形ばかりのノックをし、中からの返事も待たず扉に手を掛ける。
思った通り、施錠されていない扉は、簡単に開いた。
足を踏み入れた室内は、明かりも点いておらず真っ暗で。
コレもある意味、予想通りのコトだった。
後ろ手に扉を閉め、室内を見回す。
一見すると、部屋の主は不在である様にも見える。
だがそれすらも、よくあるコトだった。
そうして、この部屋の主。セシルが居るであろう場所へ、足を進める。
部屋の奥、片隅に蹲っている姿を見付ける。

「…セシル。」

声を掛けると、僅かに身体がぴくりと動いた。
そうして暫く、両膝の上に乗せていた頭が上げられる。

「カイン…。」

「大丈夫か?」

「…ああ、うん。いつものコトだし。」

いつものコト。
その一言で片付けられる程、日常と化しているのも事実だった。
けれど、その一言を受け入れ、片付けてしまうのは、哀しいコトなのだと思う。
セシルに対する、風当たりは強かった。
義理とは言え、国王の息子というのが最たるモノだが。
それでも昔は、今に比べればマシな方だった気がする。
否、子供は無邪気で残酷だ。
しかし大人は、悪意を持って態度と言葉に表す。
そうした意味で、今も昔も大差は無いのかもしれない。
今では、外見のコトでとやかく言う様な輩は居なくなったが。
子供の頃は、色々と騒ぎ立てられていた。
セシル自身が、それに対して反論したり、立ち向かう様な性質ではなかった為。
余計に、周囲が助長して行ったコトもある。
俺自身、いつも受け身であるセシルが解らなかった。
だからそんな姿を見る度、イライラした。
でも散々、何人にも囲まれ、嫌という程言われ続けたら。
そんな気力も、無くなってしまうモノかもしれない。
一対一ならまだしも、一対複数となれば到底敵う訳もない。
外見のコトなど、自分ではどうしようも無いコトなのに。

失った家族との、唯一の繋がり。
いつだったか、ぽつりとそんなコトを零したのを覚えている。
銀髪というのは、珍しい。
セシル以外で、俺は見たコトが無い。
陽の光や、月の光に照らされると、きらきらと輝き美しくキレイだと思う。
今思えば、子供時分の態度は、セシルと仲良くしたい。
そんな思いからくる、裏返しというモノだったのかもしれない。
だがセシルは、諦めるコトを知り、いつしか覚えてしまった。
それから他人というモノを、一切遮断した。

「別に、誰に何を言われ様が気にしてないから、大丈夫。」

何もかもを、諦めた顔で、そう言葉を紡ぐ。
そんなお前の、憂いを晴らすには、どうしたら良いのだろうか。

「…ッ?!」

突然、腕を引っ張られバランスを失う。
油断していたとはいえ、簡単に体勢を崩され、セシルの方へと倒れ込む。

「なん…。」

だ、と続けられる筈だった言葉は、最後まで発するコトはなかった。
そのままぎゅっと、抱き締められる。
抱き締める、というよりは縋り付くと形容する方が正しいかもしれない。
至近距離で、その様を目にしてしまえば、何も言えなくなる。

「…それでも僕は、こうして君が、カインが僕の所に来てくれる。
気に掛けて、傍に居てくれるから。そうしてくれる間は、何があっても生きて行ける。
カインが居てくれれば、他のコトなんてどうでも良いんだ。」

ぽつぽつと告げられた言葉に、どうすべきか所在を無くしていた手を、セシルの背中へと回した。

なあセシル、知っているか。
俺はそんなお前の姿を見る度、言葉を聞く度、どうしようもなくなるんだ。

優越感とは違う、どす黒くて、どろどろとした。
このような姿を見せるのは、俺の前だけだというのを知っている。
俺が、お前の唯一。特別なのだと。
拒絶されるコトもなく、今もこうして身近に、受け入れられ、心を許してくれている。
その事実は俺を、とても甘美な気持ちにさせる。
酷く、薄暗い喜びを感じさせるのだ。
こんなコトを、俺が思っていると知ったら。
セシル、お前はどんな反応をするんだろうな。
驚く? 拒絶する? それとも、変わらず受け入れてくれる?
言うつもりは無いから、答えが解る訳はないけれど。
でも、この感情が、何なのか毎回考える。
俺はお前を、どうしたいのだろう。どうなりたいのだろう。
けれど答えは、未だに出ない。
…否、出したくない、先延ばしにしたいだけなのかもしれない。
だから俺は、こうして気付かない振りを続ける。
いつか、この日常が壊される日がくるまで、ずっと。
そうして目を瞑り、回した手に、そっと力を込めた。










fin.





2010.10