「…ローザの想い、気付いてるんだろう?」 突然、何を言い出すのだろうか。 どうしてココで、彼女の名前が出てくるのか解らない。 怪訝に思い、カインの視線を辿り、バルコニーの下へと向ければ。 成る程、ローザの姿を見付けた。 しかし。君が、それを言うんだね…。 思わず、自嘲的な笑みが込み上げてくる。 カインに、悪気が無いのは解っているけれど。 無性に、遣る瀬無さを感じる。 ローザの想い、確かに僕は知っている。 けれどそれは、カインが考えている様な甘やかなモノじゃない。 彼女が僕に寄せている好意は、僕自身に向けられているというよりも。 僕に付随してくるモノに、なのだ。 それを君は、知らない。 「そういう意味で、僕には好きな人がいるから。応えられないよ。」 「そうなのか?」 思わず洩らした声は、カインの耳に届いてしまったらしく。 驚いた表情を向けられる。 しまった、と思うも。今更、取り消すコトも出来ない。 「まあ、ね。」 曖昧な返事を返し、解ってはいたけれど。 カインは、全く僕の想いには気付いていないらしかった。 否、その方が良いのだろうけれど。 「…打ち明けないのか?」 「まさかそんな、今までもコレからも、しないよ。…報われない想いだから。」 僕が好きなのは、君だよカイン。 そんなコト、言える訳が無い。 もし、口に出して伝えたら。君はどうするだろう。 罵倒する? 嫌悪する? 軽蔑する? 二度と近付くなと言われるだろうか。 想像しただけで、ゾッとした。 それだけは、絶対に嫌だ。僕は、カインを失いたくない。 だから、何としても知られる訳にはいかないし、隠し通さなければいけないのだ。 「…その相手って、まさか。…人妻か?」 「なっ?! 全然違うよッ!!」 気付かれたのかと思い、一瞬、身構えるも。 カインの口から発せられた、予想外の言葉に絶句した。 何てコトを言うんだ、君は。 「悪い、冗談だ。」 「全く、君も人が悪いよ、カイン。」 本当に、人妻の方がまだマシだ。 人のモノを奪うのは、好ましくはないけれど。 でも、そっちの方が望みが持てる。相手は女性なのだし。 それに、僕は君のコトが好きだけれど。 カイン、君は―――。 「僕なんかよりカイン、君の方こそどうなんだい。」 「ん?」 「ローザを想っているんだろう?」 「…。」 そう尋ねれば、カインは黙り込んだ。 嗚呼、やっぱり。 解ってはいたけれど、目の前でその様を見せ付けられると気が滅入る。 僕はカインに、倖せになって欲しいと心の底から思っている。 だから、本当は応援しなければいけないのだ。 それも充分過ぎる程、解っているコトなのに。 男女の幼馴染と言うのは、厄介なモノだと思う。 もしも僕が女性だったら、何ら問題も無かっただろう。又は、カインが女性ならば。 そうすれば、何の憚りも無くカインに手を出せ…。 基、想いを告げるコトも出来たし、受け入れてくれる可能性だってあった筈だ。 まあ、そんなコトを考えても詮無いコトだが。 「毎日、愛を囁き続けてみれば? 想われて嫌な気のする人は、いないだろうし。」 愛を囁き続けるなんて、羨ましい。 寧ろ、僕にして欲しいくらいだ。 けれど、こんなコトを言っておきながら何だが。 カインのローザへの想いが、成就するコトは無いとも思う。 だって、彼女が欲しいのは、真に望んでいるモノは。 この国そのモノだから。 黙っていれば美女で、気立ての良い女性。 周囲の目には、そう映るのだろうけれど。 非常に複雑だけれど、僕と彼女はそういう意味では、何処か似ている。 だから解るのだ。 彼女、ローザの考えているコトが。 メリットにもならないなら、彼女が応える筈もない。 けれど、それはカインには言える訳もないコトで。 「…ゴメン、君はそんなキャラじゃなかったね。今のは、忘れて。」 そしてやっぱり、誰かに愛を囁く姿など見たくない。 コレが、紛れも無い僕の本音だった。 「オイ。」 「ゴメンゴメン。」 嗚呼、でも。 ローザにこっぴどく振られて、傷心の君にならば。 僕が、付け入るコトも出来るだろうか。 そんな風に考えてしまう僕は、本当に最低最悪な人間だ。 こんなコトを、僕が考えているなんて知ったら。 カインは、どう思うだろう。 「いつからなんだ?」 「え?!」 不埒な考えに、想いを馳せていただけにビクッとする。 心の声が聞こえる筈も無い、と言うのは解っているが。 心臓に悪い。 否、それは自業自得なのだけれど。 「…気付いたのは、二・三年前くらいかな。」 若干、返答に悩むも、この位なら良いかと、素直に口にする。 ずっと昔から、僕にとってカインは特別だった。 子供の頃は、この感情が恋心なのだとは気付かなかったけれど。 「例えば、ずっと長い間、友人や知り合いの期間が続いていたら。 それが長ければ長い程、言えない。」 ましてや僕にとって、カインは唯一の友人で親友でもある。 そして何より、男同士だ。 直接的な言葉にすれば、僕はカインに対して、肉欲を伴う好意を抱いている。 キスしたり、それ以上のコトをしたいと思っている。 そんな奴が、親友面して、今も何食わぬ顔で隣に居る。 きっとカインは、僕がそんな目で見ているなんて思ってもいないだろう。 だから、不埒な想いを抱いているなんて。 僕のコトを信頼して、親友だと思ってくれている君に対して、最大の裏切りだ。 自分で自覚して、解っているコトながら。その事実を付き付けられると、落ち込む。 僕は、カインに拒絶されるのが何より怖い。 他の人間相手なら、何を言われ・されようが、どうでも良いけれど。 でも。 「そうか。」 カインはそれ以上、追求してくるつもりは無いらしく。 一言、そう言うだけだった。 「ねえ、カイン。…もしも、僕が―――。」 「セシル様!!」 呼ばれた声に、ハッとする。 僕は今、何を言おうとした? 「…ゴメン、カイン。仕事だ。じゃあ僕は行くよ。」 カインの返事も待たず、足早に立ち去る。 危なかった、もしあのまま部下が来なければ。 僕はカインに、打ち明けてしまっていたかもしれない。 けれど、同時に。 喉元まで出かかった言葉を、本当は告げてしまいたいのかもしれない。 考えても、解らないコトだけど。 あそこまで言ってしまったら、鋭いカインならば、その意味に気付いてもオカシクない。 だからもしも君が、何も言ってこなければ。それが君の、出した答えなのだろう。 そう、受け取る。 この想いを、捨て切るコトは出来ないかもしれないが。 君が望むなら、僕はそのまま胸に秘め、風化してくれるのを待つ。 けれど、相手は誰なのかと、再び尋ねてきたならば。 その時は、腹を括り。 正直に、僕の想いを君に告げるよ。 僕が望むのは、君と共に歩む路なのだと。 fin. |
2010.10