「あら、カイン。」

ふいに声を掛けられ、立ち止まる。
声を聞いただけで、相手が誰なのかが解った。

「…ローザ。」

振り返れば、予想に違わぬ姿。
今、俺が一番顔を会わせ辛い相手だった。
尤も、同じ場所に勤め、住んでいるのだから。
出会わない確率の方が、低い訳だし。
嫌だからと、先延ばしにした所で無駄な抵抗というモノだけれど。

「セシルと付き合うコトになったんですって?」

「ッ?!」

どうしたモノかと考えていると、ズバッと核心をつく言葉を投げ掛けられた。
何故、それを知っているのだ。
驚きと、衝撃が全身を駆け抜けた。
だがしかし、下手に隠した所で、無意味であろうコトも明白で。

「…ああ、まあ、な。」

結局、肯定しつつも、何処か曖昧な返事をしてしまう。
それはローザに対して、後ろめたさや、罪悪感からくるモノなのか。
明確な答えは、解らないけれど。

「うふふ、どうして私が知ってるのかって疑問に思ってるみたいね?
私に知らないコトなんて、何一つ無いのよ。」

綺麗な頬笑みを浮かべ、ローザはそう言った。
何となく、その笑みが怖いと思うのは、気の所為だろうか。
そして、人の心を読んだ様な物言いに、俺は口を噤むしかなかった。
知らないコトは何一つ無い。
ローザが言うと、洒落に聞こえないし、恐らく事実なのだろう。

「まあ、兎も角。祝福するわ、おめでとう。」

そう続けられ、何と返して良いのか益々解らなくなる。
大体、ローザはセシルのコトが好きだったのではないのか?
疑問ばかりが、頭を過る。
そんな俺を余所に、ローザはにっこりと笑った。
その表情に、思わずビクリとする。
今度は、何を言うつもりなんだ?
コレまでの遣り取りから、若干、身構える。

「私、セシルのコトが好きだったわ。」

告げられた言葉はシンプルで、実に解り易いモノだった。
直接ローザの口から、そうした内容の話しを聞いたコトは無かったが。
言動や態度から、気付いていたコトではあった。
だから、やはりそうだったのか。と、すんなり受け止めるコトが出来たし。
俺がローザに抱いていた想いも、やっと区切りがついたのだなと思った。
尤も、セシルの想いに応じた時点で、それは断ち切られていたとも言えるのだが。
唯、ローザが何故、おめでとう等と言ってきたのかが解らない。
好きだった相手を取られた (しかも同性である自分にだ) にも関わらず。
普通、そんなにアッサリと認められるモノなのだろうか?
それとも何か、略奪宣言でもしにきたのだろうか?

「…私、私ね。……この国が、欲しかったの。」

「………は?」

一瞬にして、緊張が走った俺に。
しかし、ローザの口から齎されたのは、そんな言葉だった。
え、何だ? 今、ローザは、何を言った??
この国が、欲しかったと聞こえたのだが…。
気の所為か? 空耳だろうか?

「ほら、セシルって義理とはいえ、国王の息子でしょう?
今も赤い翼の隊長を務めているし、地位や名声だって申し分ないでしょう。
それに、見た目や、頭だって悪くないし。将来的には、セシルが次の国王になるのは確実だろうし。」

ああ、そうだな。それは間違っていないし、正しいだろう。
その意見には、俺も賛同する。

「セシルが貴方のコトを好きなのは、薄々気付いていたけど。
想いを打ち明ける気は無かったみたいだし、だからそのまま押し切ればいけると思っていたのよね。」

確かに、セシルは伝える気は無かったと言っていた。
というか、そんなコトまで知っていたのか?
否、それより押し切ればいけるって…。
まあ、でも。押しに弱いというか、流されそうな所がはあるのは否めない。
しかしそこは、誰から構わず、という訳ではないが。
俺かローザが押せば、大概のコトはいけるだろうとは俺も思ってしまうけれど。

