最期の瞬間(とき)、瞼に焼き付くは赤い花。
『夢物語』
『彼岸花』
毎年お彼岸の頃になると、決まって咲き乱れる花。
根茎に、アルカロイドのリコリンという有毒物質を含んでいる赤い花。
別名「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」、「死人花(しにびとばな)」「葬式花」「墓蔭(はかげ)」「幽霊花」
数多の呼称がある。
彼岸花は強烈な赤い色が、美しさよりも毒々しさを感じさせるらしく、忌み嫌われるコトのが多いらしい。
また、葉と花を同時につけないというのも、嫌われる要因として上げられているそうだ。
けれどそんな花が、俺はとてもキレイだと思う。
色鮮やかな、その赤に。痛烈に心惹かれる。
曼珠沙華には、「天上界の花」とか「赤い花」という意味もある。
元々この世にはない、天上。
極楽浄土に咲いていた花。という解釈も出来るだろう。
加えて彼岸には、「向こう岸」という意味があり、極楽浄土を指している。
『彼岸』
苦しみのない、本当の幸せ、真実の幸福の世界、安らぎの境地。
俺は、熱心な仏教徒でも無いし、特別宗教を信仰しているわけではないけれど。
この花に俺が心奪われるのは、その所為なのだろうか?
***
俺は彼岸花を見る度、思い出す光景がある。
お世辞にも楽しかったとか、心暖まるようなモノとはかけ離れた景色。
ふと、彼岸花が持つ花言葉を思い出すと。
「また会う日を楽しみに」「忍耐」「悲しい思い出」
そうして「想うは貴方一人」
思わず苦笑が浮かぶ。
一番最初のは、微妙だけれど。
言われてみれば、良い思い出なんてないし、ただひたすら耐えるコトしか出来ない日々の記憶ばかり。
「想うは貴方一人」
この言葉が指し示すのは、やはりあの人なのだろうか?
確かに、俺が思い出す景色の中には必ずあの人が居て。
それ以外の人間など、存在しない。
心の奥底で、どんなに記憶から排除しようと足掻いても。
絡みつき、決して離れるコトがない。俺の心を、いつまでも縛り続ける人。
あの時見た景色は、彼岸花などではなかったけれど。
何よりあの人と赤い花は、絵に描いたようにとても似合っていた。
あの人と、よく似た俺にも。もしかしたら赤い花が似合うのかもしれない。
自分では解らないけれど。
***
普段、日常生活を送る上で思い出すコトは皆無な過去の記憶。
どうして今、それらが頭を過るのだろうか?
そう思い、ふっと我に返る。
回りを見渡せば、驚愕に顔を歪めたクラスメイト達の表情。
そして首には、見慣れぬ首輪。
嗚呼、そうだ。
確か俺達は、修学旅行へと向かう途中だった。
それがバスの中で眠らされて。
政府のお偉いさん方が勝手に決めた、下らない法令に選ばれた末、こんな場所へと連れて来られたのだ。
そして俺は―――。
食って掛かった結果、この首輪の自爆装置だかを作動させられた。
だからアレは、死ぬ間際に見る走馬灯だったのだろう。
こんな時にまで、碌な思い出が過らないなんて。
大概俺は過去に、あの人に捕われ過ぎていたのだと今更ながら想い。知らず苦笑が零れる。
顔を上げれば、秋也の苦渋に満ちた表情が視界に映った。
ゴメンな、ホントはもっと傍に居て、生き長らえさせてやりたかったのに。
けど、俺が死んだら…。
秋也は熱くなる所があるから、暴走なんてしないと良いけど。
俺みたいな真似をしないか、心配でたまらない。
俺なんかの為に、無茶な、無駄死にするようなコトするなよ?
それから、横へと視線を巡らす。
呆然と立ち竦むようにして、俺を見ている三村と目が合った。
再び口元に、苦笑が浮かんだ。
あーあ、なんて顔してるんだか。キレイな顔してるんだから、そんな表情したら勿体無いのに。
そう言えば、一度も言ったコトなど無かったけれど。
俺は、三村の笑った顔が好きだったんだ。
知らなかっただろ? 勘が良い、鋭い筈の人間なのに。
だからさ、笑って欲しいと思う。
なんて思うけど、こんな状況で言われたって無理だよな。
実際に言える状態でもないし。
けど三村が居れば、俺が死んでも秋也は大丈夫かな。って思う。
どうしてそう思うのか、明確な理由なんてないけれど。
俺の想いを、願ったコトを違わず叶えてくれた人間(ひと)だから。
今回も大丈夫だって、漠然と思った。
彼岸花には、悲しい思い出を語りかけると癒される。なんて言い伝えがあるらしい。
信じていなかったけど、もしかしたら合っているのかもしれない。
俺の昔話しなんて、思い返したくもないようなモノばかりで。誰にも話すつ気なんて、本当はなかった。
それなのに、どうしてだかポロっと口から出てしまった。
その時三村は、何も言葉にはしなかったけど。
ずっと、心の奥底で引っ掛かっていたモノが、癒されたような気がした。
『また会う日を楽しみに』
俺は、三村にも、死んで欲しく無い。
この状況下で、そう言うのは、不吉で似つかわしくないモノだけれど。
そうしてふいに、微笑が浮かんだ。
何だ、あの人意外に想う人がちゃんと別に居るじゃないか。
『想うは貴方一人』
あの人以外の誰かを想えるコトが、嬉しかった。
今、自分が置かれている状況を考えれば、オカシナコトかもしれない。
だけど、俺は今。
倖せだと、嬉しいと思える。
『また会う日を楽しみに』
それが遠いのか、近いのか解らないけれど。
1分でも1秒でも長く、できるコトなら遠い未来の方が良い。
『想うは貴方一人』
最期を迎えるこの時に、あの人じゃない、貴方のコトを想えて良かった。
そう思った時、耳障りで不快な音が、一段と大きくなるのを何処か遠くで感じた。
全てが終わるその時に。
ただ、想うは貴方一人。
そうしていつか、また会う日を楽しみに。
そんな願いにも似た想いと共に、俺の脳裏に焼き付いたのは―――。
真っ赤に狂い咲き乱れる、鮮やかな朱い華だった。
fin.
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