「ちょっと、いいかな」

声を掛けられ、振り返るとそこには。

「…桐山」

桐山和雄が居た。










『カミングアウト』










桐山和雄という人物は、俺にとってただのクラスメイトに過ぎない。
容姿端麗・頭脳明晰・運動神経抜群。
そうしたモノを兼ね備えていながらも、不良のボスというポジションに在る。
常に無表情で、感情の起伏が無い。
感情が欠落している、等と言う噂もあるが。真実の程は解らない。
何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか。
よく解らない人間でもある。
けれど、沼井達と関わり合いにならなければ。
今のポジション、180度違う生活をしていたであろうとは思う。
思いはするが、それを選んだのは桐山自身であり、こんなコトを考えても詮無いし。
何より、俺には関係の無いコトだ。
そういう訳で、不良という地位(しかもボス)にある桐山は、一部の間では恐れられている。
しかしながら、俺からすれば先にも述べた通り、ただのクラスメイト。
話し掛けられれば、普通に返事もするし。恐い等という感情も、残念ながら抱いたコトはない。
そもそも、怖さの種類が違うと思う。
何と言って良いか解らないが、関わる相手等で善にも悪にも成り得る。とでも言うべきか。
とりあえず、感情。心を教えるのは難しい。
桐山を見ていると、そんな風に俺は思ったりする。

「何か用?」

「聞きたいコトがあるんだが」

「俺に?」

わざわざ俺に、直接聞きたいコトがあるとは驚きだ。
大概のコトなら、何でも知っているであろう人間の質問とは何だろうか?
少しの興味と、関わらない方が良いという警鐘。
だがしかし。
桐山の雰囲気からして、恐らく。
断るコトも出来ないであろうというのも、事実というか明白のようで。

「……俺に答えられるコトなら」

そう言わざるを得なかった。
俺の返事に、桐山は無言で頷いた。
一体、何を聞かれるのだろうか。

「三村信史と付き合っているだろう?」

「…は?」

「だから、三村信史と付き合っているだろうと言ったんだ」

「…ああ、うん。まあ、そうだけど」

さすがにそんなコトを聞かれるとは、想像していなかった。
思い掛けない問いに、面食らう。
というか、それが聞きたいコトなのだろうか?
否、そんな筈がない。
わざわざ、それだけを聞いてきたりはしないだろう。
となればそっち方面、というコトになるのか。
うん、この時点でもう、話しを聞きたく無い。
だがしかし、そういう訳にもいかないのだろうな。
思わず、溜め息が零れた。

「…それで?」

仕方ないので、先を促す。

「同性相手にキスをして勃起するというのは、その相手に欲情したからというコトなのだろうか?」

「…」

うわあ…、無表情で淡々と何を言い出すんだ、この男は。
ストレートな物言いというか、何と言うか。解り易くはあるけれど。
もう少し、オブラートに包んだ物言いとか出来ないのだろうか。
ああ、そうか。羞恥心とか、恥ずかしいなんて感情を、持ってないのだろうな。
だから仕方ないのか、そう納得した。
しかしまあ、そうした内容ならば、俺ではなく三村の方に行けば良いのにとも思う。
別段、責任を丸投げしようとか、面倒だと思ったからではない。決して。
でもまあ、察するに桐山が上で沼井が下なのだろうな。
否、沼井の名前は出していないが、多分、というか確実にそうであろうコトは明白だし。
普段の沼井の態度からして。
沼井充という人間は、桐山に心酔してる人間だと思う。
不良、というよりは悪ぶっているという方がシックリくるが。
とりあえず、そういう人間にとって、自分よりも強い相手。
上に立つに相応しいと思った相手には、忠誠やら、とことん尽くすタイプなのだろう。
俺としては、ちょっとからかいたくなる、というか。
弄りたくなるタイプの人間だ。
喧嘩したりタバコを吹かしたり、素行不良な行動をしているが、実際は純情少年だろうし。
トゥ シャイ シャイ ボーイ?
猪突猛進気味で、表情がスグに顔に出て、解り易い。
こう、嗜虐心を擽られるタイプだ。
桐山とは違った意味で、泣かせてやりたくなる。
話しが逸れてしまったので、とりあえず置いておくとして。
桐山がこうして、俺の方に来たのは妥当な選択になるのか?
否、そもそも桐山はそうした俺達の事情まで知ってるというコトなのか?
まあ、別に隠し立てする様なコトでもないし、構わないけど。
でも一応、確認しておくべきだろうか?

「…何で俺に、聞くわけ?」

「月岡が、そういうコトなら国信に聞くのが良いだろうと言ったからだ」

「へえー…」

月岡、か…。
余計なコトを、というか面倒事をよくもまあ押し付けてくれたモノだ。
嫌がらせか?

