雑踏の中ふとした瞬間、視界に隅を掠める長い髪の女性。
風に靡く、長い長い漆黒のキレイな髪の毛。
無意識に、目で追ってしまう。それがどうしてなのか、理由はよく解らない。
…否、嘘だ。本当は解っている。あの人と、同じだからだ。










『長い髪の後姿』










この世に生を受け、最初の異性は自分の母親。
血の繋がった肉親であり、誰よりも近しい、けれど自分とは違う他人。
あの人と共に暮らしたのは、僅か五年程だった。
そんな短い年月で、殆ど家に寄り付かない人だったから、余計短い期間だったと思う。
幼い頃に別れたあの人は、顔もよく覚えてはいない。
覚えているのは、ぼんやりとした輪郭。
それに、黒く艶やかで、長いキレイな髪の毛。



無意識に、長い髪を見て反応してしまうのは恐らくその所為だろう。
もう一度会いたい、なんてコトは、今まで考えもしなかったし思ったコトもない。
恐らくそれは、相手も同じ筈だ。
今更再会をした所で、何かが変わるわけでもない。
別段変わるコトを、望んでいるわけではないが。
それ以前に、変わるのであるならば、もっと早くに変わっていただろう。
あの、家で共に暮していた頃に。





そんな風に思っている筈なのに。
それでも尚、俺は捨てられたにも関わらず。



探しているわけじゃない。
追い求めているわけじゃない。
何かを待ち望んでいるわけじゃない。
自分でも気付かない、心の奥深くにある想い。
捨てられても、考えないようにしても、忘れようとしても。
絶対に否定しきれない、感情。
この感情が何なのか、俺には解らないけれど。
その都度、思い知らされるのは。



『俺はあの人に捕われてる』という事実。



あの人から、逃れられないのは、何も髪の毛に限った話しではない。
自分自身にも原因がある。
自身、と言うよりは、己の顔。
鏡に映し出される姿は、年を重ねる毎にあの人に似ていくような気がする。
髪を伸ばしたら、容姿はそっくりになるのではないだろうか。
成長期にありながら、身体つきは細く薄っぺらで、筋肉というものが中々付かない。
それらを、別段コンプレックスだと思っているわけではない。
体質なのだと、諦めて納得している部分が大きいから。
けれど顔。
これだけは、あまり好ましく思えないでいた。
あまり男らしい顔とは呼べず、どちらかと言えば女性っぽい、中性と言われるような顔立ち。
街を歩いていても、見ず知らずの人間等(やつら)に、よく声を掛けられる。
鬱陶しいコト、この上ない。
そうした時、もし自分があの人に似ず、父親に似ていたのならば。
こんな風に思う、考えるコトはなかったのかもしれない。
推測で物事を言うのは、あまり好きではなけれど。
あの人に似なければ、もっと違った生き方が出来たかもしれない。
嗚呼、でも。
あの人が付けた、この身体に残る罪の証という名の傷痕。
コレが消えないのだから、父親に似たとしても変わらなかったかもしれない。





自分を生んでくれた、あの人を。
別段恨んでもいないし、憎んでもいはしない。
そんな感情を糧にしてでしか、生きられないなんて御免だ。
けれど一生、死ぬまで絡みつくようにして、俺を捕らえて放さないであろう母親。
俺を嫌って、憎んで、存在すら否定していた人。
ならば何故、自分を生んだりしたのだろうか。
それだけが未だに解らずにいた。





俺は『女性』というモノが、苦手だ。
否、苦手というよりは寧ろ、トラウマと言った方が正しいのかもしれない。
好感は持てても、それが好意へと変わるコトはない。
特に髪の長い女性が、自分を見下ろす恰好になった時。ゾクリと背中に冷たいモノが伝う。
長い髪は、あの人を思わせるから。
でも、本当はそれすらオカシナ話しなのかもしれない。
何故なら自分は、あの人の面影をたくさん持ち合わせているのだから。



だから。





あの人の面影を色濃く残す自分が―――。










「何より嫌いで憎らしい。」




















fin.




03.12.06

05.11.06改



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