「少し爪が伸び過ぎてるんじゃない?」

そんな国信の言葉に、俺は手元へ視線を向けた。
言われてみれば、確かに爪が伸びている。
コレはバスケをするにも、パソコンのキーボードを叩くにしろ邪魔だ。

「そうだな…。あ、折角だしお前が爪切ってくれよ。」

国信の返事を待たず、爪切りを取りに立ち上がった。










『魅了』










「じゃあ、宜しく。」

そして、持ってきた爪切りを国信へ手渡す。

「って、俺了承した覚え無いんだけど…?」
「別に減るもんじゃなし、良いだろ?」
「…はいはい解ったよ。それじゃ手出して。」

溜息を吐きながらも、爪切りを受け取る国信へ、嬉々として手を差し出した。

「そう言えば、爪切りで切るのは良くないらしいよね。」
「へえ、そうなのか?」
「鑢掛けして整えるのが良いんだって。まあ、女の人じゃないから、そこまで気にするコトはないのかもしれないけど。」

パチンパチンと爪を切る合間、他愛もないコトを話す。
器用に切られていく爪を見つめながら、相槌を打つ。

「鑢は?」
「ん。」

爪切りと共に、先程持って来た鑢を手渡せば、切り終わった爪に一つ一つ丁寧に鑢が掛けられる。

「前から思ってたけど。三村の手、キレイだよね。」
「何だよ、急に…?」
「別に。爪見てたら思い出して。」

淡々と、俺の手元へ視線を向けたまま、言葉は続けられた。
予想もしていなかったコトだけに、正直驚いた。
誉め言葉を国信が口にするのは珍しく、素直に嬉しく思いながらも。滅多に耳に出来ないコトに、鼓動が少し早まった。
そうして暫く、黙々と鑢を掛けていた手が止まる。どうやら作業が終ったらしい。
鑢を脇に置き、俺の手を掴むと国信は、自分の手と重ね合わせた。

「こうして比べると、手も大きいよね。」
「でも、あんまり変わらないだろ?」

言われた通り、俺の方が国信の手よりも大きかったが、それでもほんの僅かな差である。

「そうなんだけどさ。でもほら、指もスラッと細くて、長いし。さっき見て思ったけど、爪の形も結構良いよね。」

国信の口からは、普段聞くコトのない褒め言葉が次々に発せられた。
一体今日は、どうしたのだろうか、俺は言葉を失った。
次第に落ち付き、収まりかけていた心臓が再び早鐘を打ち出す。それから、顔の体温が上昇して行くのが解る。
自由になっていた、片方の手を頬へと当てれば。予想通り、いつもより幾分熱を持ち、火照っていた。
何ってコトのない言葉であったのだが。

 (…ヤバッ、…スッゲー嬉しいかもしれない。)

事実、身体が喜びの余り小刻みに振えた。そんな余韻に浸りながら、国信を見つめる俺に。
当の本人は顔を上げ、にっこりと満面の笑みを浮かべ爆弾を投下した。

「マニキュア塗ったら、似合いそうだよね。」
「………は?」

反応すまでに数秒を要した。
それでもまだ、はっきりと理解していないのか。口からは、間抜けな声しか出なかった。

「だから、マニキュアしたら似合いそうだーって。」
「否、そうじゃなくて。どうしたらそんな話しになるんだ…?」
「だって折角コレだけキレイな手してるんだから、絶対似合うと思うんだよ。」
「…。」

一体、何をどうしたらそういう話しになるのだか、俺にはイマイチ解らなかった。
微妙に会話も噛み合っていないし。
しかし、そんな俺の心中等お構いなしに、国信は尚も続けた。

「絶対似合うだろうからさ、騙されたと思って一度塗ってみない?」
「いやいや結構だ、塗らないから。謹んで辞退申し上げる。つーか俺よりも、お前の方が数倍似合うだろうが。」
「俺のコトは良いの、今は三村の話しなんだから。」

そう言う国信の爪には、既に黒いマニキュアが塗られており。って、塗ったのは俺なのだが。
しかし、いくら国信の言葉といえど、俺自身までが塗る気は毛頭無い。
どうしたモノかと考えていると、何やら指先に温もりを感じた。
何事かと目を遣れば、国信の唇が俺の指先へと触れていた。

「この指に塗ったら、キレイだと思わない?」
「ッ?!」

やや上目使いにそう囁き、次いで指に舌が這わされた。
指先に、柔らかく温かな感触を感じる。
舌先で指先を舐めると、第一関節辺りまでを口の中へと含んだ。戯れる様に舌を這わせ、軽く歯を立てたりする。
温かな唇と舌の感触とに、小さく喉が鳴った。
片手を国信の顔へ添え、そっと押し遣るれば存外簡単に唇から指が引き離れた。
けれど合わせた視線には、名残惜しそうな色が宿っていた。

「…誘ってるのか?」
「さあ…?」

否定も肯定の言葉も無く、口元に笑みを浮かべるだけの国信。
その笑みを都合の良い方へと解釈し、軽く腕を引くと。抵抗もなく、すんなり腕の中へ国信の身体は収まった。

「絶対似合うからさ、保証しても良いよ。ね、だから一度試してみて。案外癖になるかもしれないよ?」

顎に手を添え上を向かせ、唇が触れる寸前に、口元に笑みを浮かべ囁いた国信。
癖になる、その言葉は確かに強ち間違いでは無いかもしれない。実際、国信の爪に塗られているマニキュア。
白く細い指先。そこに艶やかな、蠱惑的な光を放つそれに、幾度となく目を奪われ、鼓動が高鳴ったコトか。
嗚呼、もしかしたら癖になる、とはそういうコトかもしれない。ならば一度ぐらい、マニキュアを塗るのも悪くは無い。
国信の身体を抱き締め、その時は、俺がした時と同様、今度は国信にマニキュアを塗って貰おう。
口付けながら、そう遠くないであろう未来へと想いを馳せ、知らず笑みが浮かんだ。











fin.




我が家の慶時さんは、たまにマニキュアをしている模様。塗るのは勿論、三村(笑

2003初出
2005.11.10改



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