『優先順位』










人が傷付くコトは嫌うくせに、対象が自分自身になると、途端に鈍くなる。
優先順位は自分が一番で、他人はその次にくる。
人間というのは大概、自分を何より大切にする生き物だと思っていた。
でも国信を見ていると全く逆だと…。否、自分は対象にさえ入っていない。
どうしてなのだろうと、ずっと疑問に思っていた。考えた所で、到底解る筈もないのだけれど。
けれど、もう少し自分のコトにも気を向けて欲しい。そう思うのは、俺の我侭なのだろうか。





***





いつだったか、国信が紙で指を切ったコトがあった。
白く細い指が紅く染まっていく様を、ただ黙って見つめていた。

「…あか…い………。」

呟く様、小さく洩らした言葉。
痛みを訴えるならばまだしも、その様な言葉を口にするなんて。
以外、というべきなのか。寧ろ見ている方が衝撃、痛みを覚えた。
そうしてそんな国信の姿に、過去の記憶の欠片を僅かに垣間見た気がした。

過去に何があったのか等、俺は何一つ知りはしない。
心身共に深い傷痕だけを残し、今も尚苛まれているだろう出来事。
哀しみや、痛み。諦め等。それらを織り交ぜ、感情と呼べるモノを置き忘れて来てしまった様な。
少なからず、それらが。今の国信を形成するに至ったであろう事実。
自分自身を顧みないのは、そんな経緯からなのだろうと。漠然と感じた。

国信が何を思おうが、それは本人の自由だし、口出しするのはお門違いで。咎める真似は出来ない。
俺とは価値観や、思想。感じるモノ何もかも、全てが違うのだから。
それは哀しい、切ない、悔しいけれど。それが現実であり、真実。
だけど、そうだとしてもほんの一欠片で構わないから、自身を気遣って欲しいと思う。
好意を抱いている存在が、傷付く所など、見ていて良いモノでは到底ないから。

お互いに黙り、切れた指先を。そんな風に思いながら暫く、呆然とした面持ちで見つめた。
我に返ったのは、滲み出た血が溢れ、指を伝った時。
無意識にその手を引き寄せ、薄い皮膚を裂いて出来た傷。細く冷たい指先を、口に含んだ。
そうしてじんわりと、俺の口内に、鉄の味が広がって行った。





***





今でも鮮明に、瞼の裏に焼き付いている。
あの日、国信が浮べた表情と。生々しいあか色をした、鉄の味。
そうして俺が思い、行き着いた、導き出した答え。
国信本人に、己を気遣うコトが出来ない、する気が無いのであれば。他の人間がすれば良いだけのコト。
だから俺は、お前を第一に優先する。それに国信のコトだ、自分を差し置いて、俺を優先させるだろう。
お互いがお互いのコトを優先させれば、丁度釣り合いが取れるだろ?
俺に、どれ程のコトが出来るのかなんて解らないけれど。
でもコレ以上、無闇矢鱈と傷付くコトが無ければ良いと思うし。お前の傷付く所を黙って見てもいられない。
今まで散々、苦痛を味わってきたであろうから。それらを考えれば、俺はそんなお前の痛みも喜んで享受する。
それは、単に俺の自己満足でしかないだろうけど。





今まで気付きもしなかった。
こういう痛みもあるコトを初めて知った日。
俺の中で、優先順位が入れ変わった。
















fin.




2003.10.25初出
2005.11.19改



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