「セシル。」

名前を呼ばれ振り返ると、ローザの姿があった。
彼女が態々、僕を訪ねてくるとは一体何事だろう。
思わず身構えてしまうのは、昨日の今日で、思い当たる節があるからだろうか。

「良かったわね、想いが成就して。」

にっこりと、キレイな笑みを浮かべながら告げられた言葉に。
やはり、そのコトかと思う。
思いはするものの、そんな話し誰にもしてないというのに。
相変わらずというべきか、彼女の情報力は凄いと改めて感心させられる。
恐らく、この国のコトで彼女が知らないコトなど、何一つないのだろう。

「ソレを言いに、わざわざ来てくれたのかい?」

「ええ、それとはい、コレ。」

そうしてローザは、手にした花を差し出した。

「…ありがとう。」

手渡された花を見詰め、若干、複雑な気分になる。

「ずっと黙っているモノだと思ってたけど、やる時はやるのね。」

ちょっと見直したわ、と続けられた言葉。
嗚呼、そこまで知っているのだなと思うと、やはり微妙だし。
返す言葉が、見当たらない。

「私もこの先、決意も新たに頑張るわ。じゃあ、お倖せに。」

返事など、初めから求めていなかったのか。
言いたいコトを全て言い終えたらしく、一方的な会話は。ローザが背を向け、立ち去って行くコトで終了した。
そんな彼女の背中を、無言で見送り。姿が視界から消え、思わず溜め息が零れた。
それから、しみじみと手渡された花を見る。

「…。」

一瞬、捨ててしまおうかと不穏な考えが過るも。
花に罪はないのだし、と思い留まる。
それに、そんなコトをしたら、よくないコトが起きそうな気もするし。
とりあえず、花を活けるかと花瓶を探すコトにした。










***










「セシル、居るか?」

窓辺に花瓶を置き、ぼんやり眺めているとカインが訪ねて来た。
何だろう、このタイミングの良さは。
明らかな作為を感じるのは、気の所為ではないだろう。
先程の、ローザとの遣り取りに気を取られ。返事をするタイミングを、失った。
まあ、僕が返事をしなくとも、中に居るコトに気付けば、カインなら入ってくるだろうが。
程なく、窓辺へと近付いてくる足音が耳に届いた。

「その花、どうしたんだ?」

僕の隣に並ぶと、昨日までは無かったソレに気付いたのか、カインは首を傾げた。

「ローザに貰ったんだ。」

「…ローザか。」

遣り取りの内容は別として、出所を明かすと。カインの眉が、僅かに顰められた。
察するに、カインもローザから何事か言われたのだろう。
だから、僕の所へ来た。というのもあるのだと思う。
一体、彼女は何をカインに告げたのか…。
幾ら考えた所で、答えなど出る訳ないのだが。
そうかと言って、カインに聞くのも、何となく躊躇われる。

「なあセシル、お前はローザのコト、知っていたのか?」

暫くの沈黙後、ぽつりとカインがそんなコトを呟いた。
…コレは、どう答えるべきなのだろうか。
カインが何処まで彼女のコトを知ったのか、その辺りのコトが解らないと悩む。
カインの為にも、不用意な発言は避けた方が良いだろうし。
それはそれで、ローザのコトを庇っているみたいで、何となく釈然としない気もするが。
否、でもカインは彼女ではなく、僕を選んでくれた訳なのだから。
この位のコトで、そんな風に思うのも心が狭すぎる。もっと、広い心を持つべきだろう。
それに、知らないなら知らないで、そのままの方が良いコトなんて沢山ある。
彼女のコトは、最たるモノだろう。
もし知っていたとしても、やはり僕の口から言うのは、気が引ける。
ローザが何を思い、考え。その本性が、どの様なモノであろうと。
彼女も僕の、大切な幼馴染に変わりないのだから。

「君が、何を以って知ってたのかと言ったのかは、解らないけど。
でも、その答えは多分、知っていた。だよ。」

「…そうか。」

返された一言は、何だかとても重々しく感じた。
色々なモノが、集約されているであろう言葉に。
嗚呼、全て知ってしまったんだな。漠然と、そう思った。

「カインも、ローザに何か言われた?」

だから先程は躊躇った言葉も、存外アッサリと口に出来た。

「うん? ああ、祝福するとさ。」

祝福、か。
確かに、僕の所へ来た時、似た様なコトを言われた。
だからあの言葉に、裏はないのだろう。
うん、そうだ。深く考えず、言葉通り受け取ろう。
あくまで、言葉は。

