痛みが無かったから、気付かなかった」らしい。 想像以上に、鈍いヤツだった。 その上、こうして俺と話すきっかけが出来たのだから「怪我の功名」などと口にした。 どういう思考回路をしているのかと、思わず呆れる。 他の奴等みたいに、きゃーきゃー騒ぎ立てるでもなく。 階段から落ちて、自分の身よりもまず眼鏡の心配をする。 怪我をしても、気付かない様な鈍感加減。 隣の席の変わったヤツは、興味の尽きない存在だと知るコトが出来た。 確かにの言う通り、一概に怪我の功名も否定出来ないコトなのかもしれない。 呆れた様に「バーカ」と言えば、はただ笑うだけだった。 その顔に、俺も笑みを返した。 |
2010.04 加筆修正