『抱きしめたいのはあなただけ』










「階段って良いよね。」
「何だ、いきなり?」

今、俺達の居る場所は、丁度階段で。俺の一歩前を、国信が歩いていた。
だからそんな話しに繋がるのだろうか?
突然、脈略の無い言葉に、俺は首を傾げた。
聞き返すと立ち止まるり、国信は俺を振り返った。
その様に、俺も足を止める。

「いつもより、視界が高くなるし。何より、三村を見下ろせる所が良い!」
「…だから良いのか?」
「うん。上から見下ろせるのって、気分が良くない?」
「……。」

笑顔で返され、返答に詰る。
否、確かに相手を上から見下ろせるのはいい。が、それは別段、気分が良いとか言う意味ではなく。
好きな相手よりも、背が高くありたいという類の。言わば男としてのプライドの様なモノだ。
しかし対象者も男であるわけだから、つまりもっと身長が欲しい。遠回しに、そう言ってるのだろうか?
俺としては、逆転するのは好ましく思えない事体である。今だって、然程差がある訳でもないのだから。
思わず眉間に皺がより、頭の中で云々思考が巡る。

「違う視点で物事が見える、って新鮮だしさ。それに―――」

随分近くから聞こえた声に顔を上げると、至近距離にあった国信の顔。

「不意打ち。」
「ッ!?」

楽しそうな声が耳に届き、次いで唇に感じた温もり。

「こういうコトも出来るし、ね?」

言うが早く、抱き付いてきた。
突然の、思いもよらない国信の行動に。バランスを崩しそうになる。

「って、落ちて怪我でもしたらどうするんだよ?」

口ではそう言ったが、俺の立っているのは階段の踊り場で。
その場に、沈むコトはあったとしても。転げ落ちる、最悪の事態にはならないのだが。
解っていたから、国信もこんな行動を起こしたのだろう。
現に俺の言葉にも、楽しそうに笑みを浮べるだけだった。

「さっきの続きだけどさ。」
「ん? 俺のコトを見下ろせる、ってやつか?」
「うん、あと俺『抱き締められる』より『抱き締める』方が好きなんだよね。」
「まあ俺も、そっちの方が好きだな。」
「だろ? こう頭を『良い子〜良い子〜』する感じとかがさ。」
「って、俺は小さい子供扱いなのか?」
「そう言う訳じゃないけど。寧ろこんな大きな子供嫌だし、要らない。」
「オイ!!」
「それは別に、良いとして。」
「…良くは、無いだろ?」
「気にしない気にしない。兎も角、甘えられると、甘やかしたくなるだろ?」
「まあ、な。」

確かに、それは言えるかもしれない。
こんな行動をされるのは、嫌な気はしない。
寧ろ、普段この様な機会等滅多に無いのだから、俺としては嬉しい限りだ。
しかし、頭を撫でられる。という行為は、少し微妙な気がするけれど。
でもまあ、される相手が国信であるなら悪い気はしないだろう。
言われたコトを、総合的に考えれば。確かに国信が述べた通り、階段は良い物なのかもしれない。
国信の身体を抱き締め返しながら、俺はそう結論付けた。
だが、一つだけ。どうしても言っておきたいコトがある。

「抱き付くのは、俺だけにしろよ?」

誰彼構わず抱き付かれては、堪ったモノではない。
と言いながらも、国信がそんなコトをするとは到底思えないけれど。

「ん? ああ、抱き付くのはね。」
「何だ、その微妙な言い回しは。」
「秋也に抱き付かれたら、俺振りほどけないし。」

するりと身体を離し、笑顔で答える国信。
ああ、そうだ。すっかり忘れていた、七原の存在を。そうだよな、七原が居たんだよな。
アイツは、本当に国信に、べたべたべたべたべたべた…以下略。
国信も甘やかすから、七原は際限なく甘える。
正直俺は、かなり面白くない。
否、寧ろ目の前でそんな光景を見せられた日には、ムカツク。
頭で、二人は親友で幼馴染みなのだ。
それが解っていても。否、解っているからこそムカツクし。面白くない。
まあ、七原の態度は小さな子供が母親に甘えてる様にも見えるのだが。
だがしかし、だ。
俺にもそんな存在、豊が居る。が、俺達はそんな風ではないし。
べたべたする訳でも、抱き付いたりもしない。あいつ等は少し、度が超えてると俺は常々思う。
思うのだが、それを口に出来る筈もなく。毎回一人、心の中で悶々とやり過ごすコトしか出来ずにいた。
何とも情けない気がする…。
しかし、今の発言を耳にして俺は決意した。
心が狭いと言われようが、構わない。寧ろドンと来いだ!
お前は俺のモノで、俺もお前のモノなんだから。人前だろうと何だろうと関係無い。
遠慮などするものか。七原に負けず、劣らぬ行動を俺もしてやる。過剰なスキンシップ万歳だッ!!
未だ笑みを浮かべる国信を見つめながら、俺は固く心に誓った。












fin.




2003.06.09初出
2005.11.16改



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