「決意も新たに、か…。」

視線を花に戻し、溜め息が零れるのは、仕方がないと思う。

「どういう意味だ?」

「…この花達の花言葉を、知ってるかい?」

「否、知らないが。」

知らないだろうと思いつつも、聞いてみれば。予想通りの答えが返される。
まあ、男で花言葉に詳しい。というのも、悪いとは言わないが、早々あるコトではないだろうし。
花言葉に詳しいカイン、というのも想像出来ない。

「花言葉は、一つの花に複数付いていたりもする訳だけど…。」

ローザが僕に持ってきた花は、オダマキとストレリチア。
この二つの花が持つ、花言葉は―――。

「『必ず手に入れる』『全てを手に入れる』っていうのがあるんだ。」

「…。」

僕の言葉に、カインは黙り込んでしまった。
誰だって、その様なコトを聞かされれば、それも頷けた。
だから僕も、何と声を掛けて良いのか解らず。結局、黙り込むしか出来なかった。










バロンは、近い将来、彼女の手中に収まるのだろうか。
……ぼんやりと考えかけ、考えるまでもないと思い直す。
彼女が、ローザがそれを望んでいるのだから、現実のモノとなるのだ。
既にコレは、確定された未来であり。僕達は、ローザの手の中で踊らされ続けるのだろう。
そんな未来を思うと、複雑だ。…そう思う一方で。
僕は一番欲しかったモノ、カインをこうして、手に入れるコトが出来た訳で。
正直に本音をぶちまけてしまえば、それ以外のコトなど興味がないし、どうでも良い。
この国が、どの様な未来を辿るコトになろうと、僕には関係な……。
いや、いやいやいや、ダメだろう、流石にそれは。
義理とはいえ、国王の息子である僕が、そんなコトを考えては。
バロン王にはコレまで、多大な恩があるというのに。
とはいえ、僕にはどうするコトも出来ない訳で…。
けれど同時に、よく考えてみれば。
その未来が悪いかどうかなんて、実際に現実となってみなければ、解らないのも事実だ。
もしかすると、物凄く良いモノかもしれないではないか。
僕はカインを、ローザはこの国を。お互いの利害は、一致している訳だし。
表向きは、僕が国を治め。その実、裏ではローザが全権を握っている的な?
唯、そうなると僕達は、死ぬまで共犯者というコトになる。
それは、どうなんだろう…。
でも、誰にもバレず、黙り、隠し、貫き通せば、それが全てで、真実だ。
嘘も吐き通せば、真となる。
誰一人として、不幸でないく、丸く収まるのであれば。
それも有りだし、良いのではないだろうか。

「…セシル」

「ッ?!」

ぐるぐると、自分本位なコトも考えていると。突然カインに、抱き締められた。
あまり、感心出来た思考ではないと自覚しているだけに、ビクッと身体が強張るも。
正直な身体は、カインの背に腕を回し抱き返していた。

「カ、カイン…?」

なるべく平静を装い、声を掛けるも。心臓は、どくどくと早鐘を打っていた。

「あんまり抱え込むな、今はもっと、他にあるだろう。考えるコトが。」

………俺のコト、とか。
ぼそっと付け加えられた小さな囁きに、全ての思考が吹き飛んだ。
その一言で、嗚呼、僕はもうダメだと思った。
もう二度と手放せない、逃がしてやらない、離してなどやれない。何があっても。
我慢なんか、してやらない。どれ程、自分本位で、利己的だと思われ、罵られようが。

「そう、だね。僕は今こうして、カインと一緒にいられて、倖せだよ。」

こんな人間に好かれて、ごめんね。自嘲気味に、心の中で謝罪する。
でも僕は、こうして想いが通じ合い、想いを返される。
それが倖せで、コレ以上の幸福が他にある筈もないと。
その事実を、知ってしまった。だからもう、知らなかった頃には戻れない。

「…俺もだ。」

静かで、全てを赦し、包み込む響きを持つカインの声。
それがまるで、免罪符の様だった。
溢れそうになる涙を、隠すみたいに。抱き締めた腕に、力を込めた。










fin.





2010.10.18