昼食後、教室内に国信の姿が見当たらず。
何処へ行ったのだろうかと、教室を出て周囲に目を向けながら廊下を歩く。
すると窓の外、渡り廊下付近に探し人の姿があった。
しかしそこには、もう1つ、女生徒の姿もあり。
何となく嫌な予感が過り、眉間に皺が寄った。
こういう時に感じるモノは、大抵現実となるコトが殆どで。
今回も、そんな思いを胸に見ていれば。
そいつが国信の頬を叩いた。
嗚呼、やっぱりか。
ソレを目にした瞬間、そんな思いと共に湧き起こるのは。
怒りのような、殺気にも似た感情だった。
女の顔は見えなかったから、何処の誰だか解らないが。
お前は他人(ひと)を殴れる程、上の立場に居るのか。そんなに偉いのかと。
贔屓目無しにしても、国信に非があるとは到底思えないし。
何やかんや言いつつも、国信は平和主義者だ。
平和主義、というよりは。
波風を立てず、物事を穏便に。事を荒げて、余計な面倒事を起こしたくないだけとも言えるが。
けれど仮に、もし国信側に非があったとしても。
俺は、相手の味方にはなれないとも思う。
*
その光景を目撃した後、急ぎ足で国信の元へと向った。
恐らく真っ直ぐに、教室へ戻って来るコトはないだろう。
冷やすなりして、何の痕跡も残さぬ状態にしてから戻る筈だ。
七原に、気付かせない為に。
そうしてやっと捕まえた国信に、先程起きた事の顛末を問えば。
あの女生徒は、七原に手紙を渡して欲しいと頼んできたらしく。
自分に頼まなくとも、受け取ってくれるだろうから。自分で手渡した方が良い。
相手に告げると、その位してくれても良いじゃないかと逆切れし。手まで挙げたというコトだった。
ふざけるな、冗談じゃない。
そんな下らない理由で、叩いたりするなんて。
相手が女であろうと、許せなかった。忌々しいと思った。同じコトをしてやろうか?という思考まで及んだ。
叩かれた左頬へ手を伸ばし、そっと触れれば。頬は僅かに熱を持っており。
普段が冷たいだけに、痛々しさを余計に感じさせた。
俺の行為に国信は、目を細め、微笑みを浮かべた。
そうして気にしていないと、叩かれたコト等どうでも良いと口にした。
だから、そんな表情(かお)をするなと。
本人に言われてしまえば、それ以上俺には何も言えないし、出来はしない。
その後、何事も無かった様に、国信は七原へと手紙を渡した。
けれど、手紙の受け取り人である七原も。
あの光景を目にしていたらしく、酷くショックを受けていた。
自分の所為で、結果として、国信が被害を蒙る事態になるコトが嫌だと。
そうさせてしまう自分自身が、憎らしいと洩らした。
七原の呟きを耳にして。
こうして不意打ちに、俺は思い知らされる。
国信は七原を思い行動し、七原もまた国信を思い行動している。
結果は裏目に出ているけれど。俺にとって、結果等どうでも良い。
過程にこそ意味がある。
お互いを思い合う、二人の仲に。どう足掻こうとも、俺には立ち入れない領域なのだと。
七原に対する国信の思いを、頭では解っている。
恋愛のソレとは、俺に対するモノとは違う、幼馴染みで親友で、家族愛のようなモノなのだと。
だけど、解っていても納得出来ない、悔しい。
国信が感情を、思いの全てを向ける相手は、俺1人だけで良いと。
そう思い、嫉妬している自身の存在を、感じずにはいられない。
こうして何処へとも出せない胸の痞えが、ちりちりと積み重なるんだ。
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