「でも、貴方に想いを告げたでしょう?
セシルも、やる時はやるのね。ちょっと見直しちゃったわ。」

やる時はやる、か…。
実際そうなのだから、否定はしないが。
それでもアレは、俺が言えと迫らなければ口にしなかっただろうし。
だがそこまで、ローザが知る必要は無いか。
…言わなくとも知っていたら、ちょっと…。否、かなり怖いが。
どうなんだろうな。
でも、この感じからして、知らない様だが。

「この国を手に入れる方法は、他にもあるだろうし。
そう言う訳だから、二人ともお倖せに。」

一見すると可愛らしい、綺麗な笑みを浮かべながら。
とんでもない、爆弾発言をサラッとしないで欲しい。
それじゃあ、と手を振りローザは背を向け去って行く。
そんなローザに、条件反射で力なく手を振り返す。
ローザの姿が見えなくなるまで、呆然と、俺はその場を動くコトが出来なかった。










無人の廊下で、我に返り。盛大な溜め息が零れた。
物の数分間の遣り取りで、ドッと疲れた気がする。
そしてこの気持ちを、何と言って良いのか俺には解らない。
色々なコトを、一度に知り過ぎて未だ混乱し、正常に頭が働かない。
唯、初恋は実らないモノだと言う話しは。
まさにその通りだなと、ぼんやりした思考の中で思った。
俺が恋心を抱いていた相手は、幻想。
最初から、何処にも存在しなかったのではないか。と、こんな形で思い知らされるとは。
つまり、現実を知らず、空想。恋に恋していたというコトか?
それではまるで、俺は乙女じゃないかッ?!
否、まるっきりそうじゃないかッ!!

「…はッ。」

滑稽過ぎる自分が、嗤える。
嗚呼、最悪だ。寧ろ、此方の方が数百倍ショックだ。
立ち直れない。
とまでは言わないが、暫くは引き摺りそうだ…。
新たな事実に、再び溜め息が零れたのは、仕方が無いと思う。

まあ、でも。
ローザの本音というか本性を知り、俺自身が改めて自覚したコトもある。
少なからず、俺はローザのコトを想っていた。その事実は間違いではない。
けれどそれは、諦観めいたモノでもあり。
ローザの口から、セシルのコトが好きだったと聞かされても、ショックを受けるコトはなかった。
俺がセシルに対して、抱いていた感情は。
色々と複雑というのか、捻くれていたというべきなのか。
単に、素直じゃない、というだけかもしれないが。
見て見ぬ振り、気付かない振りもしていた。
そして、セシルが俺の前だけで明かす言葉だったり、縋り付く様に俺を求めてくる姿に。
セシルの中で、一番必要としているのは、特別なのはローザでも、他の誰でもない俺なのだと。
そのコトに、俺は薄暗い喜びを見出し感じていた。
ローザが、いくらセシルのコトを好きだろうと、想おうが。
俺には勝てないのだという、そのコトがどうしようも無く俺の心を満たしていた。
だからそれが、セシルと同じ感情だったのか。
いつから、好きという感情を持つ様になっていたのか。
明確なコトは、解らない。
大概俺も、歪んだ感情を心の中に燻らせ、棲まわせていたコトだけは確かだ。
そんな訳だから、俺は他人のコトを、とやかく言えない。
そう、例えローザがこの国を手中にしたいが為、セシルのコトが好きだった。
という事実を、知ってしまったとしても。
まあ若干、この国の未来が不安にはなるが。
それこそ、成る様にしか成らないだろうし。
悩み考える役目は、セシルの担当だし。考えるコト事態を、俺は放棄する。
とりあえず今は、ローザに祝福された通り。倖せというモノを、噛み締めるコトにする。
まず手始めに、セシルの所へ行き、先程したローザのコトを話してみようかと思う。










fin.





2010.10