『見えるものと見えないもの』










「相変わらず手、冷たいな。」
「そう? 三村の手は温かいね。」

繋いだ手の冷たさに、自然とそんな言葉が洩れた。
俺の言葉に、真っ直ぐ前を見たまま、国信は言葉を返した。

「そうか? 別に、普通だろ。」

俺も同様に、前を見たまま答える。
そうして暫く、お互い無言のまま歩いていたが、ふと思い出した様に国信が口を開いた。

「そう言えばさ、手の冷たい人は心が温かい。って言うよね。」
「何だよ、つまり俺の心が冷たい。って言いたいのか?」
「うん。」

国信の言葉に、僅かに眉を顰め隣に視線を移せば。笑いながら、即答された。

「あのなぁ…。」
「嘘、冗談。」

俺の返事を遮り、国信は声を出し、楽しそうに笑っていたのを止め。

「温かいし、優しいよ。―――三村は。」

そして一拍の間を置くと、先程とは違う笑みを浮かべ。相変わらず、顔は前に向けられたまま。
続けられたその言葉に。何処か、遠くを見ている様な微笑み。
その微笑みに、何故だかズキリと俺の胸は痛んだ。思わず、繋いだ左手に力を込めた。
途端、弾かれた様にずっと前を見ていた国信の顔が、俺を振り返った。
見つめた顔は、驚いた様な表情が浮んでいた。けれどそれは、一瞬の出来事で。
直ぐ、ふんわりとした微笑みに変わり。繋いだ手に応える様、ぎゅっと握り返された。
そうして胸の痛みは、いつの間にか消えていた。

「…ありがとう。」

再び前へと向き直り、お互いに歩き始めると。小さな呟きがふと耳に届いた。
今度は視線だけをチラリと、隣の国信に移し見る。
そこには、口元にだけ笑みを浮べた姿が在った。けれど表情は、穏やかなモノの様に感じた。

『ありがとう。』
それが何に対する、言葉なのか俺には解らなかったけれど。
いつまでも、こうしてずっと、隣に国信の温もりを感じられれば良い。
そんな風に思った、冬の帰り道。
















fin.




2003.02.14初出
2005.11.16改



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