皆、大切なクラスメイトだった。
誰一人、失いたくない友人達だった―――。










『優しい手』










目を開けると、そこは薄暗く四角い空間だった。
息をするのも億劫なくらい、冷たく重い空気が流れる場所。
明りが燈り、見回したそこは、何処かの教室。
大勢の武装した人間が、自分達を取り囲むようにして立ち並んでいる。
見ず知らずの一人の人間が、自分達を受け持つ担任だと言う。

そうして淡々と、彼の口から発せられる言葉の数々。
この人は、一体何を言っているんだ?
全く訳が解らない。
だって、オカシイじゃないか。
そもそも自分達は、修学旅行へと向かっていた筈なのに。
それが何だ。
ココは、何処だ?
俺達は、どうなったんだ?

BR…法?

ああ、何だか聞き覚えのある言葉だ。
だけど、それは一体何だったか…?











ずっと、小さかった頃。
ブラウン管越しに、見たコトがある映像。
たくさんの報道陣が居て、今みたいに武装した人間もたくさん居て。
全身を真っ赤に染めた、制服を着た少年が一人。
訳も解らず見てる俺達に、良子先生がポツリと
『こんなのは、間違っている。』
目に涙を溜めて、唇を噛み締めるように呟いていた。
報道されていた内容まで、よく覚えていないし、あの頃の俺には理解出来なかったけれど。
良子先生の言葉と姿だけは、今でも鮮明に覚えている。
忘れたくとも忘れられない。
後にも先にも、あんな良子先生を見たのは、この時だけだから。





そうだ。
思い出した。
BR法。
政府が施行した、法律だ。
確か、その内容は―――。





絹を裂いたような悲鳴が、耳に届く。
ハッと気が付くと、友人の身体が放物線を描くようにして、崩れ落ちる様が目に映った。
それを何処か遠い所で、呆然と見つめるコトしか出来ない自分。
そして次第に流れ出る鮮血が、真っ赤な水溜りを作り出して行く。
鼻孔を掠める、生々しい血の臭い。
次第に恐怖に歪んでいく、クラスメイト達の顔。



こんな、こんなにも容易く、人間(ひと)の生命(いのち)を奪うコトが出来るなんて。
ショックで、全身から血の気が引いていく。
こんなコトが、本当に現実として起こっているなんて。
俺達には関係の無い、何処か遠い所の出来事だと思っていた。
だけどそんなのは、勝手な思い込みに過ぎなかった。
そうだ。
『死』
は、いつだってスグ傍に存在していたじゃないか。
それこそ付いて離れない、自分自身の影のように。





ふと周りを見渡すと、先程まで居た筈の人間は、俺を除いて誰もいなくなっていた。
足を動かすと、ちゃぷんと小さな水音。視線を下へ向ければ、深紅の水溜り。
そこに横たわる、黒い塊。
よく見れば、それは人間(ひと)の姿をしていて。
恐る恐る手を伸ばし、触れてみれば温かい感触。
けれど力無く、かくんとコチラへと倒れてくる様は、まるで人形の様で。
瞬間、目に映ったその顔は―――――。











「ッ!?」

目を開けると、そこは見知った天井だった。
心臓が激しく脈打ち、全身から汗が流れ、パジャマが肌に纏わりつく。
倦怠感がして、酷く気持ちが悪い。

「秋也、大丈夫?凄く魘されてるみたいだったけど…。」
「……慶、時…?」

声のする方に目をやれば、心配そうな表情をした慶時の顔。
そうして手を伸ばすと、両手で握り締めてくれた。
そこにあるのは、いつもと変わらぬ風景。いつもと同じ、慶時の笑顔。
慶時は右手を伸ばし、いつの間にか目じりに溜まっていた俺の涙を拭ってくれた。

「何か、怖い夢でも見た?」

ゆっくりと、静かに紡がれる声。

「……?…ア、レ…。何だろう。何か、夢見たような気はするんだけど…。よく、覚えてない。」

上体を起こし、原因であろうモノを思い返してみる。
けれど、薄ぼんやりと霧がかったようでハッキリしない。
記憶を手繰りよせようと、思わず眉間に皺が寄る。
と、ふいに抱き締められた。
それはまるで、母親が子供をあやすような仕草。
抱き締められ背中を優しく撫でられる。

「例え何があろうとも、世界中が敵に回ったとしても。俺は、秋也の味方だよ。」
「え?」
「どんなコトがあっても、俺は絶対に秋也の敵になったりはしない。」

耳に届く慶時の声。
あまり高くはないけれど、確かに感じる温もりと、規則正しい心音。
どうしようもない安堵感に、再び睡魔に襲われまどろんでいく。
そのまま身を委ねるようにして、目を瞑る。





『秋也は、秋也らしく。自分が正しいと思った道を進めば良い。それだけは、忘れないで―――――。』





夢と現の狭間で、俺は慶時の言葉を聞いた気がする。










それは、修学旅行前日の出来事だった―――――。
















fin.


2004.10.23
2005.11.06改



1000のお題集