「それに出席番号が、隣合わせのよしみだろう」

いやいや、どんなよしみだ、それは。
桐山なりの洒落のつもりなのだろうか?
解らない、謎だ。
兎も角、何か答えなければいけない訳だが。
さて、何と言ったモノか。
というか、俺が思うに何を言った所で、どうせ理解しないだろう。
恋愛云々の前にもっとこう、人間味を持てというか、人間になれという話しだろうし。
厄介、というより寧ろ、もう色々と面倒だ。

「じゃあさ、もう手っ取り早く他の人としてみたら?」

「他の人?」

「そうそう、そしたら解るかもしれないだろ」

「そうか」

言うが早く、ガシッと両肩を掴まれる。

「え、ちょっと何?」

「他の人とすれば解ると言っただろう」

「…俺?」

無言で頷かれる。
いやいやいや、そこは否定しようよ。
というか、適当に言った罰が当たったのか?
どうしたモノかと思ってる内に、徐々に顔が近付いてくる。

(うわあー…、逃げられないんですけど)

見た目に反して、なかなか力が強い。

(あー…、桐山は俺と同じ様に、人体の急所とか知り尽くしてるタイプなんだな…)

まあ、別に俺だって男だ。
キスの一つや二つ、誰とした所でどうこう思いはしない。
ただ。
三村のコトを思うと、複雑ではあるが。
と、云々思っている内に、唇が重なる。

(ホントにしてきたよ。って、オイオイ。舌まで入れるなよ…)

桐山にとってのキスとは、唇を触れ合わせるだけの軽いモノという認識は無いのか。
沼井も、大変だろうな。
ぼんやり考えながら、眼前にある桐山の顔を見つめた。
至近距離で見たその顔は、俺が言うのもなんだが色白で。
端正過ぎて、人形染みていた。
というか、いつまでしている気なのか、長い。
いい加減、離せよと思っていると、思いが通じたのか離れていった。
唇が離れると、銀糸が伝い生々しかった。

「で、何か解った?」

「そうだな、誰が相手でも勃つ訳ではないらしい」

「…ああ、そう」

そうなられても、迷惑なんですけど。
というか、もしなったらその後も相手をさせる気でいたのだろうか?
……この男なら、やりかねない。
否、確実にそうなる。
下手なコトを言うモノじゃなかった、と若干反省する。

「まあ、相手のコトを想ってるから反応するんじゃないの」

「想う?」

「えー…、あいしてるんだよ」

反省はしても、つい投げ遣り気味に答えてしまうのは、仕方ないと思う。

「…あい?」

「そうそう、愛は二人で育て育むモノだから。沼井と一緒に勉強? していけば良いんじゃないの」

あ、うっかり名前を出してしまった。けどまあ、良いか。

「…そうか」

相変わらずの無表情で、桐山は頷いた。
ホントに解っているのだろうか?

「で、今の話しをそのまま沼井にするなよ」

「何故だ?」

何故って…。
純情少年だぞ、桐山命。みたいな乙女だぞ、沼井は絶対に。
包み隠さず話せば、絶対に傷付くだろうし泣くに決まっている。
というか、こんな話しを俺にしていた。なんて知ったら、卒倒するんじゃないか?
まあ正直、沼井がどうしようと関係無いとは思うが。
そうなると絶対に、面倒なコトが重なる。
何処かしらから、三村に伝わるに決まっている。
そんな事態は、御免被りたい。

「思ったコトを正直に伝えるのは良いコトだけど、ただ馬鹿正直に言えば良いってモノでもないんだよ」

「…そうなのか?」

そうそうと、頷いてみせる。

「もっとボキャブラリーに富んだ言い回しとかさ」

「例えば?」

「え? うーん…」

少しは自分で考えろよ、と思うのだが。
まあ、無理な話しなのだろうな。諦め気味に、溜め息を吐いた。

「…お前の傍に居ると、自分でも知らなかったコトを知るコトが出来る。
だからこれからも、お互いに解り合っていこう。とか?」

うわあ…、自分で言っておいてなんだけど。
何処の三文小説だ、鳥肌が立つ。
俺には、こういうセリフは似合わない。
ホントにこういうのは、三村の専門分野だろう。
何故、今ココに居ないのだ。と少し恨めしく思う。

「成る程、そう言えば良いのか」

「否、別にこの通りじゃなくても良いけど。その辺は、自分流に」

そう続けると、桐山は試案気な表情を浮かべた。

(大丈夫かな?)

不安は払拭しきれないが、もう成る様にしか成らないだろう。

「それと、月岡にはこの話しをするなよ」

俺の言葉に、訳が解らない。とでも言いたげに、桐山は首を傾げた。

「しても良いけど、その時は絶対に月岡と二人きりの時にしろよ?
あと、皆の前で俺に言われたから言えない。なんてコトも言うなよ」

「どうしてだ?」

「……相談料」

「…そうか、解った。礼を言う」

いちいち説明するのも面倒になり(どうせしても解らないだろうし)
そういうコトにした。
すると存外、アッサリと了承され、そうして桐山は去って行った。




















桐山が居なくなり暫く、大きな溜め息が零れた。
とりあえず今後、桐山が人間らしくなるかどうか。
あの男を、生かすも殺すも沼井の行動次第というコトだろう。
それはそれで、なかなか面白そうだとは思う。
思いはするが、俺には手に負えないし、そんな気もない。
何より地道な努力と、根気が必要だろう。
沼井も好きな相手になのだから、その辺のコトは惜しまないだろうし。
こういうコトは、傍観するからこそ面白みがあるというモノだ。
まあ、頑張れ。
今後が楽しみだなと、沼井に心ばかりのエールを送った。










その後。
桐山と沼井の両方から、報告の様な相談をちょくちょく持ち掛けられる様になり。
面倒事が二倍になるのは、また別の話しだ。















fin.




2010.05.05
慶時さんと誰かを絡ませよう、という訳で。ボスこと桐山氏を。
その内、割に合わない相談に慶時さんが沼井を弄る話しとか書いてみたいです(笑