何をした訳でもないけれど、今日また、陰口を叩かれていた。
思い返せば、昔からそうだった。
子供の頃は、もっと直接的で。外見のコトもあり、格好の標的だった。
何故そこまで、寄ってたかって僕を罵倒し、蔑ろにするのか。
よく解らなかった。
己の性格にも、問題があったのだろうけれど。
もし僕が、そんな相手に立ち向かい、反論・反撃に出ていたら変わっていたのだろうか。
そんなコトを考えても今更、意味の無いコトだけれど。
義理とは言え、国王の息子である自分。
その様なコトをすれば、色々と問題だろうし、何よりバロン王に迷惑が掛る。
それだけは、ダメだ。絶対に、してはいけない。
何より、バロン王には感謝していし。受けた恩は、どんなに尽くしても返しきれない。
身寄りも無く、一人だった自分を引き取り育ててくれた。
例えその所為で、僕がどんな目に遭ってきたとしても。
あの人に非は無いし、恨みなんか微塵も無い。
唯、どうしようもない非力で弱い自分が悪いのだから。
僕が努力し、頑張れるのは一重に、バロン王への恩に報いる為だ。
義理であれ息子、そんな僕の出来が悪いとあれば。
体裁もあるだろうし、周囲から何を言われるか解らない。
己の所為で、余計な面倒、迷惑。恥をかかせる訳にはいかない。

成長するに連れ、何となく理解したコト。
自分自身の力では、どうするコトも出来ないしがらみ。
いつしか、諦めるコトを知り、覚えてしまった。
それを成長とは、言えないだろうけれど。
誹謗中傷をし、他人を蔑む様なコトしか出来ない連中。
そんな人間なら、友人など必要ない。
一人で居る方がマシだ。
そう思ってしまう僕も、いけないのかもしれないが。
でも今更、全てを拒絶した僕に、友人関係など築ける訳もない。
誰に何をされ様が、言われ様がどうでも良いし、今更気になどならない。
それでも気分が滅入る、落ち込まない訳ではない。
唯それは、己の無力さや出来の悪さに対する嫌悪感からくるモノだ。

ハアーッと、盛大な溜め息が零れる。
溜め息と共に、この鬱屈した気分も吐き出されれば良いのに。
部屋の片隅、蹲り膝の上に頭を埋める。
落ちる時は、とことん落ちて行く。
それでも毎回、僕は浮上するコトが出来る。
何故なら―――。

「…セシル。」

「カイン…。」

名前を呼ばれ、顔を挙げるとカインが目の前に居た。
いつ部屋に入ってきたのだろうか。
全く気付かなかった。コレが例えば、侵入者とかなら別だが。
相手がカインであれば、仕方の無いコトかもしれない。
それに相手がカインなら、勝手に入って来られようが構わなかった。
カインは、僕にとっと唯一の友人、親友といえる人間だ。
本音を言えば、それ以上の感情を僕は抱いているけれど。
でも、それはカインには言えない。
僕がどん底に在る時、気が付くといつも傍に居てくれた。
僕が僕で居られるのは、カインの存在が大きい。
否、カインのお陰で僕は繋ぎ止められているし、生きていられる。
僕にとって、大切な人。
彼が居れば、他はどうだって良いと思える。

「大丈夫か?」

ぼんやりしていると、心配そうに声を掛けられた。

「…ああ、うん。いつものコトだし。」

それに対して、僕は上手く笑えて返せていないだろう。
カインが僕を気に掛けてくれるのは、純粋に嬉しかった。
例えそれが、親愛の情や、同情。そうした類のモノだったとしても。

「別に、誰に何を言われ様が気にしてないから、大丈夫。」

僕の言葉に、カインは眉を顰めた。
普段、表情があまり変わらないカインが、そうした表情を浮かべる。
不謹慎ながら、僕には嬉しいコトだったりする。
カインが眉を顰めたのは、強がりや平気な振りをして、そう告げたのだと思ったからだろう。
こうして弱っている僕を、見捨てられず、訪ねてきてくれる程に、カインは優しい。
尤も、カインにとっては何気ない行動かもしれない。
でもこんな風にされると、僕は泣きそうになる。
今も何だか、目頭が熱くなってきた気がする。
それを隠す様に、目の前にあるカインの腕を掴み、引き寄せる。
するとカインの身体は、はバランスを崩し僕の方へと倒れ込んできた。
その身体を受け止め、縋り付く様に、ぎゅっと抱き締める。

「…それでも僕は、こうして君が、カインが僕の所に来てくれる。
気に掛けて、傍に居てくれるから。そうしてくれる間は、何があっても生きて行ける。
カインが居てくれれば、他のコトなんてどうでも良いんだ。」

肩口に顔を埋め、ぽつぽつと呟けば。
カインの手が、僕の背中へと回され抱き締め返してくれた。
そうされる度、僕は勘違いしそうになる、期待してしまう。
この気持ちを、捨てられない。

ねえカイン、君は知らないだろうけど。
こんな君の姿に、僕はどうしようもなくなるんだ。

僕の中には、暗くて黒く、醜い感情があって。
いつもは大人しく、なりを潜めてるけれど。
こんな風に、僕のコトを気に掛けたり、突き放さずに受け入れてくれたりする度に。
そうしたモノが、沸々と呼び起される。

この時だけは、君が僕の、僕だけのモノだと思える。
どうすれば君を、このまま繋ぎ止めておくコトが出来るのだろうか。
君が、僕だけのモノになってくれたら良いのに。
そんなコトばかり、考えている。
この感情が、独占欲や執着であると、僕は気付いている。
でも、自分自身ではもう、どうするコトも出来ない程、大きくなってしまった。
応えて欲しい、なんて贅沢は言わない。
唯、いつか、この想いに君が気付いたとしても。
図々しいと、解っているけれど。拒絶しないで欲しい。
君だけが僕の世界に在る、全てだから。
祈る様に、抱き締めた腕に力を込めた。










fin.





2010.10.