「チョコが欲しい。」
「は?」
「だから、もうスグバレンタインだろう?」
「あー…って、甘い物嫌いじゃなかった?」
「嫌いなわけじゃない、あんまり好きじゃないだけだ。」
「何それ、同じじゃないの?」
「違う。」
「…ふうん、まあ良いか。解った。」
2月に入ってスグ、催促するように………否、先手を打っておいた。
『唇を寄せて』
それから二週間後、こうして迎えたバレンタイン当日。
今年のバレンタインは休日だった為、前日にチョコレートを渡している光景がそこかしこであった。
学校中が一日、甘ったるい匂いで包まれる日。
甘い物が嫌いな人間にとっては、まさに生きた心地のしない迷惑な日なのかもしれない。
とりあえず俺も、例に漏れずそれなりにチョコレートを受け取った。
何とも想っていない人間から貰っても、別段嬉しいとは思わないけれど。
気付けば愛想良く、受け取ってしまう自分がいた。
甘い物は好きでも嫌いでもないが、さすがに数が多いと、どうしたものかと頭を抱える。
大量の包みを目の前に、今年はどうすべきかと思案していた俺に。
『モテル人間は大変だね。』等と声を掛けてきた想い人。
しかしそう言う彼の手にも、それなりの数の包みがあったのだが。
「こんなにどうするの?」
「全部纏めて、溶かして作り直すとかどうだ?」
「俺が?」
「他に誰がいるんだよ。」
「はは。それはさすがに人でなしじゃない。まあ、良いアイデアかもしれないけど。」
「お前こそ、どうするんだ?」
「俺? 俺はほら、園のちび達が甘い物好きだから。あー、でも秋也がかなり貰ってたからな。それが回されるかもしれないし。」
「そう言えば七原も、凄かったな。」
「今年のは全部、自分で食べるかな。自信作らしいしね、絶対食べた後に感想聞かせて下さいとか随分言われたし。」
その時の光景を思い出したのか、国信は苦笑を浮かべた。
それを贈り、言ってきたのは恐らく、同じ委員会の後輩達であろう。
たまに目にする機会があったが、彼女達は元気が良いというか積極的というか。
元々面倒見の良い国信は、どちらかといえば同級生よりも後輩に慕われる傾向にあった。
国信の話しによると、彼女達は昨年委員会で一緒だったらしく。
今年も同じになりたいから、何委員になるか教えて下さいと直接聞きにまで来たそうだ。
まあ、もうスグ俺達は卒業するわけだし。後輩である彼女達は随分と気合を入れて作ったのであろう。
前日の出来事を思い出しながら、国信と会う為に俺は一人、目的地へと歩いていた。
別段会うのは家でも構わなかったが、奇特な人間が家まで押し掛けて来るかもしれない。そう思い、外で会う約束をした。
待ち合わせ場所の公園に着くと、既に国信は居り、ベンチに腰を下ろしていた。
「悪い、待ったか?」
「そうでもない、今着いた所だし。と言うわけで、はいコレ。」
国信が座っているベンチへ行き隣に座ると、キレイにラッピングされた包みとペットボトルの温かいお茶を差し出された。
「…お茶??」
受け取り訪ねると「うん…。」歯切れの悪い言葉が返される。その姿を不審に思いながらも。
「開けても良いか?」
受け取った包みを指し訪ねる。
「どうぞ。今回のはね、ちょっとした工夫を凝らしてみたんだ。」
「工夫?」
黙って頷く姿に、とりあえずお茶は隣に置き、封をしていたリボンを解く。
一体何々だろうかと、知らずラッピングを解く手も早まる。そして中から出てきたのは、キレイに並べられたトリュフだった。
甘い香りが、ふわりと鼻孔を掠める以外に、何の変哲も無いように見えるそれを、一つ取り目の前に掲げ凝視する。
一見、それ程工夫を凝らしたようには見受けられない。ならば味だろうか? 論より証拠、と口の中へ入れる。
「ほら、甘い物はあまり好きじゃ無いって言っただろ?」
だから―――。
「■*$●#@★?!」
国信の説明を遮るように、俺は声にならない悲鳴を上げた。何とも形容し難い味が、口中に広がった。
「あ、もしかして当り?」
そんな様子の俺に、淡々と告げると、置いてあったペットボトルの蓋を開け、国信はお茶を差し出す。
ひったくるように奪い取り、お茶を勢い良く流し込む。
「…何だ、今のは…?」
「工夫。」
「…じゃなくて、もう少し詳しく話して欲しいんだけど?」
暫く落ち着き、顔を上げ訪ねれば。簡潔にサラリと告げられた当を得ない答えに、口元が僅かに引き攣る。
「だから、さっきも言い掛けたけど。甘い物があまり好きじゃ無いって言ったからワサビ味にしてみた。」
「おい!!」
「やだなぁ、心配しなくとも一つだけだって。でも、最初に食べたのが当りとはね。三村って凄い運の持ち主だね。」
関心したように、にっこり笑みを浮かべ言葉を紡ぐ国信に、喜んで良いやら哀しむべきなのか。
「最初はさ、もうこれでもか! ってぐらい甘いチョコレートケーキにでもしようかと思ったけど。
さすがにアレだけあったら、飽きるだろうと思って。甘く無いチョコにしたんだよ。」
眩しいくらいな満面の笑みを浮かべる国信に、いろんな意味で鼻の奥がツーンとし、目頭が熱くなった。
どちらにしても、嫌がらせ以外の何物でもないような気がするのは俺の気のせいなのだろうか?
「ははは、ゴメンゴメン。これで許してよ。」
どんより沈む俺に、国信は口にトリュフを一粒含むと、ぐいっと首元を掴まれる。
次いで口の中に広がる甘い味。
唇が離され、ちろっと舌が俺の唇を舐めた。
「…このままお持ち帰りしても良いか?」
訪ねる俺に、暫く考える素振りを見せ、先ほど解き手元に置いてあったリボンを掴み、自分の首の前で結ぶ。
「ドウゾ。」
そう言って笑う国信の身体を引き寄せ、もう一度唇を塞いだ。
fin.
2004.02.14 2005.11.06改
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